硝煙漂う百合ハーレム

@yuuki009

第1話 理不尽な転生

 私は、どこにでもいるJKだった。


 私の名前は『春日井 真矢』。ごく普通の一般家庭に生まれた、ごく普通の女の子だった。

 でも、私は少しだけ、周りの女の子たちと違う趣味があった。それは、『ミリタリーオタク』である事。


 私のお父さんがミリオタで、私が幼いころから家にはエアガンなどがあったし、よく戦争映画とかを見ていた。最初は、銃声や砲声に怯えてばかりだったけど、ある時私は、女性が主人公の戦争映画をたまたま見てしまった。


 そして、その画面の中のヒロインに魅せられた。銃を豪快にぶっ放し、男顔負けのアクションを繰り広げ、敵を倒しまくり、弱い人々を助ける、そんな強い女性像に。


 もちろんそれはフィクションだった。全てが作り物。現実には存在しない。でも私は次第に強い女性という物に憧れ、そしてそんな彼女が手にしていた、かっこいい『銃』に、惹かれるようになった。


 ヒロインたちが、銃を手に男を圧倒する姿にも魅せられた。本来ならば力で劣るはずの女性が、映画では守れらる事の多い女性が、銃を持った時には男を圧倒する事さえあった。


 そんなヒロインたちの姿を見た私にとって、銃とは『力の象徴』だった。女でも男に負けないくらい強くなるための武器だった。だからこそ銃があれば私も強くなれるんじゃないか、と思うようになっていた。


 お父さんも、自分の娘と共通の趣味が持ててうれしいのか、ある誕生日にはその女性キャラが使っていたのと同じ銃のエアガンを買って来てくれた。もちろん私はそれを喜んだけど。でも、お母さんや周囲の友達は、違った。


≪またそんな物買ってもらってっ!女の子なんだから、もっと自分に似合う物を買ってもらいなさいっ!≫


≪え?春日井さんって銃が好きなの?変なの~。あはははっ≫


 ミリオタの私を、呆れてやめさせようとする母親や奇異の目で見て嘲笑するクラスメイト。それが、たまらなく嫌だった。自分が憧れた強い女性像が否定され、好きになった銃を笑われているようで、嫌だった。


 だから、隠す事にした。ミリオタだった自分に蓋をして、『普通の女の子』の仮面をかぶる事にした。趣味を隠し、目立たないように周囲に適当に話を合わせ、普通を演じていた。


 それは、たまらなく苦痛だった。趣味は、好きな事はどれだけ蓋をしようとしても隠しきれない。だからたまに、SNSなどで色々調べたりしていた。世界各地の銃の事とか、サバゲーの事とか。色々と。そしてたまに、男性に混じって迷彩服に身を包みサバゲーを楽しんでいる女性の姿を見ると、心底羨ましくなり、そして好きな事を隠そうとする弱い自分が嫌いだった。


 

 そんな、鬱屈した日々を過ごしていたある日。私の人生は、一変した。



 平日の夕暮れ時。私は学校帰りの道を歩いていた。駅から出て、自宅の方へと歩みを進めていると、ふと視界の端にあるビルが、正確にはその壁に貼られたポスターが移りこんだ。


 そこに貼られていたのは、新発売のエアガンのポスターだった。思わず立ち止まってしまった。頭では『こんなの女の子が見るポスターじゃない』って分かっていた。『こんなところをクラスメイトに見られたら不味い』って思って居た。


 でも、好きな心だけはどうやっても騙せない。隠せない。私はそのポスターに、見入っていた。


『これは。デ・リーズルカービンのエアコキのエアガンかぁ。随分渋いチョイスだなぁ』


 『デ・リーズルカービン』。これは1943年、世界大戦真っただ中のイギリスで開発された特殊作戦用の消音銃。太いサプレッサー一体型のバレルと機関部付近から下に延びるM1911、コルトガバメント用のマガジンがなんともアンバランスな銃。確かこれってサプレッサーと弾の相性の関係からガバメントと同じ45ACP弾が使われてるんだっけ?……でも確かこの銃、合計で1000丁も作られてないマイナーな銃だったような。よくこれをエアガンとして売ろうと思ったなぁ。


