第26話 不思議の国



「あああああ暑いいいいい」


 失敗した。

 こんなことなら、荷物からマントを出して羽織るべきだった。


 俺は今、オアシスの周辺を歩いている。水辺の近くだから暑さは柔らいでいるはずなのだが、それでも暑いものはあつい。汗が止めどなく噴き出して足元に落ちる。


「なんか暑さを誤魔化せるもの――お?」


 少し先、低木に果物が沢山付いているのが見えた。近づいてみると、それはレモンのような形をしたオレンジのようなものだった。


「……レモンジ、でいいか」


 命名して一つもぎ取り、そのままぱくり。


「おぉ、レモンの酸っぱさとオレンジの甘酸っぱさが合わさってる。皮もほど良い苦味でシャキシャキ。これはいいね」


 酸っぱいから量は食べられないけれど、水分が多くて暑い中ではとても美味しい。


 これ、ジュースにしたら特産になるな。


 もう一個もぎ取って食べながら移動を再開。

 他には凄くトゲトゲした大きなサボテンが幾つか生えているだけで、目ぼしいものはなく一周。


 さて、二人の様子は?


 いつの間にかできていた砂色の建物の前で、腕を組むコンゴウに声を掛ける。


「やぁコンゴウ、ただいま」


「ん? あぁおかえり」


「これは家?」


「ああ。俺のスキル【メイクロック】で砂を砂岩に変えて造形してみたんだ。初めてだからデザインは期待するな」


 確かに、見事なまでに四角い豆腐ハウスだ。スキルで作成したからか切れ目が一切なく、より豆腐っぽい。


「初めてでこれなら上等だと思うよ」


「そうか。そう言ってくれると励みになる」


「じゃあ頑張って」


「ああ」


 コンゴウと別れ、次はボタンに会いに行く。

 オアシスから少し離れた平らな砂地が、いつの間にか緑がいっぱいの畑に変わっていた。


「それぇー!」


 その畑の外側、まだ砂が広がっている場所にボタンがいて、元気よく声を出して頭のピンクの花から大量の小さな種を噴出していた。砂の上に落ちた種はすぐに芽を出して根を張ると、光合成によってか時間を加速させたようにみるみるうちに急成長し始め、緑がいっぱいの畑に変わった。


「やぁボタン、精が出るね」


「あっ、チエさん。おかえりさないぃ」


「はいただいま。この畑はどうやって作ったの?」


「私のスキル【不思議ダネ】の力ですぅ」


「不思議ダネ?」


「はいぃ。自分の好きに設定した種を作って、出すことができますぅ。それで砂漠の環境に完全適応して成長がすっごく速い、トマトとスイカを試験的に作っていますぅ」


「なるほど」


 どちらも水分が豊富だしいい選択だ。リアルだと砂漠で成長するのか知らないけど。


「それで、何日くらいで食べられるようになるの?」


「一日ですぅ」


「いち!? 早いねー」


 生産系のチートじゃん。やっぱり今、殺しておくべきか?


「私が早く食べたいですからぁ」


「あーそう」


 流石はボタン。食い気しかない。

 これなら変なものを作ったりしないだろうし、別に殺さなくていいか。

 でも、今ここには三人だけなのに作り過ぎな気がする。

 ……それもまぁ、どうでもいいか。

 

「じゃあ、農園作り頑張ってね」


「はいぃ。頑張りますぅ!」


 てきとーな応援でボタンがやる気になった。

 とりあえず離れ、立ち止まる。


 さて、どうしよう?

 俺は特に役割がないので暇になってしまった。

 できることもない。

 なら、ネコらしく日陰でだらける?

 それもアリかも。

 ――あっ、そうだ。スキル【不思議の国】を使ってみよう。

 【不思議の国】! 発動!


 すると目の前に、白いドアがスゥッと無から出現した。まるで招くように勝手に開かれるが、向こう側は白い膜に包まれていて全く見えない。

 まずは手だけ入れてみるが、涼しいくらいで変わったことはない。続いて頭を突っ込んで確認。

 幻覚で見たことのある、ぐにゃりと曲がった木々ばかりの森になっていた。空気は綺麗で森林のいい香りがし、中に入ると背後でドアが勝手に閉まって消えた。


「ふむ……」


 【不思議の国】。


 スキルをもう一度発動すると、また白いドアが出現して勝手に開いた。ただ、使う気がないせいか、ドアは勝手に閉じてすぐに消えた。


「これなら問題ないな」


 ドアが出っぱなしで誰かが迷い込んだり、追われている時に敵を招き入れる心配がない。

 それがわかったので俺はてきとーにぶらぶらと森の中を歩き始めた。方角なんて決めず、道っぽく木々が生えていない間をひたすら突き進む。


 あっ、屋台だ。

 なんでこんなところに?


 道中、ちょっと道が広くなったところで場違いな手押し式の屋台があった。立て看板には『営業中』の文字があり、暖簾のれんには『こんにゃく』と書かれている。

 屋台の裏側には全身を包帯で巻いた細身のミイラ男が立っていて、じーっと俺を見つめている。


 こわっ、無視しよ。


「やぁやぁネコさんネコさん、こんにちは初めまして」


 屋台から男の声が聞こえる。


 意外といい声。でも無視。


「待って待って。こういう時は興味を抱いて立ち止まるものでしょう?」


 ミイラ男がわざわざ俺の前に移動してきた。

 横を通り抜けようとするが、合わせて動いて通せんぼしてくる。


 うざいな。


「……なに?」


「まぁまぁそうイライラしないで。私はこんにゃく屋。美味しいこんにゃくがあるから食べていって欲しいんだ」


「……こんにゃくって栄養ないじゃん」


「でも美味しいよ? 不思議の国ではかすみの次に食べられている人気商品なんだ」


 霞って空気じゃん。呼吸が食べることにカウントされるんなら、そりゃ一番食べられてるだろうな。


 もう一度横を抜けようとするが、通してくれない。


「こんにゃくを食べたら通してあげるよ」


「……それ、黄泉戸喫よもつへぐいにならない?」


「それなら大丈夫! 信じて!」


 胡散臭うさんくせぇ。

 けど仕方ない。食べよう。殺すのは結果次第だ。


 屋台の椅子に座るとミイラ男は素早く向かい側に立ち、おでんで使う四角い鍋の蓋を開けた。湯気がもわっと上がって中が見えるようになると、様々な色と形のこんにゃくがぐつぐつと煮込まれていた。


「オススメはこの赤こんにゃくと白いこんにゃくだ」


 ミイラ男が勝手に小皿にその三つを盛りつけ、俺に差し出してくるので受け取り、割り箸を手に取る。


「いただきます」


 湯気立つ赤こんにゃくを掴んでフーフーしてから小さくぱくり。


 ……唐辛子の効いたこんにゃくだ。美味しいっちゃ美味しいけど、普通。出汁も効いてないし。

 白こんにゃくも――普通だ。


「ごちそうさま。もう行っていい?」


「いいともいいとも。食べてくれてありがとう。今日は私にとって最高の一日だ! だからサービスで一ついいことを教えてあげよう。これからこの道にサバが走ってくるから、追い掛けるといい」


「サバ? サバって、魚のサバ?」


「そうそう。足が速いから、気を付けて」


 ミイラ男が指さした方を向くと、サバが走って来た。文字通り、人間の手足を生やした等身大のサバが全力で走っている。

 そいつは俺と屋台を通り過ぎた。


 なにあれ?

 とりあえず追い掛けてみよう。


「またまたのご来店、お待ちしてます」


 ミイラ男に見送られ、俺は走ってサバを追い掛けた。



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