東高校vs白蓮高校!?
第27話 濃いライバルたち
快晴で天候に恵まれたボランティア当日。
約束の時間の20分と少し前にツツジ公園に到着した薫君と私は、すでに集合場所に5人が集まっているのを見てちょっぴり驚いた。
「おはようございます」と頭を下げれば口々に挨拶が返ってきてものすごく感動。そしてみんなの私服姿を見渡した私は次の瞬間、戦慄した。
彼らが目立つのは顔立ちとスタイルが原因であり、服装自体はいたってシンプル。ボランティアに来ているわけだから、誰1人派手に着飾ってはいない。
そう、今日はよく動くボランティアなんだから特別オシャレする必要は無い。それを念頭に置いて昨夜は悩みに悩んだ。機能性とかその他諸々を意識して決定した服。
でも私はやりすぎたらしい。
やっぱり女子高生としてマズイかもって気はしたけど!動きやすさを考慮したらこれしかなかったんだよ!
帰って速攻着替えたいと思っている私に鮎川先輩が「あけび、やる気満々のカッコじゃん」と嬉しそうな笑みを向けたので、ダメージ加算。
稜汰君からは「似合ってるぜ」という嫌みか励ましかよく分からない言葉をいただき、真澄君からは「恥ずかしくないの?」と素敵な笑顔で辛辣なことを言われた。
保君にいたっては私の頭のてっぺんから爪先まで視線を何度も往復させてから最終的に目を逸らした。待って1番傷つく。
穴があったら入りたい。切実に。
溜め息を飲み込んだところで視線に気づき、そちらに顔を向ける。
私を見て苦笑している深見先輩が口を開きかけた瞬間、
「あらあらぁ?そこに砂糖に群がる蟻のように溜まっていらっしゃる皆々様はもしかして東高校廃部寸前ボランティア研究会の方々ではなくって?」
背後から力強い高めの声が。
振り返ると、私たちと同じ7人程の集団。男女比は半々くらいで皆制服を着ている。
ワインレッドのブレザーって……白蓮高校だ!
あー、とこめかみを掻く深見先輩が「白蓮のボランティア部じゃ」と紹介してくれる。しばらく彼らを睨みつけていた、目が据わってる鮎川先輩がやがて私たちに向き直った。
「さぁて、中入ろうか」
「無視しないでくださる!?」
集団の1歩前で顔を真っ赤にしてツッコミを入れた女の人が、たぶんさっき声をかけてきた人だ。「面倒くさそうな美人だなぁ」と稜汰君が呟いた。
「朝からテンション高すぎるわぁ、豊条」
ほうじょう、と鮎川先輩に呼ばれたその人。濡れ羽色の長い巻き毛が風を含んでふわりと揺れ、髪と同じく黒い瞳が力強く輝く。形が良くキリッと上がった眉が魅力的だ。
「お久しぶりね、鮎川さん。部員が増えたようで安心したわ。お2人の時は気の毒で目も当てられませんでしたもの」
「白蓮は今年もかなりの人数入ったんでしょ?部長がウザくて気の毒ぅ」
バチバチ火花を散らす美人2人の気迫が凄くて私は思わず後退る。
若干引いてる真澄君が「あれ白蓮の部長?」と深見先輩に尋ねると、彼は「ああ。ちなみに白蓮の部活は3年生はもう引退してるから豊条も2年じゃ」と頷いた。
進学校だもんね。じゃあ東高校と同じで(理由は違うけど)1年生と2年生しかいないんだ。
豊条、と深見先輩が口に出した瞬間、彼女は音がしそうなくらいの速度でこちらを向いた。ビクリと肩を跳ね上げた深見先輩に、祈るように胸の前で手を組んだ豊条さんがツカツカ詰め寄る。すごい勢いだ。
「深見様!凶暴女と2人きりで毎日をお過ごしだったのでしょう!?私、心配で心配で!ああ相変わらず素敵ですわ!アメジストのように輝くその瞳に吸い込まれてしまいそうです!」
……あー、あ、アメジストって宝石だよね?なるほど、エリザベス・テイラーよりずっといい喩えだ。
密かに心のノートに書き込んでいると、保君が後ろで吹き出して、それを誤魔化すように咳き込んでいた。ちなみに向こう側の集団でも1人男子が吹き出している。
「そ、そうかい?ありがとな」
困ったように笑う深見先輩は間違いなく引いている。そしてその隣の真澄君は更にドン引きしていた。
「凶暴女ってまさかあたしのことぉ?」と眉根を寄せた鮎川先輩に「元気な女性は魅力的だぜ先輩」と稜汰君が微笑みかける。興奮気味の豊条さんが「あら」と真澄君に目を留めた。
「あなた何なの!?深見様のお隣に立つなんて500年早いですわ未熟者!」
突然矛先を向けられた真澄君は考えるように目を伏せてから、深見先輩に歩み寄り、腕にそっと触れてにっこり笑った。
「あんたよりは深見先輩に近い、ただの新入部員でーす」
私たちは彼の度胸に絶句した。一瞬時間が止まった豊条さんは、ぶわりと目に涙を浮かべると背中を向けて集団の方へ走っていく。
「ちょっと可愛いからって何ですのおおお!胸ペタンコのくせにいいい!!」
そこは馬鹿にしちゃいけないとこだよなぁと稜汰君が肩をすくめ、保君は鼻で笑った。面倒くせぇ、と溜め息を吐く鮎川先輩。何なの、この状況。
「落ち着いてください、米子」
「名前で呼ばないでちょうだい伊月!」
豊条さんにハンカチを差し出した【伊月】と叫ばれた男の人は、こちらに頭を下げた。
「白蓮高校ボランティア部副部長の伊月です。今日はよろしくお願いいたします」
銀色の細いフレームのメガネの奥で、切れ長の目が細められる。豊条さんと並ぶとなんと絵になることか。ドラマや漫画に出てくる、お嬢様と執事みたいだ。
豊条さんがキッと憎々しげに私を指差した。
「呑気に挨拶してる場合じゃなくってよ!このジャージ娘よりはマシだけれど、ちょっと可愛いからって小生意気なあの女が深見様のお隣に立つなんて……!」
あああやめて!!
ジャージには触れないでください!!
「そんな逐一報告してくれなくても、俺も見ていたから知っています」
伊月さんが豊条さんの頬に涙ではりついた髪を優しく払ってやりながら目を細める。
わあああ……!!
思わず見惚れていれば、色素の薄い茶色の髪をくしゃりと乱した伊月さんが困ったように微笑んだ。
「ウチの豊条がすみませんでした」
「謝る必要はないだろう。鮎川が凶暴なのは事実じゃ。それよりも豊条が元気そうでよかったよ」
深見先輩の言葉を耳にした鮎川先輩の舌打ちが聞こえた気がした。否、間違いなく聞こえた。
先輩を見るのは怖くて、代わりに彼女の隣に立つ稜汰君を見ると、彼は「気が強い女性も素敵だけど、まぁ、落ち着いて」と彼女の背中をぽんぽんと叩いていた。
豊条さんは伊月さんの謝罪を耳にしても不満そうにしていたけど、にこりと笑った深見先輩に頬を赤らめた。そんな彼女をチラリと横目で見た伊月さんと不意に目が合う。
気のせいかと思ったけど、どうやら気のせいじゃなかったみたい。だって、彼が笑みを深めたから。
「そちらは、中学生の見学者がいらっしゃるんですね」
中学生なんていない筈なんだけど、案の定というかなんというか、私に視線が集まる。しかも白蓮高校だけじゃなくて東高校の視線も、だ。
そ、それには触れなくていいんじゃないですか!?確かに中学ジャージだけど!他にジャージ持ってないんです!普段運動なんてしないし!
ちなみに高校のジャージが届くのは来週なのである。
誰かにつっこまれるかもしれないと覚悟はしてたけど、まさか初対面の人に……!!
「何年生でしょうか、可愛らしい。部員も少ないようですし、見学者を募るのは将来を見据えたいい考えですね」
もはやわざとなんじゃないか、この人。
感心したような伊月さんの声に、裾を握って紺色のジャージに目を落とす。顔がじわじわと熱くなる。
あ、今私、泣けるかもしれない。駄目だタイムスリップしたい。昨日に戻れたら殴ってでもジャージやめさせる。ははは。
乾いた笑いを飲み込んで足元のアリを見つめていると、頭をぐしゃりと撫でられた。
「ああ、かわいーだろ?」
「うわっ」
ぐしゃぐしゃと豪快に撫でられるというか髪型を崩されながら勢いよく顔を上げれば、なんと保君が伊月さんをまっすぐ見ていた。
「ま、正直テメェの言ってる【可愛い】がこのこけしのどこを指してんだか見当もつかねぇけどよ。唯一当てはまるとすれば、高1にもなって中学ジャージ着てくるって間抜けなところじゃねぇの?」
えっ、えええ?これは、けなされてる?