 ただポスターを眺めながら、ふとデ・リーズルカービンが何たるかを思い出していた時。


「あれ?真矢じゃん?」

「ッ!!」

 不意に、聞きなれた声が鼓膜を震わせ、反射的に体が震えた。不味いッ!見られたっ!と思いつつ声の方を向くと、そこにはクラスメイトの女子が数人立っていたっ。

「あ、み、皆お疲れ~。今帰り?」

「うん、部活の帰り」


 内心、しまったっ、と思って居た。ここは学校からの帰り道でクラスメイト達も良く通るのにっ。いや、それは分かっていたけれど、それでも私は自分の中の欲望を抑えきれなかった。そして今は、そんな心の弱い私を内心罵りたかった。


 今の状況は不味いっ。私が銃に興味があるってバレる訳にはいかないっ。

「って言うか真矢何見てたの?」

「えっ!?」

 どう誤魔化そう?と考えていた時、もう1人の言葉で思わず心臓が跳ね、変な声も漏れてしまう。


「何これ?銃、のポスター?真矢こんなの好きなの?」

 そう語るクラスメイトの目は、明らかに私に対し困惑しているようだった。無理も無い。私は、ずっとみんなの前で仮面をかぶって来たのだから。私が銃が好きだなんて、誰も知らない。そしてそれを友達に知られる訳には行かない。


 知られてしまえば、また、嗤われるかもしれない。それが怖いから。また私の大好きな物が嗤われてしまうと思うと、怖いから。『うん』と、彼女の言葉に私は頷く事が出来ない。


「ち、違うよぉ。お父さんがこういうの好きなのっ。だから名前とか憶えて、帰ったら教えてあげようかなぁ?って思ってさ」

 必死に作り笑いを浮かべながら、言い訳を口にする。

「へ~。そうなんだ。真矢のお父さんって、え~っと。なんて言うんだっけ?ミリオタ?」

「う、うん。そうそう。銃とかそういうのが大好きな人なの」

「へ~。でも男の子ってこう言う武器とかそういうの好きだよね~」

「あ~分かる~。あんなののどこが良いんだろうねぇ?」

「ッ。そ、そうだねぇ」


 あぁ、本当に私は、私が嫌になる。彼女の言葉を『そんな事無いよ』って否定出来れば、どんなに良かったか。銃はかっこいいよ、って力説したかった。ガンアクションとか見ごたえあるよ、って教えたかった。


 でも、私はそんなのに興味の無いJKって言う仮面をかぶっている。だから、そんな事出来るわけない。だから、ただ適当に相槌を打って、話を合わせることしか出来ない。


 私は、そんな弱い私が、嫌いだった。でもそんな弱い私である事を選んだのは、結局の所私自身。批判されるのが怖くて、仮面をかぶる事しか出来ない私。それが嫌いでも、仮面を捨てる一歩を踏み出せないのも私。


 私はいつまで、こんな弱い私のままなんだろう。そう思って居た時。


「ん?何あれ?」

「え?」

 不意に友達が私の後ろを見つめながら声を上げた。咄嗟の事で声が出た。何だろうって私も気になって振り返った。


 視線の先にあったのは人込み。けれどみんな、足を止めていた。ザワザワとざわめきも聞こえた、刹那。


「に、逃げろぉっ!通り魔だぁっ!!」


 誰かの叫び声が聞こえた。次の瞬間。

「「「「きゃぁぁぁっ!!」」」」

「うわぁぁぁぁっ!に、逃げろぉっ!お、男が包丁を持ってるぞぉっ!」

 皆パニックになって、濁流のように私達の方に向かってきたッ。

「危ないっ!」


 私たちは、咄嗟に建物の傍によって、その濁流を回避した。そして人々が居なくなると、この騒動の中心人物が見えた。


「お、お前ら全員、殺、殺してやるっ!ひひひっ!」


 でっぷりと太った肥満体の男が、狂ったように嗤い、その口から汚く涎をダラダラと垂らしているッ。

「ッ!?」

 目にしただけで本能が拒絶する程の嫌悪感が湧き上がる。それが吐き気として私に襲い掛かった。思わず口を押え、目をそらしてしまう。

「何あれ、ヤバいよっ!私達も逃げよっ!」

「は、早く逃げよっ!」


 皆、目の前にある危険から逃げようとして、通り魔の男に背を向けて走り出した。私もそれに続こうとした。ここに居ちゃいけないと本能が最大ボリュームで警鐘を鳴らしている。


