デデデデート!?
第40話 映画館
午後に向けてどんどん気温が上がるという、恐ろしい天気予報が的中したと思われる、夏休み3日前の日曜。ジリジリと照りつける日差しは、まさに肌を焼くようだ。
私【たち】は暑さとは無縁のクーラーが効いた場所にいた。
あまり人が多かったとは言えない上映シアターを出て、隣を歩く彼を興奮気味に見上げる。
「王女様は可愛くて、ジョーさんがかっこよかったですね!!」
「そうじゃな。俺は王女の最後のセリフがよかったな」
そう。私は深見先輩と2人で街中の映画館に来ていた。2人で。……2人で。
先輩から今日の詳細のラインが届いた時は、本当に行くのか……と自分の部屋中を転げ回った。
だって、緊張するに決まってる!
映画どころじゃないよ!!
お蔭で今朝合流した時には、
「おお、姫さん。すまねぇな。待ったかい?」
「いえ!私も今来たところで……」
なんて典型的な会話を繰り広げてしまった。
ちなみに先輩が来たのは10分前だったけど、実は私は30分前から待ち合わせ場所で硬直しながら待機していた。
そこから上映寸前までの記憶がほぼ無い。でも映画が始まると一気にその世界に惹き込まれ、私はつい数分前までの緊張なんてどこかへ吹き飛ばしてしまったのだ。
「次の上映時間はー……」
回想から戻ってきた私は先輩の背中を追って、人の流れから外れて壁側に寄る。
「あの、切ないけど、2人が結ばれないってところがいいんですよね。でも、やっぱり私はちょっと嫌ですけど」
お喋りが止まりそうもない私に、深見先輩は答える代わりに微笑む。私はハッとしてから、ジワジワ込み上げてくる羞恥心に顔を熱くさせながら俯いた。
「す、すみません!私、好きな映画観たらジャンル構わず興奮して感想まくしたてちゃうのが癖で……」
これは、薫君相手でも自重している私の最悪の癖だ。映画を観た後は余韻に浸りたいって人や、自分とは違う他の人の感想を聞くのは嫌いだって人もたくさんいる。私のお父さんがいい例。
先輩が嫌な顔一つしないで答えてくれるものだから、つい……!
「ああ、やっぱりそれは良くねぇよなぁ」
うっ。
否定してくれますようにと思ってたわけじゃないけれど、自分から言い出したクセに彼の飄々とした声音の返事が突き刺さる。
こ、これは、改善に奮闘する時が来たのかもしれない……!!
「うん?具合でも悪いのか?」
「あ、いえ、」
怪訝そうな深見先輩に覗き込まれ、私は素早く胸を押さえていた手を下ろした。
はは、と情けない笑みを浮かべて誤魔化すように首を横に振ると、彼は安心したようにパンフレットに目を落とす。
「とりあえず、あまり気にすることはない。誘った側としては感想も聞きたいところだし、何より俺も同じタイプじゃ。まぁ、だから誘う奴を選ばなきゃならねぇんだけどな」
えっ。
記載された上映時刻を指でなぞりながら、なんでもないことのように呟かれたその言葉。
「やっぱり気が合うな、姫さん」
……なんだろう。嬉しいような、恥ずかしいような、この感じは。
次は30分後か、と呟いてパンフレットを閉じた先輩は、にこりと私を見下ろした。
「今日はいい日じゃ。無料で好みの映画も観れるし、感想も言い合える。あ、それから」
次に観る予定の映画のヒロインと同じ色の瞳が、嬉しそうに細められた。
「これからはお前さんを誘ってもいいってことが分かったしな」
「えっ、」
つい声を上げた私の頭に楽しそうに伸ばしかけたその手を、先輩は「危なかった」と急いで引っ込めた。
まさか虫?
