第1話 密やかな繋がり
『冬香:ゆうくん、一緒にお昼食べよ!』
『祐人:やだよ近寄んな』
『冬香:なんでそゆこと言うのぉ〜(泣)』
『祐人:目立つからに決まってんだろアホか』
『冬香:アホじゃないもん! 目立たなければいいんでしょ? 実は私いいとこ知ってるの!』
『祐人:聞きたくねえ』
『冬香:ダメですぅー拒否権はありませーん! ほらあそこ、体育倉庫! お昼はいつも鍵かかってないの! ね、そこなら誰にも見られないよね?』
『祐人:確証はない、お一人でどうぞ』
『冬香:倉庫で一人とかめっちゃ惨めじゃん私っ! やだー! ゆうくんと一緒がいいのー!』
『祐人:マジでめんどい、無理』
『冬香:今日だけ! 今日だけだから〜!』
『祐人:さようなら』
『冬香:うあああああああん!!』
「⋯⋯」
メッセージアプリを閉じた直後、俺のスマホから着信音が鳴り響く。
⋯⋯まあ、分かってはいるが、相手は冬香だ。
ちょうど今、個室トイレを確保して弁当に手をつけたとこだったのに、余計な気を回しやがって。
しかしこのまま無視していても永遠に鳴り続けるだろうし、俺は仕方なく声を潜めて着信に応じていた。
「かけてくんな」
『ゆうくん、ご飯〜』
甘えるように呼ぶ声に俺はうんざりする。
「他に連れいんだろ、わざわざ俺に構ってくんな」
『だって、お昼じゃないとゆうくんとお話できないじゃん』
「お前と話すことなんてねえし」
『ひ、ひどいよぅ⋯⋯せ、せっかく同じ高校に、それも同じクラスになれたのにぃ』
「うっせぇ」
『冷たいぃ〜』
「勝手に言ってろ」
冷たくするのは当然だ。じゃないと余計に馴れ馴れしくしてくるだろうし。
「てかお前今どこいんの? 教室じゃねえの?」
『あ、今はねぇ、みんなの追跡を振り切って個室トイレに籠もり中だよ』
なんで俺と同じ状況なんだよ。
『そう言うゆうくんは?』
「⋯⋯同じだよ」
『へ?』
「トイレだよ、個室トイレ。便所飯」
『──私たち、心が通じ合ってるぅ!?』
やかましいわ。
『ってそうじゃなくて! 便所飯ってそんな寂しいことしちゃダメっ! 尚更一緒に食べよ! ね!』
「いい、俺は満足してる。じゃ」
『えっ、あ、ちょっ』
──プツッ。
強引に通話を切ると、またすぐ、五秒も経たない内に着信音が鳴り響く。
……はあ。
「しつけえ」
『いきなり切らないでよ薄情なッ!』
「じゃあもう一度言うぞ、俺は満足してる。じゃ」
『ま、待ってまってぇッ! なんでぇ! なんでそんな邪険にするのぉヒドいよぉ!』
また通話を切ろうとする俺に必死に訴えかけてくる冬香。
正直、もうスマホの電源でも落としてやろうかとも考えたが、そうすると後から色々泣き喚いてきそうだし……ほんとめんどくせえ。
『わ、私はただ、ゆうくんと一緒に居たいだけなのに……』
「キモい」
『うわあああーんッ!!』
思った傍から泣き喚き始めた。
『キモくないっ、私キモくないもんッ!』
「お前声でけえよ、トイレの外まで響いてんじゃねえの」
『ゆうくんがヒドいこと言うから悪いんじゃん!』
「事実じゃん」
『オーバーキルぅ!!』
思ったことをそのまま口にして何が悪いというんだ、コイツの場合は特に。
「……たく。はいはい、悪かった悪かった、俺が悪かったよ」
『心が籠もってないっ、やり直しっ!』
「調子に乗んなよしばくぞ」
『うわあああーんッッ!!』
泣けばどうにかなると思ってるのかコイツは。
とはいえ、このままじゃいつまで経っても収束しなさそうだ。
昔からそうだ。こうやっていつも俺に泣きついてばっかで……いくら外見が良くなっても、肝心の中身が変わってなきゃ意味ねえってのに。
『うう、ううう~っ……ゆ、ゆうくん~……』
マジで泣いてるなコイツ。
「……はあ」
ほんと、どうしようもねえヤツだ。
面倒な気持ちをどうにか胃の中に飲み込んで、俺は仕方なく重い腰を上げていた。
「分かったよ、付き合えばいいんだろ、お前に」
『……ほ、ほんと?』
「このタイミングで俺が嘘をつくほど最低なヤローに見えるか?」
『うん』
あとで絶対シバく。
「嘘じゃねえから。その、体育倉庫? そこで落ち合えばいいんだろ?」
『う、うんっ』
「おお、りょーかい。んじゃ、今から向かうからお前もはよ来い。あんま待たせるとしばらく口利いてやんないからな」
『ゆ、ゆうくんっ……!』
分かりやすく冬香の声が明るくなる。
……昔とは違う、今のこんな俺と一緒に居て、一体何がそんなに嬉しいというのだろう。
俺とは違い、今の冬香には気楽に過ごせる仲間が大勢いるだろうに。
幼なじみだからって俺を憐れんでるつもりか?