「パパッ!パパァッ!」

「ッ」

 声が聞こえた。子供の悲痛な悲鳴に、私は思わず足を止めて振り返った。誰もが逃げ出す中、太腿から血を流して倒れたまま動かない男性とその傍に大粒の涙を流しながら必死に男性に声をかけ続ける女の子ッ!


 まさか刺されて逃げ遅れてっ!?助けに行くっ!?

「ひ、ひひひっ!」

 一瞬、助けに行くべきか迷った。けれどあの通り魔の男の、汚泥のように濁った瞳と狂気に満ちた笑みが見えた瞬間、足がすくんだ。む、無理。助けになんか、いけない。


 恐怖で足がすくむ。小鹿のように震える足のせいで、前に進む事も逃げる事も出来ない。どうしようどうしようどうしようっ!?あぁ何も思いつかないっ!分からない分からない分からないッ!


 恐怖とパニックで頭の中は真っ白になって、石像のように固まって見ていることしか出来ない。

「パパッ!パパァッ!」

「に、逃げろはるか。パパは大丈夫だからっ!」

「ヤダぁっ!パパも一緒にぃっ!」


 逃げるように急かす男性に対し、女の子は首を横に振って動かないっ。

「あぁ?ひひっ、次の獲物かぁっ!」

 するとあの男が2人に気づいたっ!そのまま真っすぐあの子の方へ向かって行くっ!不味いッ!不味い不味い不味いッ!


 このままじゃあの子が殺されるっ!でも私、どうしたらっ!?こ、声を出して男の注意を引く、とかっ?

「いひ、いひひひっ」

「ッ!」

 だ、ダメだ。怖い。あの男を見るだけで、動けなくなるっ。囮になる事すら出来ないっ。


 心の奥底にある正義感が顔をのぞかせた。けれどそれを簡単に押し返してしまうほどの恐怖。私じゃ無理だ。やっぱり、逃げなきゃ。そんな風に本能が呼びかけてくる。


「遥ッ!逃げろっ!逃げるんだっ!」

「ヤダァッ!パパも一緒に行くのぉっ!」

 その時、再び女の子の声でそちらに意識が向いた。女の子は、男性の上着の襟首をつかみ、必死にそれを引きずろうとしていた。けれどまだ10歳にも満たないであろう女の子が、成人男性を引きずる事なんて、出来るわけがない。彼女の努力を嘲笑うように、あの通り魔が薄汚れた笑みを浮かべながら一歩一歩近づいてくる。


「く、うぅっ!や、やめろっ!娘に手を出すなっ!殺すなら俺を殺せぇっ!」

 近づいてくる通りに間に向かって男性が叫ぶ。

「あぁ?うるさいなぁっ!俺に指図なんて、するなぁっ!」

 指図され、激昂した男が男性の傷口の辺りを強く蹴りつけた。

「ッ!?!?ぐあぁぁぁっ!!」

「ひっ!?」

 悲鳴が周囲に響き渡るっ。更に悲鳴に驚いた女の子が、襟首をつかんでいた手を離してしまい、その場で尻もちをついた。

「ひひひっ!俺様に逆らうからそうなるんだ。まぁ安心しろぉ、娘を殺した後、俺様に指図したお前も殺してやるからさぁっ!ひひっ!ひひひっ!」

 狂った笑みを浮かべながら、男はその狙いを女の子に定める。


「あ、あぁ、うぁ」

 女の子は、尻もちをついたまま動かない。その表情は恐怖で染まり、涙を流したままガクガクと体を震わせている。


 このままじゃ、あの子が死ぬッ!でも私も、動けないっ。恐怖が体を痺れさせる。まるで『行くな』と言わんばかりに。自分よりはるかに年下の女の子が、殺されそうになっているのに、私は恐怖で動けないっ!