どうにも間抜けから脱却できない自分に嫌気が差しながらも髪をパパッと払えば、少しばかり慌てた様子の先輩に手首を掴まれる。
「ええっ、あの、虫が、?」
ひっくり返りそうな声で手首を凝視しながら口を開いた私。
「虫?」
小首を傾げた先輩が、薄暗い中でもよく分かる位じわじわ頬を赤らめてから納得したように手を離した。
「ああ、その、違うんじゃ。えーと、撫でるのをやめただけだ。セクハラかなと。それに、せっかくの髪が崩れちゃ、もったいねぇから。ほら、その、編み込みがな?うん」
あ、ああ、なるほどっ。髪ね!気づいていただけたんですね、この申し訳程度の編み込み!!
……はぁ、びっくりした。
マラソン直後並に胸が高鳴っているのを感じながら手首にそっと触れて深呼吸していれば、ややあって、片手で顔を覆っていた深見先輩が呟いた。
「……すまん」
「……いえ、その、こちらこそ」
駄目だ吐きそう。
いや、別に、先輩が気持ち悪いとかでは全くなくて。何というか、そわそわするし、何か込み上げてきそうというか……。
大きめのグレーのTシャツと淡い色のデニムパンツをさらりと着こなす先輩を盗み見してから、壁に映る自分に目をやる。
白いTシャツに淡い黄緑(枝豆みたいだ。よく言えばピスタチオ色)のキャミソールワンピースを着た自分が、ひどく不安そうな顔で見つめ返してきた。私のこの精一杯のおしゃれって、そもそも変じゃないのだろうか。
こんなかっこいい人と枝豆が並んでいたら、あまりの釣り合わなさに後ろ指をさされそう。というか、もうさされてるんじゃないかな。
映画の熱が落ち着いて、改めて気落ちしてくる。
「よ、よし。疲れてないか?次の映画は2時間後にも上映されるし、昼飯でも食うかい?」
一足先に立ち直ったと思われる深見先輩が、立ち直る見込みゼロの私を見下ろした。
「あの、えーと、先輩は……?」
そろりと窺えば、腕組みをした彼は「ううむ」と少しばかり大げさに唸りながら私を横目で見た。
「質問返しとは、なかなかやるなぁ。俺は先にお前さんの意見が聞きたいんだが」
うっ。私は、先輩の意見に合わせたかったんですけど。
「相談して決めるのが筋ってもんじゃ。ほれ、言ってみな」
「……では、その、全然どうなっても構わないんですけどっ、あくまで個人的な意見なんですけどっ、私はもう一つ観たいかなぁって」
俯き加減に、ちらちらと彼の表情を注意深く観察しながら言葉を紡いだ。座席に座ってしまえば、みんな誰にも見られない。私も映画に集中できるし。
「よし、そうしよう」
「ええっ!?」
あっさり頷いた先輩を思わず口をあんぐり開けて凝視してしまう。
ず、ずるいです先輩……!
それはずるい!!相談は!?
アホみたいに見えないように(手遅れかもしれないけど)即座に口を閉じてから、ただただ恨めしげに彼を見上げる。目は長い間合わせていられないので、視線はあくまで首で固定だけど。
ちょっと非難の言葉は口に出せそうもない。
「不満そうだな。俺も同じ考えだったし、別にいいだろう?」
それは、そうだけども。
複雑な気分が顔に出ないように努めていれば、不意に先輩が屈んで私を覗き込んだ。
「それとも、急に腹が減ってきたとか?」
「い、いいえっ、まだまだお腹いっぱいです!私もまだ観たいです!その、先輩と同じで!」
ぎゃひ、という無様な悲鳴を飲み込んで、若干仰け反りつつも首を何度も横に振る。
そんな完全に不審者である私を見て頬を緩めた彼は、綺麗な紫の目を優しげに細めた。
「……なぁ、姫さん。きっと、」
「あけび!」
私の肩に触れかけた彼の手が、するりと引っ込んだことなんて知るよしもなく。
そして自分の名前が聞こえて半ば反射的に振り返った私は、次の瞬間ピタリと固まった。
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