第42話 迷想
この映画、面白い。
いくつかの部門でアカデミー賞を受賞したのもよく分かるし、台詞回しがその当時の映画にしては過激だったけど、女優は綺麗で俳優たちは演技も素晴らしい。
問題はただ一つ。
どうしても集中できないことだけ。
稜汰君と会ったのはすごい偶然だったなぁ、とふと思えば、あとはもうなんだか泥沼みたいにそのことばっかり考えるようになってしまって。
稜汰君の私服姿、かっこよかったなとか。髪型がいつもと違ったけどあれはあれで素敵だなとか、そういえば私の編み込みにも気づいてくれたし、さらには……うん。
それにしても、保君にあんなに可愛らしいいとこさんがいたなんて少し意外だったな。
それから。
花結さんと稜汰君って、付き合ってたりするのかな。花結さんは稜汰君が好き、なのかな。稜汰君は、花結さんが好きなのかな……?
「……ずいぶんと余韻に浸るなぁ」
「えっ!?あ、えっ!!」
感心したようにかけられた声にハッとすれば、なんと、ただでさえ観客が少なかった小さめのシアターは私たち2人きり。
まずい、途中から全然記憶が無い。
中段真ん中という特等席に座っていた私は、辺りをぐるりと見回してからガックリ肩を落とした。
「す、すみません」
まさか私、声をかけられてたのに無視してたなんてことないよね?それだけは避けたい。
ただ、聞こうにも何て口火を切ればいいのか分からずに、私は頭を下げることしか出来ない。
「いやぁ、謝ることはない。ほら、俺たちも出るか」
腰を上げた彼を直視出来ないまま、私も素早く立ち上がる。
……先輩、怒ってるかも。
私、最低だ。せっかく誘っていただいたのに、考え事に夢中で映画が終わったことにも気づかないなんて。
俯いて深見先輩の3歩程後ろを歩きながら、自己嫌悪に陥る。
「姫さん」
思いのほか近くというか、ほぼ真上から降ってきた声に勢いよく顔を上げれば、立ち止まって私を見下ろす深見先輩。
「下向いてちゃ危ないぞ」
「……ごめんなさい」
確かに休日だから混みあってる。シアターから出てくる人と入っていく人で流れはめちゃくちゃだし。
普通に歩いていてもぶつかりそうなのに、俯いていては危ないし、他の人に迷惑もかかる。よく今までぶつからずに歩けたな、私。
また謝るようなことしちゃった、と落とした目は、ちょうど自身の服の裾を摘まんで私に差し出す先輩の手で止まった。
ん?
どういう意味だろう、と目を瞬く私に彼はいたって真面目な顔で答えた。
「掴むかい?ほら、流石に手を引かれるのは嫌だろうからな」
手を、引く。
数秒頭の中で言葉の意味を考えた結果、私は自分の顔から湯気が出ていないか心配になった。
え、手を引くって、え!?
というか、そういうことだったんですね!?
「い、いいいえ!!大丈夫です!すみません!ちゃんと前を向いて歩きます!」
首を千切れそうな程ぶんぶん横に振ってから、ぺこぺこ頭を下げる。先輩は少々気まずそうに咳払いをした。
「うーん。そんなに一生懸命断られると、ちと傷つく」
「えっ」
し、しまった!先輩は親切心で申し出てくれたのに!私つい必死で……!
もう情けなくて若干死にたくなるレベルだ。
カメレオンより優秀な顔色の切り替えを見せる私に、先輩が小さく噴き出した。
「冗談じゃ!そんな本気で申し訳なさそうな顔するな。……姫さん、記録作りは一旦休憩にして、飯でも食いに行くか」
「は、はははい」
「何か、食べたいものはあるかい?」
「えっ、えーと、特には……」
「アレルギーは?」
「ありません!」
本当は、「これが食べたいです!」と言えればよかったに違いない。でも何も思いつかないし、あったとしてもきっと提案できなかったと思う。
なんの役にも立たない私に先輩は嫌な顔ひとつせず、ちらりと壁の時計を見てから続けた。
「じゃあ、2階のカフェにしようか。ランチメニューの種類が色々ありそうだったからな。いいかい?」
もう頷くことしか出来ない私は、大人しく同意してから先輩の後ろを進んだ。
もちろん今度は、カフェに着くまできちんと前を見て。
さて、私の今日の一番の心配事は、映画ではない。私の最大の関門は、【食事】だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます