第2話
ところが。事態はそう簡単にはいかなかった。
私が18歳になった時、ついに父であるブランベル子爵が私を強引に婚約させてしまったのだった。
「い、嫌ですお父様!私は以前から申しておりました!結婚はしないと!何かしらの仕事に就いて、自分の力で生きていきますと!」
「いつまでそんな馬鹿なことを言っておるのだ。他の有力な家との縁を結ぶためにも、お前たち娘の結婚は我が家にとって重要なことだとあれほど言いきかせてきただろう」
ちなみに私には二人の妹がおり、そのどちらも数年前にすでに婚約相手が決まっている。私だけが嫌だ嫌だとごね続けていた。
「で、ですが……っ!」
「相手はもう決まった。チェンバレン伯爵家の次男、ジェイコブ殿だ。うちとは領地が離れているからお前は会ったことがないだろうが、二人は同い年のはずだぞ。先方は元々の婚約が最近白紙に戻ったばかりだそうだ。どうやら相手方の重い病が原因だとか……。うちにとっては非常に良縁だ。もう18にもなるお前を貰ってくれるのだからな。チェンバレン伯爵家は領地経営も順調で、資産も多い。いやぁ、一安心だ」
父は一人で喋り続け、隣で聞いていた母も嬉しそうにウンウンと頷いている。
「本当によかったですわ。娘が嫁ぎ先もなく一人で生きていくなんて世間体が悪すぎますし、伯爵家のご子息に縁付くことができて私もホッとしました」
せっかく生まれ変わったというのに、何とも凝り固まった価値観の世界だった。貴族の娘は皆結婚して当たり前、それも他家との有力なパイプ作りのためという何とも虚しい存在だ。
(……仕方ない。もう男は懲り懲りだと思っていたけれど、こうなったらその人と上手くやっていくしかない、のよね。嫌だけど……)
結婚して子どもを産んで、明るく楽しい愛に満ちた家庭を作る。前世でそれをなし得なかった私はそんな自分の夢に蓋をして、今世は一人で生きていく決意をしていたけれど、こうなった以上はそのお相手の方と、そんな温かい家庭を築いて行けるように頑張りたい。そう気持ちを切り替えた。
けれど。
親同士が正式に婚約の書類を交わした数日後、我がブランベル邸の応接間でその男に初めて出会った瞬間、私の背筋を何かがぞくりと駆け抜けた。顔を見た途端全身に鳥肌が立ち、そしてあの時の大きなショックをまざまざと思い出したのだった。
「ああ、はじめまして。チェンバレン伯爵家のジェイコブです。君、リディアさんって言ったっけ。今まで婚約が一度も決まっていないんだって?俺は、ちょっとした事情でさ……、元々の婚約が白紙になっちゃって。な?まぁ、せっかくこうして縁あって出会ったんだ。これから仲良くやっていこう。な?」
(……アイツだ……)
間違いない。ユウトだ。
この人、ユウトの生まれ変わりだ。
なぜ分かってしまうのかは分からない。けれど、会った瞬間に肌で感じた。向こうは全く気付いていない。不思議なことに、顔立ちまで何となく似ている……気がする。特徴のある丸い小鼻、目の下のそばかす、唇の形とか……。
何の因果なのか。よりにもよって、あのユウトの生まれ変わりと結婚しなきゃいけないの?!私。嘘でしょう?
「君の家はうちより爵位が低いし、領地面積もそんなに広くはないね。でもまぁ、俺は自分の仕事を支えてくれる人が妻になってくれれば、それで充分だから。な?」
……なんとなく、喋り方の癖までアイツに似てる気がして苛々する。言語も全然違うのに。
だけど貴族令嬢の私にとって、この縁談を独断で断るという選択肢はないらしい。拒む心を全力で抑えつけ、無理矢理唇をこじ開けると、私は頬を引き攣らせながら挨拶を返した。
「……この度の素敵なご縁に、心から感謝申し上げます。これからどうぞよろしくお願いいたします。……ジェイコブ様」
「うん。まぁ、上手いことやっていこう。な?」
「…………。」
さらに数日後。私は国で一番大きな国立図書館に足を運び、前世やその記憶に関する書物を探した。“伝承・言い伝え”のコーナーに置いてあったそれらしい本を片っ端から抱えてテーブルにつき、一人黙々と読みまくる。するとその中に、ちょうど気になることが書いてある書物を見つけることができた。
“前世からの縁が深い相手とは、別の世界に生まれ変わった後に再び出会うことがある。必ずしも、その時に互いに気付くことができるわけではない。相手に対する何かしらの思いが深かった方が、先に気付く場合が多い。”
「……。何かしらの、思い……」
まぁ、たしかに私のユウトへの思いは深かった。だって十年以上真面目に付き合って、必ず結婚するとまで誓ってくれていた相手なんだもの。いきなり「23歳の恋人ができたから別れよう」で捨てられたんじゃ、ある意味思いも深くなるわ。
(いや、それにしても……。アイツの方はまるっきり私を思い出しそうなそぶりもなかったんですけど。ひどすぎない?あなたに捨てられたせいで、35歳で死んだのよ、私)
そりゃ直接殺されたわけじゃないけど、あの日ユウトにあんな風に振られなければ、私が夜中にフラフラ歩きながらバイクに跳ね飛ばされることもなかったはずなのに。
私が死んだと聞かされた後、罪悪感さえ感じなかったの……?
そう思うと向こうが私を一切思い出さないことに、猛烈に怒りが湧いてきた。
(本当に腹の立つ男ね……!!)
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