 助けたいのに、恐怖で動けないっ!動けと体に念じても、鎖で縛られたように私の足は動かないっ!


 動けっ、動けっ!動いての私の体っ!このままじゃあの子が死ぬっ!そんなの、見たくないっ!


「や、やめろっ!やめろぉっ!」

「げひっ、げひひひっ!!」

 男性の制止を虚しく、男は逆手に持った包丁を、振り上げた。ダメだっ!このままじゃっ!周囲に男を止められるそうな人はいないっ!動いて、動いてよっ!


「誰でも良いっ!娘を、助けてくれぇぇっ!」

「ッ!あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 その言葉が、叫びが聞こえた瞬間、体が動き出した。まるでその叫びが、私を縛る恐怖の鎖から肉体を解放する鍵であるかのように。ただ考えずに走った。あの子を助ける事だけを考えて走った。


 自分でも驚くほどの力が出た。走れ走れ、あの子を守れっ!ただ一直線に、あの子の元へっ!!


「死ねぇぇぇぇぇっ!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 男が包丁を振り下ろす寸前、女の子目がけて突進するっ!ただ女の子だけを見つめ、飛び込んだっ。女の子を庇うように抱きしめた直後、背中に何かが突き刺さる痛みを感じた。痛い、痛い痛い痛いッ!!!


 痛みで叫びたいのに声が出ないっ。それでもこの子を離さないっ!力いっぱい、私は彼女を抱きしめ庇う。

「な、何だお前はぁっ!」

「お、お姉ちゃんっ!?」

 激昂した男の声と女の子の声が聞こえる。でも、痛みのせいでそれに答えるだけの余力は無い。今はただ、この子を庇う事しかできないっ。


「このぉっ!俺様の邪魔をしやがってぇっ!」

 男の足音が近づいてくるっ。耐えなきゃっ、この子を守るためにっ!せめて、この子だけはっ!そのために、より一層力強く彼女を抱きしめたっ。


「何している貴様ァッ!そこを動くなっ!!」

 その時聞こえた怒号は、通り魔の物ではなかった。

「警察だっ!今すぐその場で両手を上げろっ!」


 警、官?あぁ、そっか、駅前に交番、あったっけ?良かった、警官が、来てくれたなら。……あ、あれ?


 なんか、警官の人が来たって思ったら、安心して、力が、抜けて、く。これ、もしかして私、死ぬ、の?嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ。死にたくないっ。死にたくないのにっ、意識が、遠ざかって行く……。


「お姉ちゃん?お姉ちゃんっ!」

 女の子の声が、遠く聞こえる。視界が霞んでいく。そこにあの子がいるのに、全てが、遠ざかって行く。体が、動かない。


 死にたくないと思っても、意識、が……。眠るなって分かっているのに、それでも私の意識は沈んでいく。まだまだやり残した事が、たくさんあるのに。生きたいと思っても、生きたいと願っても、私の体は動かない。体は冷たくなっていく。



