卑しき天使は後ろ向きに堕ちる

伏潮朱遺

第1章 地獄のリボルバー

     0


 俺だけ半歩突入が遅かった。

 たったそれだけ。

 たったそれだけで俺以外の仲間は一瞬にして滅茶苦茶になった。

 滅茶苦茶というのは物理的な表現で。

 瞬きのうちに、ニンゲンの形でなくなっていた。

 とあるカルト宗教団体の総本山。

 信者が集まる天井の高いホール。

 俺たちはその日、そこの宗教団体を摘発する予定だった。

 教祖が人道にもとることをしている証拠が上がった。

 ずっとずっと探していた。はやる気持ちもあったのだと思う。

 それが油断につながった。

 まさか人道にもとる内容に、自らの信仰する神を召喚することが含まれているなんて。

 その日、教祖は自らを犠牲に、自らの信仰する神を召喚した。

 そのタイミングが、俺たちの突入とちょうど重なった。

 予告はしていないので本当に偶然だったのだろう。

 仲間全員で踏み込んだ。

 俺が半歩遅かったことを除いてほぼ同時だった。

 俺が憶えているのは、眼の前でぐちゃぐちゃのバラバラになった仲間と。

 やけに恍惚とした表情で自らの神を見つめる教祖と。

 それら全部を一気に取り込んだ鈍色の塊。

 俺が次に気がついたのは病院のベッドの上だった。

 応援に入った後方支援が、倒れている俺を救急搬送したらしい。

 俺は特に怪我もなく、外見上は無事だった。

 強烈な映像がしばらく頭を離れなかった以外は。

 まともな睡眠は取れなかった。

 薬を使っても、何度も何度も叫びながら汗びっしょりで覚醒した。

 あのときは声が出なかった。

 出せなかった声をいまになって出したところで。

 医者はなんとかかんとかという大げさな診断を付けて俺に仕事を休むように助言した。

 俺はそれを突っぱねて、上司のところへ直談判に行った。

 全てを明るみにすべきだと。

 それをしてどうする。上司はそう言って取り合わなかった。

 別部署の同期にも相談したが、ここが組織である以上、個の戦いは勧められないと苦言を呈した。

 それなら俺に出来ることは一つ。

 この辞表を上司の顔に叩きつけるだけ。

 暑い暑い夏の日。

 俺は無職になった。












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第1章 地獄のリボルバー




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 無職になったはいいものの、俺の力だけでどうにかなるのだろうか。

 取り返しがつかなくなってからふと冷静になる。

 もう遅い。

 まあいいや。

 楽天的に考えられるのが俺のいいところだ。

 考えなしとも言う。

 9月。

 仕事をやめてからも悪夢と寝汗と中途覚醒は続いた。

 どうせ長い時間眠れないのだから、自宅で眠ることをやめた。

 車中泊でいろんなところに行った。

 パーキングエリアやサービスエリア。道の駅。夜間車を止めても問題ない場所なら一通り。

 さすがに何かしないと、と思った折に。

 10月。

 そうだ、京都行こうとなって。

 伝説の名探偵と京の町で鵺を退治した。

 それはまた別のお話で。

 名探偵と別れてなんとなく車を東に走らせた。

 鵺を作った団体?は結論的に俺の探しているカルト団体とは別物だったけど、なかなか非人道的な組織だった。

 世の中にはそう言った後ろ暗い団体がうようよしているのだ。

 11月。

 俺と名探偵が世話になった捜査一課の刑事が焼身自殺したとニュースで見た。

 遣る瀬無い。

 遣る瀬無さすぎる。

 なまじ顔も中身も知っているのでいつものニュースが全然違った音色で聞こえた。

 そのニュースを聞いた日はまったく眠れなかった。

 眠れなかったので起きていた。

 星がよく見えた。

 次はどうしよう。

 海でも見に行こうか。

 京都でも海まで行ったけど、海を見るとかそんな余裕はなかったから。

 12月。

 鎌倉。

 寒々しい冬の海を見た。

 寒い。

 何か温かいものは。

 車はパーキング代をケチって遠くに止めてしまったのでとんぼ返りするには惜しい。

 閑古鳥が鳴いているカフェに入った。

 コーヒーとケーキをもらって店を出た。

 長居しなかったのは店の雰囲気が女性向きにできていたから。

 あと俺が喫煙者なので全面禁煙のクリーンな空間に長くいられなかった。

 海を見ながら浜辺で一服。

 カフェでもらった個展のパンフレットを見る。

 なんで俺にこれを?

