押しかけ悪魔とツガイ契約⁈

@Mark_2

第一章 悪魔の誘惑

第1話 美少女悪魔は押しかけ女房?

 心の穴は金では埋まらない。

 権力でも埋められない。

 その空白を満たすのは、名誉だけ。

 ――それが魔物狩り・玄鳳華の信条だ。



 ◇



 倒したドラゴンの肝を売った金で、病気になった村長の孫が王都で治療を受けるための寄付をした。

 それも、この国の平均年収十年分。

 貧しいこの村では用意が困難な額だ。

 紛れもない善行なのだが、鳳華は親切心でそうした訳ではない。


「……これで足りる?」


 鳳華がずっしりと重い金貨の袋を古ぼけた机の上に置いた瞬間、空気が変わった。冬の強い日差しに埃が光りながら舞う集会場で、村長が声を震わせ、袋へと手を伸ばした。


「あ、ああ……! 本当に、ありがとうございます!」


 涙どころか鼻水まで垂らし始める村長に続き、周囲の村人達も感極まって鳳華を拝むように見つめる。

 子どもの両親に至っては完全に泣き崩れていた。


「余った額は村の診療所のために使って欲しいな」


 微笑みながら言う鳳華に、村長は号泣しながら何度も頷いた。


「はい! 診療所を改装できたら新たに鳳華様の名を冠し、感謝の石碑を立てます!!」

「勿論、姓もちゃんと入れてね。あたしの実家、腕利きのハンター一族だったから」


 ――これが鳳華の目的だ。

 病気の子が助かって良かったという気持ち自体はあるが、善意で人助けをしている訳ではない。

 人を助けたいのではなく、人を助けて評判になりたいのだ。

 

 辺境の勇者――鳳華はそう呼ばれている。


 魔物狩り、あるいはハンター。

 人間に害を成す魔物を狩るこの職業の者の中でも、最高の存在として国と教会から認められた人物を指す特別な称号が「勇者」だ。だが、民心の不安が大きい辺境には地元住民からそう呼ばれる者も勝手に自称する者も多数存在する。

 中でも鳳華は別格だ。

 それもそのはず、鳳華は百年ぶりに汚染竜を単独討伐したばかりの、今最も注目されている若手ハンターである。

 


 ◇


 

 ——狭い村は、噂が駆け巡るのも早い。

 村長達からの盛大な感謝を一通り受けた後、集会場を後にした鳳華が村の中を歩いていると、村娘達が籠に入った果物や焼きたてのパンを差し出してきた。


 受け取りながら鳳華が優雅な笑みを浮かべるだけで、鳳華の意図した通り、村娘達がそわそわと囁き合う。


「やっぱり鳳華様って素敵!」

「ドラゴンを対して手に入れたお金のほとんどこの村のために……なんて無欲で清らかな人!」

「しかも美人……」


 昔はコンプレックスだった長身が、背筋をぴんと伸ばせば同性の憧れになると気づいたのはいつの頃だったか。

 このフロリス王国では偏見を持たれがちな癖の黒髪は、気がつけば「エキゾチックで綺麗」と言われるようになった。顔に刻まれた大きな火傷についても、勇壮だとうっとりされる事しきりだ。