 その日、私はたくさんの後悔を残しながら、死んだ。



~~~~~~

「ッ!!!あ、あれ?ここは?」


 意識が闇に沈んで消えていく感覚に飲み込まれた直後。何故か私の意識は真っ白な世界で覚醒した。どうして?私、死んだの?でもここはどこ?もしかして、天国とか?


 理解が追い付かない。目の前の真っ白な世界はあまりに非現実的で、戸惑いながらただ周囲を見回すことしか出来ない。ここはどこなの?と、不安に駆られながらとにかく情報が欲しくて周囲を何度も見回すけど、ここには何もない。


「人の子よ、目覚めたのですね」

「ッ!?」


 その時、何もなく、誰も居ないはずの空間に響いた私以外の声。誰ッ!?と警戒心を露わにしつつ周囲を見回していると、私の正面に無数の光の球、オーブのようなものが現れた。それが1つにまとまって行き、やがて人の形を成した。それは女性だった。けれどただの女性じゃない。ファンタジーゲームの女神のような恰好をしていて、整った顔立ちはまるで『美しさ』という言葉が人の形を取ったような、同性の私ですら見惚れる程に美しい物だった。多分、彼女を『美の女神だ』と言ったら全ての人は間違いなく同意するだろうと、思えるほどにその人は美しかった。


「はじめまして。人の子、真矢」

「ッ。あなた、は?」

 どうしてこの人は私の名前を知ってるのっ?登場の仕方と言い、普通じゃない。思わず警戒心から一歩後ろに下がってしまう。


「突然このような場に導かれ、大変驚いている事でしょう。ですがどうか、私の話を聞いてください」

「話、ですか?」

 女性の物腰や声色は、とても柔らかく優しい物だった。敵意のようなものは感じない。それに、今の状況は何も分からないのが事実。だからとりあえず、話を聞いてみたくなった。


「その話、って?」

「はい。まずは私が何者か、お伝えするべきでしょう。本来私には、人や生物が持つ『名』はありません。ですが敢えて名乗るのであれば、私の名は『ガイア』。女神ガイア」

「ッ、女神、様ッ?あなたが?」

「えぇ」

 静かに、しかし引き締められた表情と共に女神様を名乗るその人は頷いた。


 最初は、耳を疑った。でも信じざるを得なかった。だってこの非現実的な空間に、あの現れ方。あらゆる情報が、前の前の存在を『非現実的な物』、つまり『神様』だと肯定している。だからとりあえず、この人、人?まぁいいやとりあえず、神様として信じてみる事にした。


「あなたが女神様だとして、どうして私はこんなところにいるんですか?それに、ここは?」

「ここは、あなた方人間が天国や地獄と表現する死後の世界。その狭間にある空間です」

 死後の、世界?死、後?じ、じゃあ、やっぱり、私は……。


 考えたくない。そこから先は、考えたくない。嫌だ、理解したくない、認識したくない、許容したくないっ!なのに、なのにっ!


「女神様、わ、わた、私は、し、死んだ、のですか?」

 聞きたくない。答えないで、と。そう思うけれど、でもどうしても体や心は正直で、殆ど反射的に問いかけてしまった。聞きたくないのに、聞きたい。答えは分かっているのに、問いかけてしまった。


「……残念ながら、その通りです」

 女神様はまるで、私の死を悼むように目を伏せながらも息をつき、そして私の死を肯定した。


「そん、なっ」

 あぁ、分かっていた。分かっていたよ。こんな場所にいるんだもん。さっきの、自分が『死んでいく』感覚だって覚えてる。でも、だからってそう簡単に、受け入れられないよっ。


 あぁ、もう立ってられない。受け入れがたい現実を聞かされ、膝や足腰の力が抜ける。その場でへたり込む事しか出来なかった。


「……私、私、死んだの?ま、まだ二十歳はたちにもなってなくて、まだ、まだやりたい事、いっぱいあったのにっ!お父さんとお母さんにだって、もう、会えない、の?もう、帰れないのっ?」

「………」

 私の問いかけに、女神様は何も言わない。違う、否定しないからこそ、それは『肯定』。つまり、私は、もう……。


「あ、あぁ、あぁぁっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 受け入れられない現実が、私に襲い掛かる。住み慣れた場所に帰る道はもうない。会いたい人に会う事も出来ない。言葉を伝える事も出来ない。もう、二度と、家族とは、友達は、会えない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 私はただ、絶望の涙が枯れるまで、泣き続ける事しか出来なかった。


~~~~~~

 それから、どれくらい時間が経っただろう。涙も声もようやく枯れ果てた頃。

「……人の子真矢。今のあなたは、とてつもなく大きな絶望と悲しみに苛まれている事でしょう。それでもどうか、私の話を聞いてほしいのです」

「話、ですか?それって、一体?」


 ある程度泣いて、叫んで。多少なりとも心の整理は出来た。今も納得は出来ていないけれど。でも今はとにかく、辛い現実を忘れたかった。話題を変えたかった。だから女神様に、話の続きを問いかけた。


「本来、人の魂とは死後、輪廻転生の流れに従い、それまでの記憶や人格をリセットし新たな人として生まれ変わるのです。ですがごくまれに、英雄的行動を見せた者たちには違った選択肢が与えられるのです」

「選択肢?」

「はい。一つは今申した通り、輪廻転生の流れに従い、新しく生まれ直す事。ただし、その際にあなたの魂はリセットされます。これは女神と言えど変える事の出来ない絶対のルールなのです」

「ッ。魂のリセット?それはつまり、今という私が、消えるという事ですかっ!?」


「……はい、残念ながら」

「ッ!……冗談じゃ、ないですよ」

 魂のリセットという話に、私は思わず苦虫をかみつぶしたような表情で吐き捨てた。死の恐怖は、私の心に染みついている。それから大して時間も経っていないのに、私という存在が消えるなんてっ!そんなの、怖いよっ。怖くて選べるわけないよっ!


