第5話 廃坑への出発

 翌朝――。

 今朝には剣の修理が終わるということで、俺とフローラはオズベルトの鍛冶工房へと足を運んでいた。

 昨日は体を休めながら、廃坑の小鬼討伐についてあれこれ作戦を立てていたけれど、やはり肝心の装備が整わなければ実行には移せない。

 わずかな休息で疲れを癒しつつ、今日を心待ちにしていた。


「おはようございます、オズベルトさん。剣の修理、終わっていますか?」


 工房の扉を開けると、いつもの煤臭さが鼻をつく。カンカンという金属を打つ音は聞こえず、どうやら朝一番で作業は終わったようだ。

 少し奥まった作業台の前に、オズベルトが腕組みをして待っている。


「おお、来たか。ほらよ、お前らの剣だ。出来る限りのことはしたが、過度な期待はするなよ」


 オズベルトが差し出したのは、俺とフローラの――かつてはボロボロだった――二本の剣。

 まずフローラが自分のショートソードを受け取り、その刃を眺めて感嘆の声をもらす。


「わ……すごい! 錆と刃こぼれがほとんどなくなってる。あんなにボロだったのに……」

「最低限の鍛え直しはしてやった。切れ味は十分だろう。無茶な使い方をすれば、すぐに傷むがな」


 オズベルトはぶっきらぼうに言うが、その仕事ぶりは見事だ。フローラが目を輝かせているのが何よりの証拠だろう。

 そして、俺の剣――“ゴミ剣”と呼ばれていたそれを確認すると、確かに研がれて表面は滑らかになっている。

 ただ、これまで俺が感じていた不思議な輝きというか、“宿っている力”がどこかうっすらと残っているようにも見える。


「……ありがとうございます。これなら、廃坑での戦いも何とかやれそうです」

「金貨の報酬が出るって言ってたな? そいつを掴んで、もう少しマシな装備を買い揃えるのが先決だろう。あまりこの武器に頼りすぎるなよ」


 オズベルトの言葉は厳しいが、その裏には心配も滲んでいるように思える。おそらく、俺たちが無茶をして装備ごとダメにするのを憂慮しているのだろう。

 もっとも、俺には俺なりの考えがある。

 この剣が本当に“進化”するなら、ゴミ装備のままでも充分に強くなれる可能性を秘めている。

 この工房でいずれ詳しく相談してみたいが……まだ言葉にできるほど、自分でも確証を持てていない。


「オズベルトさん、助かりました。支払い、これで足りますか?」


 そう言って、昨日あらかじめ出し合っておいた金を差し出す。彼は軽く数を確かめると、渋い顔でうなずいた。


「ま、こんなもんだろう。ギリギリ赤字にならんレベルでやらせてもらったがな。……用が済んだらとっとと行け。俺も忙しいんでな」

「本当にありがとうございました! またお願いします!」


 俺とフローラは頭を下げて工房を後にした。磨き直された剣が腰に馴染む感覚が、いつもより心強い。

 これで廃坑へ潜る準備は整った。あとは俺たちの腕次第だ。


 ギルドへ向かい、改めて廃坑の小鬼討伐クエストを正式受注した。シェリルさんによると、すでに冒険者が挑戦したが、撤退したらしい。


「廃坑内部は迷路みたいになっている上に、ゴブリンやコボルドが巣を作っている可能性が高いそうよ。二人で行くには危険かも……大丈夫?」

「まあ、危険だってのは承知してます。でも大人数を集めると、その分報酬も減っちゃうし……」


 俺は苦笑いしながら答える。実際、廃坑は複数人で攻略するのが定石だが、その分山分けになる。今の俺たちには報酬が大きいほうがありがたい。

 フローラが控えめに口を挟む。


「できるだけ慎重に進んで、無理そうなら撤退します……。大丈夫、レイさんの剣があればきっと」

「う、うん。私が言うのもなんだけど、気をつけて行ってらっしゃいね」


 シェリルさんが不安そうに見送ってくれるのを背に、俺たちはギルドを後にした。

 廃坑は街から西へ半日ほど歩いた先にある。もともとは銀や鉄が採れる鉱山だったらしいが、数年前に枯渇して放棄されたという。

 その後、誰も使わなくなった坑道は自然と魔物の温床になり、今では危険地域として地図上に“要注意”マークが付けられている場所だ。


「……よし、行くか。途中で野営するかもしれないし、食料やランタン、あとはロープなんかも買い出しておこう」

「そうですね。鉱山跡だから落盤とか通路崩壊の可能性もありますし……準備しておきましょう」


 ギルド近くの雑貨屋で、最低限の冒険装備を揃える。食料は乾パンや干し肉、保存水など。ランタン用の油も忘れずに。

 支出は痛いが、ここでケチって命を落としたら元も子もない。なんとか予算内で必要なものを買い揃え、出発の準備を整えた。


 街を出て西に進む道は、草原や畑が広がっていてのどかな風景だ。

 しかし半日ほど歩を進めるうちに、地面には岩が増え、木々の生い茂る岩場が姿を見せ始める。やがて周囲の雰囲気が一変してきた。


「ここから先は、あんまり人が来ないんですね……」

「ああ……あの辺りに見える山が、かつての鉱山だったらしい。そろそろ廃坑の入口があるはずだ」


 俺たちは足元に気をつけながら、岩場を登っていく。空は少し曇りがちだが、暗くなる前にはたどり着けるだろう。