 沢山余っているから。と店員は言っていたが。

 入場は無料のようだった。

 行くアテもないので、まあたまには。

 カフェから歩いてすぐのギャラリーだった。古民家を改造している。

 室内は薄暗く、間接照明が逆に眩しく感じられる。

 入口に係の人が座っていたが特に何も言われなかった。

 全部で5人のアーティストの作品が展示されている。と案内があった。

 その一番奥。

 蒼白いレーザービームのような照明に挟まれる形でそれはあった。

 抽象画だろうか。何が描いてあるか一見してわからない。

 おぼろげな色彩。不安定な図形。禍々しい獣のような出で立ちの何か。

 作者名が眼に入った瞬間、吐き気と頭痛が襲ってきた。

 忘れもしない。

 忘れた日など一秒もない。

 あのカルト集団の教祖。

 外臼ソトウスユング。

 なぜこれがここに。

 受付に戻って詳細を聞いたが判然としない。期間限定バイトにすぎない受付には何もわからない。

 どうしよう。

 どうすれば。

「おう、ちょっといいか」くたびれたような男がやってきた。

 身長は170センチ半ばの、40代くらい。無精ひげに覆われた頬に大きな傷がある。しわしわのコートにアイロンがけのされていないシャツでノーネクタイ。独り身なのだろうか。それとも身なりを気にしない領域にいる単なるオッサンなのか。

 警察手帳を出した。

 ああ、なるほど。

 受付が内線をつないで、事情がわかりそうな関係者が出てきた。

 妙齢の女性は、ギャラリーのオーナーだと身分を名乗った。

 オーナーに連れられて、オッサンが奥に入って行った。

 受付はまた知らぬ存ぜぬで持ち場に戻ったので、こっそり二人を追跡した。

「これか」オッサンが脚を止めた。

 外臼ユングの絵画。

 天使あまつかいの小部屋。というタイトルらしい。

「これが、なんでしょう」オーナーが言う。

「いま所有は誰んなってる?」オッサンが言う。

「私です」

「悪いことは言わん。一日でも早くこっちに預けちゃくれねえか」

「所有権を手放せと言うことでしょうか」

「理由もなく奪おうってんじゃない。こいつを所有した関係者の末路を知らないわけじゃねんだろ?」

「でもそれは噂ですから」

「それなら貸しちゃくれねえか? 一ケ月でいい。何もなければ返すし、ほら、念書も書いてやるよ」

「でもその念書を踏み倒せる立場にあるのでしょう?」

「そう言われちゃ返す言葉もねえが、何もなけりゃそれでいいんだよ。何もないことが一番の」

 しまった。

 音を立ててしまった。

 バレた。完璧にバレた。

「まあ、そいつはこっちでなんとかするとして」おっさんが俺を一瞥して、またオーナーに向き直った。「預けちゃくれねえか」

 渋っていたオーナーだったが、終いには折れた。

 絵を包んでいる間待ってくれと、オーナーは奥に引っ込んだ。

「で、お前さんはなんだって?」オッサンが俺を見た。

「え? 俺ェ? 見てのとーり、通りすがりの客っすよ」

「さっきの絵のファンか」

「え、あ、いや、まあ~」全然違うが誤魔化すには仕方ない。「へい」

「残念だったな。あれはちょいと曰くつきでな。うちで預かることになった」

「警察がぁ?」

「やっぱ見てたんじゃねえか」

 オッサンは片山と名乗った。

 俺も名乗った。

 岡田。

「真三っす。真実が三つで、しんぞう」






     2


 カルト宗教団体の教祖・外臼ユングの遺作。

 “天使あまつかいの小部屋”

 鎌倉署の片山さん(刑事ではないらしい)によると、所有者が失踪または不遇な死を遂げるという曰くつきの絵画らしく。片山さんの部署がそういう美術品を保護?する立場にあるんだとか。