「念のために申しますと、英雄的行動の対価として、あなたの魂はリセットされます。ですが新たに生まれたあなたには、あなたの第2の人生は女神の加護によって素晴らしい物となるよう確約する事ができます」

 ガイア様は私を心配するような様子でそう言ってくれる。


「でもそれは、今の私が消える事と引き換えなんですよねっ?」

「……はい」

 でも、第2の人生の幸せが約束されてるからって、だからって自分がもう一度消える恐怖をっ!また死ぬ恐怖を味わう気はないっ!あ、あんなの、もう二度と味わいたくないっ!!


 死の恐怖。それを考えるだけで、体がブルリと震える。血の気が引いていくのが分かる。

「その、輪廻転生以外に、何か無いんですかっ?」

 魂のリセットなんて、受け入れられない。だから私は、その道を選ばない。選びたくない。


「あるには、あります。今申したように、英雄的行動によって第2の人生の平穏が約束されたように。もう一つの選択肢は、人の子真矢が望む力を与え、あなたの魂を維持したまま異世界へと送り出す事です。言うなれば、転生です」

「ッ。つまり、異世界転生、ですか?」

「はい。その通りです」


 異世界転生。それ自体は知ってる。男子が最近ラノベのトレンドだって話しているのを聞いた事あるし、私もそっち系のラノベを少しだけ読んだ事があるから。でも、まだ聞きたい事はある。


「あの、女神様。私の魂を維持したままでいられるのは、その異世界への転生だけなんですか?」

「えぇ。それしか方法はありません」

「じゃあ私の元居た世界で生き返る方法は無いんですかっ?」

「それも、不可能です。生物の肉体は、言わば魂の入れ物。そしてその入れ物には、替えという物はありません。入れ物が壊れてしまった魂が、現世に蘇る方法はありません。それは輪廻転生の流れに逆らう物ですから」

「……そう、ですか」


 私が私である事を続ける為には、異世界転生しかないと。女神様はそう言っていた。だったら、答えは一つしかない。もう一度あの恐怖を味わうのなんて、絶対に嫌だっ!

「ならっ、私を異世界に転生させてくださいっ!それが私の望みですっ!」

「分かりました。それがあなたの選択であるのなら、私はそれを受け入れるのみ」

 女神様は静かに頷いた。これで私の魂は消えずにまだ生きられる。両親や友達に会えなくなることへの絶望と後悔はあるけれど、でも魂のリセットなんて、もう一度死ねと言われているような物じゃんっ!そんなの、認められる訳ないっ!


「ですがその前に一つ。あなたはどんな力を望みますか?」

「え?……あっ」

 突然の質問に、最初は心当たりが無くて戸惑ったけど。そういえば女神様さっき言ってたっけ。『望む力を与え』、って。


「力。……あの、女神様。それはどんな力でも良いんですか?」

「ある程度は自由です。が、世界を破壊するような力は与えられません。如何に英雄的行動を果たしたとはいえ、それほどの力を与えてしまえば世界の秩序を乱しかねないからです」

「そうですか」


 と、聞いてみたものの。だからと言ってすぐにアイデアは浮かんで来なかった。どんな力が良いのだろう。正直、私は戦う力が欲しい。自分の身を守れる力が欲しい。あの時は、ただ自分を犠牲にしてあの子を守ることしか出来なかった。でもそれじゃダメ。自分を守れる力が欲しい。


 でも、だとしたらどんな力が良いだろう。戦う力?魔法や剣を扱える力とか?でもそれで戦えるかどうか。護身術すらまともに学んでいない私に、果たして映画のヒーローみたいにいきなり格闘戦とか、出来るわけない。魔法だって扱えるかどうか。或いは姿を隠す能力とかでも良いかもしれないけれど、それじゃ隠れるだけで、いざという時戦えないかもしれない。だから、私は……。