違う。庇ってくれてる。
「保く、」
「お前は黙ってろ」
「はい」
本人は睨んでるつもりは無いんだろうけど、見下ろされた時の目つきの悪さといったら、人1人殺せるレベルだ。眼力で。
伊月さんは驚いた様子も無く、瞬きを一つしてから眉尻を下げた。
「……ああ、新入部員でしたか。それは失礼しました。お気を悪くされましたか?」
「あ、いえ、大丈夫で、」
「黙ってろって言っただろうが」
「すみませんでした」
中学生と間違われたのは複雑だったけど、原因は自分にあるし、そもそも数ヶ月前までは中学生だったんだからさほど傷つくこともない。
その旨を伝えようとした私は、またもや保君の圧力に屈して俯いた。
「気ぃ悪くしたに決まってんだろ」
してない!してないよ保君!
「まぁ、確かに中学生と間違われたらかなり情けないですよね。本当に申し訳ない」
溜め息と共に吐き出された伊月さんの言葉が胸に突き刺さる。
それ、とどめですか!?
「どうしたら許していただけるでしょうか」
「出るとこ出るしかねぇだろ」
出るとこって何!?
どことなく、って言うより完全に楽しんでる保君の隣で私は青ざめるばかり。たぶん彼は私が少々馬鹿にされたことなんてどうでもいいに違いない。
「はぁい、保。小さい話なんだし、その辺にしておけよ。ヤンキーみたいになってるぜ」
助け舟を出してくれたのは、いつの間にか保君の隣に立っていた稜汰君だった。
「誰がヤンキーだ。ふざけんじゃねぇ」
「Mi dispiace……口が滑っちまった。とにかくもういいだろ?さっさと行こうぜ」
「いちいちイタリア語出してくんな!何言ってっか分かんねぇんだよ!」
「さっきのは謝罪だよ」
稜汰君が保君の額を軽く小突けば、保君の額に青筋が立つ。私は萎縮するばかりである。
「あー、伊月サンだっけ?ウチのヤンキーがすみませんでした。お互い水に流すということで」
へらりと笑う稜汰君が軽く頭を下げると、口を開きかけた伊月さんを押しのけて出てきた豊条さんが力強くこちらを指差した。
「何を言うんですの!そちらは脅迫のようなことをしておいて!」
「脅迫って程のことはしてねぇと思うけど、やっぱそうかぁ。保、柄悪いしな。よし、豊条サンには深見先輩からのキスで手を打ってもらうか」
え。
私と保君が顔を引きつらせ、深見先輩と豊条さんが「は!?」と同時に声を上げた。伊月さんは薄い笑みを剥がし、片眉をぴくりと跳ね上げた。
「伊月サンはご理解ありそうだしいいとして、納得してくれない豊条さんには素敵なプレゼント。どうかな」
「お、俺が豊条に!?稜汰!ふざけたこと言うんじゃねぇ!どうやったらそう意味の分からないことが思いつくんじゃ!」
冷や汗をかきながら稜汰君に詰め寄る深見先輩に、こくこく頷きながら顔を真っ赤に染め上げる豊条さん。
「そ、そそそうですわ!そんな幸せ、ごほん、ふしだらなこと公衆の面前で出来るわけないでしょう!」
人目につかないところでなら出来るんだろうかと私は一瞬首を傾けたけど、深く考えないことにした。
諌めるように豊条さんの肩に「米子」と手を乗せた伊月さんは、チラリと私に視線を向けて再び笑みを浮かべる。
「そもそも僕が言い過ぎました。すみません」
これ以上些細であるコトを大きくしたくない。私は答える代わりに何度も頷く。
「ありがとうございます」と形のいい唇を緩やかに上げる伊月さんに、ゆでダコよろしく自分の顔が熱くなっていく。保君が怪訝そうに「赤くなってんじゃねぇ」と私の顔を覗き込んだ。
「だ、だだだって男の人に笑顔を向けられたことなんて人生で数える程しかないから……!」
しかも、かっこいい人。
伊月さんには聞こえないように小さく反発すれば、移動してきた真澄君が、哀れむような表情を浮かべる保君とは反対側から私を見下ろす。