 真剣な恋愛しかしたくない鳳華としては、男性の代用品のような好かれ方をするのは業腹なのだが、純朴な村娘達に好かれる事自体は気分がいい。


 ハンターの役目は魔物退治だけではない。

 玄家の当主であった鳳華の父がよく言っていた言葉だ。

 ——強く在れ。

 ——その強さで人々を守り、人々を愛し、愛されなさい。

 父の教えは内向的で気が弱かった鳳華を強くし、民衆から愛される存在に変えた。

 その父を含めた家族の皆を、そして祖国を失った心の穴は今も消えないけれども、貰ったばかりの果物の一つを無造作にかじれば、瑞々しい香りが鼻の奥を突き抜ける。

 まだ少し温かいパンと果物の籠の重さは、鳳華の虚しさを埋めてくれる数少ないものだった。


 村のはずれに近づくにつれ、人通りが少なくなる。二十歳になったばかりの彼女にとっては、未だにそれが少し寂しい。

 鳳華が住んでいるのは、村のはずれの森にある仮住まいの掘っ建て小屋だ。

 大盤振る舞いがすぎて碌に貯蓄がないというのもあるが、どうせ大物のドラゴンを倒すための仮住まいだ。見かけの貧相さなどこれっぽっちも気にならない。

 嫌なのはむしろ、帰ってきた瞬間の家の中の暗さと冷たさだった。私財を擲って聖人を気取って、一時的に感謝されても、それが酷く虚しい事のように感じられる時がある。


 しかし今日は夕陽に染まるボロ家の前に、目を疑うような美しさを持つ少女が立っていた。

 年齢は十代後半に見える。

 その手には、どこで摘んできたのか華やかな花束が握られていた。


 そんな少女が言う。

「絶対幸せにしてあげるから、私とツガイになりましょう!」

 と、元気いっぱいに。


 同性に人気な美人である鳳華でも、うっかりたじろぐ程の、別世界にいるような美少女。

 真珠のような乳白色の髪と瞳が光り輝くように美しく、砂糖菓子みたいに甘い顔立ちをしている美少女。

 どこまでも清楚で、一目見ただけでロマンスが始まってしまいそうな程に可憐な娘だった。

 ——ただし、全裸でさえなければだが。


 付け加えるとこの小屋のある森は魔物だらけで、決して年頃の少女が全裸でニコニコしていられるような場所ではない。


「……またか、悪魔」


 鳳華はため息をつかずにはいられなかった。

 悪魔——隣国である魔国に住む、謎に包まれた種族だ。彼らは他種族と契約を交わし、強大な魔法を使ってどんな願いでも叶えるとされる。しかし、その代償は決して安くはない。多くの場合、魂を対価として要求するという噂だ。

 中でもこの個体は際立ってしつこくて、ここ最近、毎日のように鳳華の小屋を訪ねて来ている。


「あ、違います! 私はニンゲンです——」

「はぁ?」

「魔力の波形をちゃんと見てください! それに角も尻尾もないでしょ!」


 たしかに、彼女の魔力の波形は一見悪魔のモノではなくなっている。魔力量も、前に会った時の百分の一くらいにしか感じられない。

 しかしこれは、先週鳳華が「悪魔と結婚なんかできるか」と追い出した結果だ。

 悪魔は人型でも顔以外で見た目を識別しているという噂を聞いた事があったが、事実なのかもしれない。


「角と尻尾を隠せば別人判定になると思ってんの? 散々つけ回して来やがって! ……服を着て出直して来なさい」


 鳳華が思わずそう言うと、美少女は「しまった!」と叫んだ。


「——ああ、ニンゲンの体にくっついてるフクって、必須なの? ……折角完璧に変化できたと思ったのに〜!」

「……人間に化けるなら、もう少し人間の文化を研究した方がいいよ」


 鳳華は扉を閉める。

 この国ではエルフ以外の人型の魔物を殺す事が禁止されている。

 だから追い出す以上の事はしない。


 ところが面倒がって放置していると、激しいノックの音が響き始めた。


「鳳華さまー、開けてくださーい」


 ——無視だ。というかコイツ、そういえばどうしてあたしの名前を知ってるんだ? 怖すぎる。

 ノックの音はまだ続く。


「鳳華さまったら、シャイなんですねー♡」


 ——シカトを決め込もう。

 けれどもノックの音はいつまでも止まない。


「ずっとここで待ってますからね〜!」


 ——耐えろ。

 しかし、それでも放置しているとノックの音がガンガンガンガンと——。


「こらっ、ドアが壊れちゃうでしょ!」


 我慢の限界が来て、鳳華は扉を勢いよく開ける。

 そこには満面の笑みを浮かべた悪魔がいた。

 全裸で。


「あ♡ 出てくれた♡♡」


 その何の屈託のない顔はとんでもなくかわいらしい。どんなに怒っている人でも、表情を綻ばせてしまいそうな和やかさがある。こんな美少女を罵倒するような奴がいたら鬼畜外道だろう。

 しかし鳳華は——。


「……いい加減にしろよ、クソ悪魔」


 低く言い放ち、大きくため息をついた。

 この悪魔は様々な種類がある悪魔の中でも特にたちの悪い、夢魔と呼ばれる種族だ。

 美貌と幻惑で相手の心を惑わし、最終的に獲物に自ら魂を差し出させる——そんな契約方法を得意とする恐ろしい生き物。

 そんな相手にあっさり心を許す程、鳳華は愚かではない。


 しかし悪魔は依然ニコニコしていて、少しも鳳華から離れようとする気配がない。

 鳳華は最後には根負けし、無言で悪魔を家の中に招いた。

 ——実力行使で追い払うことができないのは、この悪魔に恩があるからだ。




 悪魔に助けられてしまった当時の事を、鳳華はゆっくりと思い出す。

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