「女神様、決めました」

「そうですか。では、あなたはどんな力を望みますか?」

「武器を、古今東西、過去から現在まで世界各地で生まれた軍事兵器を、銃を、買う事が出来る力を」

 真っすぐ、真摯な表情のまま女神様を見つめながら自分の願いを、望む力を口にする。


 弱い私が自分の身を守るためには武器が居る。でもそうなると、少しでも知っている武器が欲しい。となれば、銃以外に無かった。


「分かりました。それがあなたの願いというのなら、私は人の子真矢の、望むままの力を与えましょう」

「ありがとうございます」


 望んだ力は与えられる事になった。それに内心、安堵していた。これで断られたらどうしようか?と少し不安だったけど、杞憂に終わって良かった。


 と、その時。不意に足元に虹色の魔法陣が現れたっ。

「ッ!?女神様、これはっ!」

「人の子真矢。これはあなたの転生の準備が整った証です」

「ッ、じゃあ……」

「えぇ。あなたの了承があれば、すぐにでも転生を開始します。ですがその前に、何か聞いておきたい事はありますか?」

「……」


 急に準備が出来た、何か聞きたい事はあるか?って聞かれたって。何かないかと頭を捻っていた時。

「あっ、一つ。聞いて良いですか?」

「なんでしょう?」

「……私が庇ったあの女の子と、そのお父さんは?どうなりましたか?」

「彼女たちは無事です。あなたが庇った少女も、その父も」

「ッ、そう、ですか」


 女神様から告げられた真実は、少しだけ私の心に喜びと安らぎを与えてくれた。良かった。あの子もお父さんも、助かったんだ。その真実に自然と笑みが零れた。死んだ事について、まだ完全に納得出来ている訳じゃないけれど、でもせめて、私のした事が無駄じゃなかったんだと分かれば、それで救われている私が居るのも事実。本当に、良かった。


「他に、何かありますか?」

「……いえっ、もう大丈夫ですっ」


 もう、聞きたい事はとりあえず聞けた。後悔や不安はあるけれど、異世界に行かなければ、私という自分が消滅してしまうのなら、迷う必要なんてない。


「私行きますっ!異世界にっ!」

「分かりました。ならば……」


 女神様が真剣な表情で、右手を前に掲げた。


「女神の名において、異界への門を開くっ!彼の者を異世界へっ!世界を繋ぐ狭間の門よっ!今ここに開門せよっ!」


 女神様の澄んだ声が響く。とその時、私の後ろで何かせりあがる音が聞こえて来たっ。

「なにっ?」

 咄嗟に振り返ると、魔法陣から虹色の門がせりあがって来た。門が全て出現すると、その扉が音を立てながらひとりでに開いた。門の向こうには、ただ光だけが広がっていた。


「これが、異世界への門」

「そうです。人の子真矢。その門を越えた先に、あなたの新しい世界が待っています。行きなさい。自らの足で、踏み出すのです」

「ッ。……分かりましたっ」


 もう、後戻りは出来ない。不安はあるけれど、リセットされ私という存在が消えてしまうくらいならっ!今ッ、前に踏み出すっ!


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 自らを鼓舞するように叫び、私は門の中へと突進した。やがて視界が、意識が、全てが光に包まれていく。