「んな部署あるんすね~」

「あるんだよ、俺しかいねえがな」片山さんが面倒くさそうに言う。

「保護?してどうするんすか?」

「どうもしねえよ。ただ預かっとくだけでよ」

「え、え、それでいいんすか?」

「通りすがったばっかのお前さんに言われたかねえよ」片山さんがきょろきょろと周りを見渡す。「遅えな」

「あんのぉ、こうゆうときのセオリーって知ってます?」

「あんだ」

「絵ェ持ってトンズラ」

 片山さんがあちゃあといった様子で頭を押さえて、受付に状況を聞く。

 受付は何も知らないと言った様子で首を振る。

 それはそうだ。俺がオーナーなら裏口から逃げる。

「やられた」片山さんが無感情に言う。

「んなザルでいいんすかぁ?」

「俺しかいないのが悪ィ。上に文句言っとくわ」

「追っかけるんすか?」

「いや、どこいったかもわかんねえし」

「あの~、ちょっといいすか」

「なんだ。急ぎの用か」

 ギャラリーを出た。門に横付けしていたパトカーに片山さんが乗ろうとしたところを呼び止めた。

「さっきの絵の作者、俺が探してる悪とつながる手掛かりかも知れなくてすね」

「悪? なんだ犯罪被害者か」片山さんが言う。

「まあ、ん~、そんなところすかね」

「それなら部署が違う。俺じゃねえよ」片山さんがパトカーに乗ろうとするので。

「あの、俺、実は元警官で」仕方ない。「さっきの作者が生前作ったカルト教団について調べてて」

「俺を呼び止めるために咄嗟に吐いた嘘にしては生々しいじゃねえか」片山さんが笑う。「いいぞ。乗れ」

「マジで? いいんすか?」

「ただし禁煙だ。死んだうちのやつが妊娠中だったんでな」

 重い。

 滅茶苦茶重いエピソードが圧し掛かる。

「一般ピープルの俺なんか乗せて処罰されても知らないすよ」

「一般ピープルじゃねんだろ」片山さんが言う。「それに俺しかいねえ部署なんだから、誰にもバレねえよ。善意の通報がない限りはな」

 車内は確かにクリーンな匂いだった。煙草臭いパトカーというのも確かに問題だろうけど。

 暖房の風が眼に当たるので方向をずらした。

「あれ? さっき上司がどうとか」

「厳密には俺の上はいねえよ。署の上にはいるってだけだ」

 パトカーでしばらく走った。片山さんはどうでもよさそうに無線を聞き流していた。

「行かなくていいんすか」

「だから、俺は刑事じゃねんだよ」片山さんがけだるそうに言う。「所属見るか? 生活安全課だ」

「へ? 私服なんすね」

「サイズが合わねえってゴネたら支給されなくなった。そんだけだ」

 俺はここまでの経緯をダイジェストで喋った。片山さんは相槌も打たずに前を見ていた。

 聞いてくれていたのかわからない。聞き流していただけかもしれない。

 でもこの話をしたのは、秋に京都で会った伝説の名探偵を含めて二人目だ。

 二人とも警察関係者ではある。

「ほお、そりゃ結構なこって」片山さんが初めて反応らしい反応をした。

「さっすが、伝説の名探偵を御存じで?」

「いんや、俺みたいな末端には流れて来ねえ情報だな」

 お昼になったので定食屋に入った。片山さんの行きつけの店らしく、店主に顔パスでメニューが決まった。

 俺は腹に溜まれば何でもよかった。

 天丼とかけうどんのセット。

 天ぷらは揚げたてで、うどんはもちもちだった。

「美味いか」片山さんが言う。すでに半分ほど食べ切っている。

「めちゃくちゃ美味いっす」

「ならいい」

 店内はサラリーマンらしい客で埋まっている。近隣の会社に勤めている人々が来るのだろうか。

 会計は各々でもった。変な借りを作るのも寝覚めが悪い。

「んで? どうやって追いかける?」片山さんがパトカーに乗ってから言う。

「すげー嫌なこと言うんすけど」

「なんだ」

「あの絵の効力?がモノホンなら、近々ご遺体で発見されたりしません?」

 片山さんが遠くを見るような眼線をしてエンジンを掛けた。「やべえな」

「ほら、知らなかったってことで一つ」

「まあ、言い訳はなんとでもなるわな」

 俺の車を駐めているパーキングで降ろしてもらった。連絡先を交換した。

「なんかあれば。つーか、絵を追ってるんなら一緒に行動するのも悪かねえが?」

「え? マジのマジに大丈夫なんすか?」

「言い訳は慣れてんだよ」

 いや、そうゆう問題ではなく。

 一般人をパトカーに乗せたりとか。捜査に加わらせたりとか。

「んじゃあ車は別にすりゃあいい」片山さんが言う。「たまたま現場に居合わせたってことにすりゃあ」