「あけびちゃんは、あんなのがいいわけ?ふーん、趣味悪いね。……でも、まあ、僕もメガネかけてみようかな」
ちょっと拗ねたように口先を尖らせた真澄君が、ポソリと呟いた伊月さんに対抗するような言葉。
ポン。
背後から肩に手を置かれ、弾かれるように振り返る。稜汰君がお得意のウインクと共に輝かしい笑顔で私を見下ろしていた。
「俺でよければ、いつでもあけびに笑顔向けてやるよ。慣れる練習しようぜ、一緒に」
えっ。
「あっ、もっと顔赤くなってるんだけど!ホント軽い王子だよね。てか稜汰、あけびちゃんを寒いセリフで誑かすのやめろよ!」
俯く私の顔を覗き込んだ真澄君が、眉間のシワを深めて稜汰君を睨みつける。
「可愛い反応、光栄だな」
稜汰君は鼻歌でも歌いだしそうな明るい声で満足そうに答えた。
うっ。
「はいはい終わりぃ。あけびが失神する前にさっさと行くよぉ」
目眩に襲われていた私の腕を引っ張って天国なんだか地獄なんだか分からない輪から救出してくれた鮎川先輩が、溜め息混じりに公園の中を指差す。
「瀕死だな」
「そ、そうだね」
バクバク動いてる心臓を押さえて肩で息をする私を一瞥した薫君に同意。
これが少女漫画なら、花が舞ってキラキラ輝く背景でほんのり頬を染めたヒロインが胸をときめかせるだけで済んだんだろうけど、実際問題そうはいかない。
男の子に囲まれただけで緊張で押し潰されそうになるのに、加えて笑顔とボディータッチと今まで口にしたことも聞いたこともないセリフ。
たぶん寿命が100日ばかり縮まった。
動悸もする。
「薫君、やっぱり私、薫君の隣が1番落ち着くかもしれない」
「お前それ俺が男じゃないってことか」
「い、いや、そうじゃなくて」
男子とか女子とか変に意識しなくて済むっていうかね、と私が口ごもりながら弁解しても、口ゲンカしてる真澄君と保君から目を離さない薫君。
「……そうか。俺もだ」
ややあって返ってきた言葉に、私は目を伏せて小さく笑った。
「じゃ、そろそろ行くか」
あまりにも統一感に欠ける私たちを見渡した深見先輩が、パンと手を打ち鳴らしたのを合図に保君と真澄君が押し黙った。すごい。
「ばいばい白蓮諸君。出来ればもう会いたくないけどぉ」
鼻で笑った鮎川先輩が実に気だるげに手を振れば、細い腰に手を当てた豊条さんはなんと高笑いしだした。それはもう、悪役のように。
「格の違いを見せつけてやりますわ!それでは深見様と愉快なお仲間さん達、ごきげんよう!」
すげぇな、と感心したように頬を掻く稜汰君の隣で真澄君が「愉快なのはあの人の頭の中だよね」と毒づいた。やめて。
「ほら、行きますわよ」
「では、お先に」
ぞろぞろと公園に入っていく白蓮高校の人たちの背中をしばらく見つめていた鮎川先輩は私たちに向き直り、力強く拳を握る。
「ウチだって今年はイケメンが多いし、子どもが喜びそうなラインナップよぉ」
「そうだね。子どもが泣き出しそうな顔の奴が1人いるけどね」
「まさかそれ俺のことじゃねぇだろうな」
納得したように頷く真澄君に保君が鋭い目を向ける。真澄君が羨ましい程大きな目をぱちくりと瞬いて、ふんわり笑った。
「今日冴えてるね、保」
ひいっ。
保君の額に青筋が立つ。たぶん効果音は【ぷっつん】とか、そういう類のものだと思う。
「俺とやろうってのか」
「僕は別に構わないけど」
こ、怖いんですけど!?
「うーん、保に子どもの相手は無理かなぁ」と首を捻る鮎川先輩。
これ本当に大丈夫なんだろうかと現在進行形で不安になってる私って、おかしくないよね?
ともかく、まだ始まってもいないボランティアにすでに波乱の匂いがしているのはどうしたものか。
ちなみにこの時、伊月さんがこちらをじっと見つめていたことには、私を含めて誰も気がついていなかった。
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