「人の子真矢。どうかあなたの旅路に、幸せがあらん事を」

 女神様の声が聞こえて来た。そしてその言葉が聞こえた直後、私の意識は暗転した。



~~~~~~

 あぁ、ついに彼女が旅立った。人の子真矢。彼女は自分という存在が消える事を恐れ、それ故に異世界へと転生する道を選んだ。私は女神として彼女に力を与えた。けれど私は、彼女に一つだけ、『真実』を伝えなかった。


 女神の力でもって、手元に一冊の本を呼び出す。それは本の形をした全く別の物。その本には、あらゆる世界で起きたあらゆる事象が記録されている。


 そして私は、真矢が被害者となった、あの男の事件の記録を呼び出す。それによれば、事件を起こした男は、真矢を刺し殺した直後、駆け付けた警官に襲い掛かった為、身の危険を感じ発砲した警官に撃たれて死亡。この事件の死者は真矢1人。彼女以外は、負傷した者こそ出してしまったものの、皆一命をとりとめた。


 と、これがこの世界における事件の結末であった。けれど、人間には認識できない意思が、この事件には関わっていた。


 全知全能たる神だからこそ知りえた情報。それは『この件には邪神が関わっている』、という物であった。


「邪神ゴルゴン。あなたが関わっていたとは」


 『邪神ゴルゴン』。デモゴルゴンとも呼ばれる『原初の悪ファースト・デビル』。その性格は私達神をして残忍の一言に尽きる程。その根底にあるのは『自らが楽しむ』というただ一つの行動理念。そのために邪神ゴルゴンは、あらゆる行為を厭わない。


 暇つぶしと称し、自らを信奉する邪教の信者を利用して戦争を起こさせるほど。自らの欲求のために、嬉々として惨劇を巻き起こす正に悪魔。


 そして今回邪神ゴルゴンは、この通り魔の男に対し人間では認識できない精神操作を行った可能性があると、この本には記載されている。神が人の世界に干渉する事は本来禁止されている。


 だがゴルゴンならば、自らの享楽のためにそのルールを嬉々として破るだろう。その結果、真矢は命を落としてしまった。


 これは人間世界の外から、彼らからすれば超常的な存在が介入した結果起こった事。すなわち彼女は邪神ゴルゴンの被害者なのだ。


 故に彼女を転生させることとなった。邪神の気まぐれに巻き込まれた、哀れな彼女へのせめてもの罪滅ぼしとして。けれど私はその事実を彼女に伏せた。


 邪神の遊戯に巻き込まれ命を落としたなどと、知った所で彼女にはどうする事も出来ない。そして私にも。だから私は、嘘を付いた。『英雄的行動による転生だ』、と。自らの理不尽な転生の真実を知るくらいならば、せめて優しい嘘で彼女を送り出してあげたかった。


「ごめんなさい人の子真矢。嘘を許してくれとは言いません。ですが私は、陰ながらにあなたを見守っています」 

 私は密かに祈った。理不尽な邪神のために絶望と死を経験した彼女が、せめて平和に暮らせるように、と。

 

「どうかあなたの人生が幸せに満ちたものでありますように」


 私の言葉は、誰も聞く者が居ない世界の狭間へと、消えていった。



~~~~~~

「はっ!!」

 不意に私は目覚めた。虹色の、転生の門に突進して意識が途切れたと思った次の瞬間、今度は意識が目覚めた。


「ここ、は?」

 まず視界に入って来たのは、風に揺られる枝葉。次いで感じたのは、自分が芝生の上に寝転んでいるという事だった。肌に少しチクチクとした芝生の感覚があった。ここはどこ?と思わず上半身を起こして周囲を見回した。


 目の前に広がるのは、どこまでも続く青い空と緑の森。それほどの大自然を、私は見た事が無くて、思わず数秒、放心してしまった。

「って、違う違うっ!」

 

 けれど、数秒してすぐに立ち上がった。ここはどこ?とにかくまずは情報を集めないとっ。すぐに何かないか、と辺りを見回す。辺りを見て分かったのは、自分が森の中にある、山というには小さい小高い丘の上に立つ、一本の木の下にいるという事。


「ッ、あれって……」

 周囲を見回していた時に見えた。明らかな人工物。距離があり過ぎるせいで確かな事は言えないけど、町のようにも見えた。……とりあえず、まずはあそこを目指すべきかな。


 そう思って居た直後、風が私の肌を撫でた。風に揺らぐ髪を咄嗟に押さえつけ、もう一度周囲を見回す。


 それは今までの人生で見てきた事が無い景色だった。青い空、遠方に見える山々、緑の生い茂る森。これが、今日から私が生きていく世界なんだ。


 始めて故の不安はある。頼れる相手が居ない恐怖もある。けれど私の心の中では、少しだけ期待と興奮があった。


 目の前に広がる世界を旅するという事への、興奮が。



     第1話 END

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