 駄目だ。

 この人はそうゆう倫理観の人だ。

「俺のほうでも絵のことは探ってみるよ。そんじゃ」片山さんはパトカーでいなくなった。

 心強いやらなんやら。

 車中泊に厭きてきたのでホテルを取った。久しぶりにベッドで眠った。

 悪夢を見た。

 いつもの悪夢。

 俺だけ生き残った。

 俺だけが生きている。

 仲間は、俺のことをどう思っているのだろう。

 汗びっしょりで眼が覚めた。

 シーツを剥がして床に捨てる。

 シャワーを浴びて着替えた。

 この悪夢は終わるのだろうか。

 そのあとは眠れなかったので絵について調べていた。

 わかったことは、外臼ソトウスユングが書いた絵はあと世の中に2枚存在するということ。

 タイトルも書いてあったがどうでもよかった。

 世の中に3枚も存在しているというのが不快でしょうがなかった。

 このすべてが人を不幸に陥れているのかと思うと。

 見つけて処分しないと。

 朝5時。

 片山さんから連絡が入った。

 ギャラリーのオーナーがご遺体で発見された。

 絵は行方知れず。

 そうなるだろうと思っていた。






     3


 ギャラリーオーナーの死因は。

「それがよくわかってねえんだと」片山さんが言う。「ご遺体は綺麗なもんで。外傷も特になし。治療中の内科疾患も目立ったもんはなかったらしい」

「んじゃあ変死てことすか」

 朝9時。

 片山さんが俺の泊まっているホテルに来た。パトカーはどこに駐めたか知らないが。

「呪いってやつかもな」

 片山さんは椅子に座って、俺はベッドに腰掛けている。

「あのぉ、呪いってマジのマジにあると思います?」

「なんだ。信じてるみてえな口ぶりだな」

 だって。

 あんなものを見ていれば。

「俺は死因には興味がねえ」片山さんが言う。「死んだってことが重要でな。あの絵をさっさと回収しねえと」

「被害が拡がるっすからね」

「そうゆうこった。いまこっちでも別口で」片山さんがケータイを取り出す。「お、噂をすりゃあ」

 片山さんが別口で調べてくれていた。

 方々に伝手を持っていそうな謎の趣がある。

「持ち逃げした奴がいる。教団の残党らしいな」

 え。

 あの教団は。

「教祖が死んだから」

「解散されたわけじゃなさそうだな」片山さんが言う。「再結成したのか、細々と活動を続けてやがんのか」

 あの夏から半年も経っていない。

 8月。

 たった4ヶ月だ。

「宗教の担当は俺じゃねえしな」片山さんが言う。

「絵のほうは担当っすよね」

「まあ、そうだな」

 とりあえずギャラリーに向かった。受付のバイトが事情を聞かれていた。

 片山さんはいいとして、俺はたまたまギャラリーを訪れたけど、あれ?今日は営業してないのかな?警察の人がいっぱいいるな、なんだろうな?的な動きを装った。

「おう、こっちだこっち」ベテランそうな風貌の刑事が片山さんに手を挙げて合図した。

 古民家ギャラリーの塀の陰。紅葉したもみじの木の下。

「なんだ。部下なんかいたか」刑事が俺をじろじろ見る。

「ちょっとあってな。内容は聞かせてくれていい」片山さんが言う。

「一般人だろうが」

「オーナーが持ち逃げした絵について証言者だ」

「そんなら事情は後で聞くとして」刑事が鉛筆の反対側でこめかみをつつく。「変な事件だよ。妙と言うべきか」

「死因がわかんねえことか」

 刑事が俺と片山さんを見比べて口を斜めにする。「全部くっちゃベってねえだろうな」

「さあな。俺の独り言は聞いてたかもしれねえが」

 刑事が溜息を吐く。「お前さんはそうゆう奴だよ」

「あの絵はいまどこにあるのかわかりますか」

「なんだ。絵の持ち主か」刑事が言う。

「あの絵は俺が前に警察官だったときに摘発しようとしたカルト教団の教祖が描いた絵です」

 事情をこちらから話したほうが早いと思った。

 刑事の顔色が変わる。「公安か」

「警視庁にいました」

「た、てことはいまはいねえんだろ? んじゃあ言えねえな」刑事が言う。「片山の独り言を聞いたってんなら仕方ねえが」

「ありがとうございます!」

 俺だけ席を外した。ギャラリーの入口と片山さんたちが見える範囲で、ヤニを吸いながら待機した。

 キャラリーの中には、刑事が数人と多めの鑑識。ギャラリーに展示されている他5人のアーティストも順繰りに呼び出されている。展示していた作品を回収がてら、的外れの質問を受けることになるだろう。