 そう思っていた矢先、視界の先にぽっかりと大きな洞窟が見えた。入口には錆びた柵の残骸があり、“立ち入り禁止”と読み取れるような朽ちた看板がある。


「……たぶん、あれが廃坑の入口だな。予想より早く着いたか」

「中に入ってすぐに戦闘になるかもしれませんよ。どうします? 少しだけ探索して、ダメそうなら引き返すとか……」

「そうだな……奥まで一気に突っ込むのは危険だ。入口付近で下調べして、敵の数や動きを確かめよう。それで無理そうなら一度外に出て野営だ」


 戦いの基本は情報収集だ。相手の様子が分からないまま踏み込むのは、自殺行為に等しい。

 俺はランタンに火を灯し、フローラにも明かり玉を手渡す。そして慎重に廃坑の入口へ。


 中は案の定、しんとした静寂が広がっていた。かつての鉱道の名残なのか、壁面には壊れかけの支柱やレールの断片が散らばっている。

 そして、鼻を刺激する妙な獣臭。これは――ゴブリンやコボルド特有のものかもしれない。


「……一匹でも見つけたら、まずは隠れて行動パターンを確認しよう。ゴブリン系は集団で動くことが多いから」

「わ、わかりました」


 緊張感が走る中、俺たちは音を立てないように廃坑内をゆっくりと進む。

 すると、やや開けた空間に出たところで――声が聞こえた。甲高い笑い声と、小さな足音。複数いるのは間違いない。


 ランタンの灯りを思わず消し、物陰へ身を潜める。壁の隙間から覗くと、そこには土色の肌と凶悪な顔つきをした小鬼どもが数匹……ゴブリン系の魔物だろう。

 手にはボロい棍棒や短剣を持ち、時々キョロキョロと辺りを見回している。警戒はしているが、どうやら俺たちにはまだ気づいていないようだ。


(数は……五匹か。装備は大したことなさそうだけど、まとまって動かれると厄介だな)


 一匹ずつ誘い込む手もあるが、地形的に狭いし、途中で騒がれれば仲間を呼ばれる可能性もある。

 すると隣に身を潜めていたフローラが、微かに口を動かした。


「……このまま突っ込むんですか?」

「……できれば奇襲したい。でも通路の構造上、すぐに囲まれそうだな」


 俺はそっと腰の剣に手をかけた。磨き直された刃に、ほんの僅かだが自分の気配が通うのを感じる。

 あの日の戦闘を思い出す。剣が“答えて”くれるような感覚――あれが再現できれば、突破口になるかもしれない。


(頼む……今度も俺を助けてくれ、相棒)


 心の中でそう呼びかけると、剣の柄がじんわりと暖かくなる気がした。勘違いかもしれないけど、なんとなく俺は自信が湧いてくる。

 フローラが小さく息をのんだあと、真剣な表情で剣を構える。こちらも整備してもらったショートソードが、彼女の華奢な腕にしっかり馴染んでいる。


「行くぞ……まずは俺が正面から仕掛ける。フローラは横から切り込んで、敵の数を減らすんだ」

「はいっ!」


 俺たちは息を合わせ、一気に通路を飛び出した――。

 轟音を立てて足を踏み込み、俺の剣がゴブリンの一匹を強襲する。歯を食いしばると同時に、剣の刃が重厚な手応えを返すように振動した。


「――っ!」


 ゴブリンは抵抗する間もなく胴体を切り裂かれ、緑色の血を散らして倒れる。

 一方フローラも華麗なステップで二匹目のゴブリンに接近し、ボロ棍棒を振り上げる相手を鮮やかに受け流してから剣を突き込む。

 瞬く間に二体を撃破。だが、残る三体が一斉に奇声を発し、武器を構えて突撃してきた。


「くっ……囲まれる前に片付ける!」


 狭い坑道で三方向から攻められるのは辛い。俺は左手側のゴブリンを牽制しつつ、正面の奴に斬りつける。

 ――刃が地を裂くかのような鋭い切れ味で、ゴブリンの武器をへし折り、そのまま胸元を貫いた。剣の面がまた少し微かに光っている……やはり、あの進化の感覚だ。


「はあっ!」


 背後を回り込もうとしたゴブリンには、フローラが素早く対応し、腰だめに構えた一撃で股間近くを斬り上げて動きを止める。凄まじい度胸だ。

 最後に残ったゴブリンが俺たちを見て怯んだのを見逃さず、フローラが斜めから一刀両断。全滅まで、ほとんど時間はかからなかった。


「……やった、倒した……」

「でも、さすがゴブリン。頭数だけは多いな」


 五匹程度でこれなら、奥にもっと大きな群れが潜んでいるかもしれない。ゴブリンやコボルドは繁殖が早いし、最悪の場合、何十体もの集団がいる可能性がある。

 ただ、今の俺とフローラの連携なら、ある程度なら対処できそうだ。剣も、確実に手応えが増している。


「少しずつ奥へ進んでみよう。無理はしないで、すぐに引き返せるように」

「はい。気をつけます」


 俺たちは暗闇の先へと視線を向けた。どこからともなく耳障りな声がかすかに響いてくるのは気のせいじゃないだろう。

 奥地にはもっと厄介なモンスターが潜んでいるかもしれない。だが、その分得られる報酬も大きいはずだ。


(――頼むぞ、相棒。このまま一緒に勝ち抜こう)


 腰に差した“ゴミ剣”には、もうそんな呼び名は似合わない。

 俺はランタンを掲げ、薄暗い通路の奥へと踏み出した。

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