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「あやみの知り合い?」


父は奏叶さんのお膳を差し出すので、「ほら、有馬の友人の奏叶さん」と、いつかの話題を引き出した。奏叶さんを見上げる。彼の表情は不機嫌を作り出し、それに対して父の表情もまた、取材の時のようによそ行きの笑顔を浮かべていて、疑問を募らせた。

──私、なにか言った?


「夏希の友人の、倉木と申します」

「カナト!会いたかったぜ〜」

「光栄です。いただきます」


どこか険悪そうな雰囲気はあったけれど、食事となると話は別で、奏叶さんは遠慮なくおにぎりを頬張る。


「おいしそうに食べるな、カナトは」

「美味しいです普通に」

「甘酒アイスも食べる?」

「いただきます」


打ち解けてる……のかな?

一足先に食べ終わった私はその様子を見守る。


「なんでクセが強いアイスを売りにするかなあ」

「美弥子さんが好きだったんだよ、甘酒。酒豪でさ?やめろって言うまで飲むんだよ」


美弥子さん、というのは母のことだ。父は母を語る際、いつも、まるで目の前に母がいるかのように穏やかな眼差しで語る。甘酒にはアルコールは無いはずだけど、父は幸せそうに話すから、なにもいえなくなるのだ。


「ああ、遺伝したわけだ」


それに奏叶さんも乗る。


「人聞きの悪い」


湯呑みを傾けながらやれやれとため息を落とせば、これに笑うのは父だった。


「強い強い。あやみはやめろって言っても飲む」

「ちょっと!!」


二人の結託は私にとってあまり良いものとはならないらしい。


食事を終えると、奏叶さんはだらだらと居座るわけでもなく「ご馳走様でした、また来ます」と、丁寧に挨拶をされて店を出るので、コンビニに寄ることを理由に途中まで送ることにした。


「奏叶さん、怒ってます?」


隣を見上げる。私を一瞥したその瞳は再び前を向く。


「怒ってはいない」

「ては、って、なんですか」

「怒ってる、というかムカついたのと、あとは心配」


怒りとムカつくというのはイコールではないのか。


「夏希の友人って、あの説明なに」


通い慣れた街並みをみつめていれば、奏叶さんは正解をくれる。父にした紹介のことだろう。


「その方がすぐ分かるかなって。同じ業界の知人だと素っ気ないし、友人とは少し違うし」


奏叶さんと私の間には有馬がいてくれるから上手に成り立つようなそんな関係で。

もしも有馬がいなければ?


友達?それともセフレ?同じ傷を持って、舐め合うだけ。私はもう奏叶さんじゃなきゃ嫌で、駄目で、なのに大っぴらには言えないもどかしさを抱えて、「心配っていうのは?」と、もうひとつの懸念材料を告げた。


「なんであんた目当ての客が増えてんのに、着いてくるかなってこと」

「私目当てってなんですか」

「あのバズの裏側で、あやみのことが特定されてんだよ。親父さんの店も繁盛してるのはあやみの抱き合わせってこと」

「え……だから若い人や連絡先渡されることが多かったんだ……。」


奏叶さんは「連絡先?」といぶかしげに目を細めるので「あ、でも父がお客さんの目の前で、コンロで燃やしました」と教えると、「なにそれ」と破顔した。


「エンジニアに頼んであやみに関する投稿は全部削除させたけれど変な輩もいるだろうから、さっさと帰れ」


涼しい目に見つめられると何も言えなくなり黙る。


「……奏叶さんだって、私を送ってくれるでしょ?」

「俺と同じにするな」

「厚意は受け取るべきじゃなかったんですか?」


いつか聞かされた言葉をそっくりそのまま返すと、今度は奏叶さんが黙る。ちょっとだけ楽しい。


「……今度から車で来るわ」

「何がなんでも送らせてくれないんですね」

「当たり前だろ。タクシー呼ぶから早く帰りな」

「嫌です」

「お前なあ……」


呆れ口調へと変化した、彼の服の裾を摘んだ。奏叶さんが振り向く。引き留めたのは私のほう。なのに奏叶さんの顔は見れず、よろよろと俯く。


変化している、そう思っていた。


「じゃあ、もう少し話したいっていう、私の願望はどうすればいいんですか」


変化?違う。最初から彼は特別だった。それを私は認めたくなかっただけだ。

恋よりも仕事、を掲げていたのに、その均整が取れなくなっている。理由は明らかだ。その中心にいるのはいつも彼だ。


「話したいならスマホがあるでしょ。言えばすぐに通話するよ」

「そうは言っても誰かと一緒だったり、会議中ならどうするんですか」

「優等生か」


ぽつりと呟くように言葉を漏らし、奏叶さんは無邪気に笑った。こちらが真剣であるにもかかわらず、正面から向き合うのが滑稽に思える。


「あの、私おかしなことを言いました?」

「あやみは仕事中でも俺と話したいと思うことがあるの?」


奏叶さんは冷静で狡猾な人物だ。涼しげな視線で意地悪くこちらの弱点を突かれ、「ち、違う……」と目を逸らす。


「違う?」


何も言わない方がいい。逃げるが勝ち。これ以上墓穴は掘らない方が、絶対に。


「俺は嬉しいよ」


けれども彼は、逃げる私を負かそうとする。


「遅いし、コンビニの用事が済んだらすぐに帰りなよ」


裾を掴んでいた手は奏叶さんの手によって優しく引き剝がされ、離されるわけでもなくそのまま繋がった。


優しい人が好き、気づかい上手な人が好き。

私の好みなんて、統計上と変わらないだれもが抱く理想である。なのに奏叶さんの場合は少しニュアンスが違う。彼の経験の上で成り立つやさしさならば、素直に喜べない、こんなところが可愛くないなと自覚している。


手を離そうとした。繋がれた手は私一人では到底離れなくて困惑した。


10代のころ身近にあった恋愛は、大人になればなるほど複雑さを増す。



「なんで拗ねてんの?」



奏叶さんが私を覗き込む。


「怒ってるんです。奏叶さんの優しさを、素直に受け取れない自分に」


奏叶さんにとっては応募者全員無料サービスのような感覚で、ブーケキャッチできなくても、全員に漏れなく花束をくれる人なんだろう。


「そんなに優しくねえよ、俺は」


嘲笑う彼に、「優しいですよ」と、なぞに頑固になってみる。繋がれた手に一度力が込められた。


「言っておくけど、俺は褒められた性格もしていなければ、誠実な人間でもないよ」

「そうですか?私、奏叶さんのことは尊敬してますよ」

「それはあんたに失望されたくなくて、見栄張ってるだけ」

「……え?」


それは疑問と言うよりも甘い不安。立ち止まれば奏叶さんも歩みを止める。彼と一緒に歩くと毎回足が疲れないのは、彼が歩幅を合わせてくれる人だって知っている。


──しかし。


「……あ、れ」


私の視線は、奏叶さんではなく、奏叶さんの奥にいる人物に焦点をあわせた。


一瞬、何が起きているのかわからなくて瞬きさせた。奏叶さんも釣られて振り向いたその瞬間、私の視界はその身体によって遮られた。

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