 片山さんが刑事と別れてこっちに歩いてきた。「待たせたな」

 11時。

「飯にするか」片山さんが言う。

「行きつけのとこっすか?」

「いや、適当にテイクアウトして車ん中のほうがいいだろ」

 先ほどの刑事からの情報を共有してくれるつもりなのだろう。

 パトカーを置いて、俺の車でファーストフードのドライブスルー。

「死因はやっぱまだわかってねえらしい」片山さんが言う。「司法解剖には回したらしいが」

「絵の行方は」

「警察側は把握してねえが、教団の誰かが持ち逃げしたのは確かだ」

「それ、どこ情報なんです?」

 ご飯を腹に詰め込んで、移動した。

 ギャラリーから少し離れたところにある、こじんまりとした事務所。

 情報源の画商がいる。

 眼鏡をかけた40代くらいの男が出迎えてくれた。片山さんとは顔馴染みのようだった。

「あの絵は高辺タカベさんが無理矢理奪ったようなものでしたからね」画商が言う。

 座り心地が良さそうなソファに腰掛けた。俺は挨拶するタイミングを見失った。

「なんで教団の残党が持ってったってわかったんだ? 見たのか?」片山さんが聞く。

「見てはないです」画商が首を振る。「でも前々から狙ってたの知ってるので。私のところにも問い合わせが何度か」

「全部で3枚あるらしいんす」

「らしいですね」画商が言う。「教祖が亡くなったことで絵の行方もわからなくなってるらしく」

「やっと1枚回収ってことか」片山さんが言う。

「そうでしょうね」画商が頷く。

「絵のために人を殺せるんすね?」

「結果的にそうなってますよね」画商が苦々しい顔をする。「実はもう一枚、見つかりそうになってて」

「どこだ」片山さんが言う。

「所有者がなかなか手放さないんですよ。気に入ってるらしく。それをいまから連絡しようかと」

「連絡先知ってるんすか?」

「いや、だから、お客様なんですよ」画商が言う。

「ここに来たりもするんすね?」

「絵が手に入れば取りに来るんじゃないですかね。お会いになりたいですか?」

 教団の残党と鉢合わせできる可能性。

 鉢合わせたところで俺が復讐したいのは残党のほうじゃなくて。

「いんや、あの、えっと、残り2枚の絵はどこにあるかはわかってるんすね?」

「ええ、ですから連絡をするので」画商がちょっとイライラしたような表情で言う。

「おう、やってくれや」片山さんが言う。

 画商が隣室に移動して電話を掛けた。ドアが閉まっているので口の動きはおろか表情すら見えない。

 残党は絵を揃えて何かをしようとしているのだろうか。

 絵を3枚揃えることで何か残党にとって得することがあるのだろうか。

 それとも単に、教祖の遺品を手元に残しておきたいだけなのだろうか。

「遅いっすね」隣室に通じる扉を見遣る。

「おう、岡田。こうゆうときのセオリーだ」片山さんがどうでもよさそうな口調で言う。

「情報だけ持って逃げた」

 隣室は無人だった。裏口に通じる扉を見つけた。

 しまった。

 教団の残党側に、警察が絵を確保しようとしているという情報がいってしまった。

「どうします?」

「どうもこうもねえだろ」片山さんが言う。「俺のやることは変わんねえよ。お前もそうだろ」

 現状を整理すると。

 “天使いの小部屋”

 所有していたオーナーが不審死を遂げ、教団の残党が持ち逃げした。

 あと2枚。

 ネット検索して絵のタイトルを確認する。

 “笛吹きの裏路地”

 “星遊びの薔薇園”

 これのどちらかの所有者を画商が知っているが、手放そうとしない。

「そもそも絵の情報はどこから入ったんすか?」俺の車に戻ってから片山さんに聞いた。

 13時。

「善意の通報だ」

「その善意の通報の発信源を聞いてるんすけど」

「そいやあ、そうだな」片山さんがいま思いついたような顔で言う。「そいや、誰だ」

「片山さん、思ったことあるんすけど」

「なんだ」

「その善意の匿名通報が、教団の残党ってことはないすかね? それで片山さんの動きに乗じて絵を手に入れるとか」

「頭いいじゃねえか、お前」片山さんが真顔で言った。

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卑しき天使は後ろ向きに堕ちる 伏潮朱遺 @fushiwo41

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