……まあ、別にどうだっていいけど。
「じゃあもう切るぞ。マジではよ来いよ」
『うんっ、すぐ行く! マッハ20で!』
「人外かお前は。じゃ」
──そうして、やっとのことで通話が終わり、俺は大きく肩を落としたのちに個室トイレを出て昇降口へと向かっていた。
向かう途中、廊下を行き交う同級生はみんな俺には無関心だ。
そりゃあ当然のこと、俺は超が付くほどの陰キャである。入学から一ヶ月が経った今でも、友と呼べる存在は一人も作れていない。
しかしそれでいい。この現状は俺自身がそう望んで決めたことだから。
こうしていれば、俺は目立たず平穏に過ごしていられるから。
……目立つのは、もうやめたから。
俺にとって、冬香にとっても、こう在ることこそが今後の身のためになる。
もう、同じ過ちを繰り返さないためにも、俺はこのスタンスを貫き通していく。
「──わざわざこんなとこで⋯⋯たく」
ローファーを履いて屋外に出てきた俺は、人目に触れづらい体育館裏に配置された体育倉庫の前までやって来た。
確かに中には入れるようだ。取っ手に掛けられているはずの南京錠が外れている。午後の授業、部活動も兼ねて開けっ放しにしてあるのだろうか。けっこうずさんな管理体制な気もするが。
「……」
メッセージアプリを開くと『先に着いたよ!』という一件の通知。
マッハではないがマジで早かったな、俺もそこそこ早足で来たつもりなんだが。
ともあれ、突っ立ったままでいると誰かに見つかるため、俺はゆっくりと扉を開く。
「あ、ゆうくーんっ!」
「……」
そっ閉じ。
「なんで閉めるのおッ!!」
の寸前で開いた隙間に腕を差し込んできた冬香。無駄にとんでもねえ瞬発力。
「ほら、そこにいると誰かに見られちゃうかもだし早く入ってっ」
「……」
「ヤな顔しないでッ! はいっ、入って入って!」
言われるがままに連れ込まれる俺。
ガチャンと扉が閉まり、サッカーボールやハードル等の備品が取り揃えられている中で、冬香は倉庫の隅っこに尻をつけると俺にちょいちょいと手招きする。
「ここで一緒に食べよ? えへへ、二人きり」
「……」
今更拒否しても逃げれないだろうし、俺は渋々冬香の隣まで移動する。
次いで腰を下ろすと、冬香はご満悦そうにちょこんと肩を寄せてきた。
「んん~、お腹空いたねぇ。疲れちゃったぁ」
「くっつくな」
「誰も見てないんだしいいじゃんっ。もう、ツンデレさんめっ!」
「底なし沼に沈めてやろうか」
「ふふふ~」
「……」
どれだけ辛辣な言葉を吐いても冬香は幸せそうに鼻を鳴らしている。
「ね、食べさせ合いっこしよ? 実は私すごく憧れててね、あの、はいあーんって!」
「⋯⋯」
「ゆ、ゆうくん?」
「⋯⋯」
「ね、ねええ〜っ! 無視しないでよぉ!」
マジで、何がそんなに楽しいんだか。
他にもっと、気遣いができて頼りになるいい男はごまんといるだろうに。
無気力に暗がりの天井を見上げながら、俺はそう呆れていた。
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