第23話 親睦会と言う名の草むしり

「授業お疲れぇ。ちゃんと全員集まるなんて意外。特に保」

「偉そうに言うんじゃねぇよ」

「残念だけど、偉そうなんじゃなくて偉いんだよねぇ」



放課後。帰りのHRが終わって生徒玄関に行くと、すでに先輩たちは外で待っていた。


横1列にただ何となく並ぶ私たち。腰に手を当ててその状態に満足げに目を走らせた後、鮎川先輩は隣に立つ深見先輩を見上げた。



「んじゃ、深見。今年度初ボランティアの発表よろしくぅ」

「また俺か」



彼は諦めたように苦笑してから、コホンと咳払いをして私たちに向き直った。



「今日は皆で親睦を深めつつ、花壇の手入れじゃ」

「花壇の手入れだぁ?」

「いいリアクションありがとぉ」



嫌そうに顔を歪めた保君に、鮎川先輩が切れ長の目を細める。



「最初から地味だね」



真澄君が首を傾げると、その隣で「まあ、ボランティアって言っても色々種類があるよな」と稜汰君が頷いた。



「深見お疲れー」

「おう」



私たちの前を通過したサッカー部らしき2人組に爽やかに手を上げ返した深見先輩が苦笑した。



「園芸部が廃部になってな。花壇の世話係がいなくなったんじゃ。これもボランティアだと思って頑張ろうぜ」

「初仕事がこれじゃ、ちょっと拍子抜けだな」



残念そうに眉尻を下げる稜汰君。



「これから大仕事が増えるからぁ、その説明はとりあえず草むしりながらね」と鮎川先輩は彼に軍手を押しつけた。



よし。学校内の雑用みたいなボランティアとは言え、初仕事だ。頑張らなくちゃ。



「行くよ。途中で逃げたら反省文5枚だからぁ」

「なんで俺を見んだよ」



鮎川先輩に横目で一瞥された保君は、口の端を引きつらせて彼女を睨みつける。



「見てないけど。思うところがあるんじゃなぁい?」

「ねぇよ!花壇の手入れぐらい最後までやってやるよ!」



稜汰君が感心するように「鮎川先輩って保の扱い方をすでに心得てるよな」と真澄君の耳元で囁くと、真澄君も黙って頷いた。



な、なるほど。



それから校舎横の花壇へ移動し、しばらくみんなでぽつぽつ話をしながら草むしりに励んだ。1番最初にうな垂れて根を上げたのは保君だった。



「飽きた」



まだ10分くらいしか経ってないよ……。



「それにしても、図書館棟の横にこんなデカい花壇があったとはな」



ぼやきながら稜汰君が草をごっそり引っこ抜いたので、私は大きなビニール袋の口を開いて差し出す。額の汗を腕で拭いながら「Grazie!」と輝かんばかりの笑みを向けてきた稜汰君にクラッとしたことは秘密だ。



「てかこれ花壇じゃなくて密林の間違いじゃないの?抜くより刈った方が楽じゃない?」



ペンペン草を指先でくるくる回しながら溜め息を吐いた真澄君を深見先輩が小さく笑って小突く。



「足腰が鍛えられるぞ。あ、姫さん、俺にも袋取ってくれないか?」

「あ、はい」



薫君が差し出してくれた袋をお礼を言ってから受け取り、先輩に渡していると「……あのさぁ」と真澄君が不満げな声を上げた。



「昨日も思ったんだけど【姫さん】って何?」



あっ。


勢いよく長めの草を引っこ抜いて薫君の方に土を飛ばしながら鮎川先輩が顔を上げた。



「あ、それあたしも思った。最初名前かと思ったしぃ」

「だからあだ名みたいなもんだって言ったじゃねぇか。苗字に姫がつくし、ぴったりじゃ」



ぴったり、ではないです。



なぁ姫さん、と先輩に同意を求められたけど頷ける筈もなく。私の代わりに真澄君が「全っ然似合わないね」と声を尖らせて答えた。その通りだけど手厳しい。



「まー、日本人形みたいではあるかもねぇ」と悪気なんてこれっぽっちもなさそうな鮎川先輩。きっと着物着てケースに入ってるタイプのやつのことだろうな。髪が伸びるやつ。



「あんまり評判がよくない感じか?なかなか呼びやすいと思ったんだが。ま、いいか」



うーん、と残念そうに俯いた深見先輩は、スミレ色の目をチラリとこちらに向けて微笑んだ。



「悪いな、俺だけの姫さんになっちまった」



ぶちっ。


「あは、抜いちゃった」



根ごと引っこ抜いたパンジーを数輪握る真澄君は薄く笑っているけど、目が笑っていない。


私はというと、その隣で硬直している。



ちょっと、え、今の発言は何ぞや。

やばい落ち着け顔よ赤くなるな。



私の視界の隅で保君も稜汰君も固まってる。ひたすら草むしりに専念していた薫君でさえ手を止めて顔を上げていた。


鮎川先輩が呆れたように「深見ぃ」と片眉を吊り上げた。



「あんた、ちょっと顔が整ってるからって今の薄ら寒いセリフはあけびが可哀想だし紛らわしいからぁ」



彼女の言葉に、深見先輩はなんでもないようことのように小首を傾げる。



「ん、そうだったか?せっかく考えたのに、姫さんってあだ名を使うのは俺だけみてぇだなって意味なんだけど」



真澄君は「そうでしょうけど。分かりづらいです、先輩」と笑顔を貼り付けたままパンジーをズボッと勢いよく土に戻した。



……や、やっぱ、そういう意味だよね、うん。

焦ったなぁ、心臓に悪いや。



こっそり溜め息を吐くと、真澄君がビニール袋を引き寄せる時に私の耳元で「顔赤いよ、水道とホースがあるから水かけてあげようか?」と囁いた。私は即座に首を横に振った。



「なんか集中力も途切れちゃったし、今後の軽い予定の説明でもしよっかぁ」



鮎川先輩が軍手の土を払いながら言った。その際、保君の「最初から集中なんざしてねぇだろ」という発言は無視していた。



「わりと近所にツツジ公園ってデカい公園があるでしょお?そこで来週の土曜日に行われる子ども縁日の手伝いのボランティアに参加しまーす」



ツツジ公園。



たもつ君との思い出の場所とは言え、名前を聞いただけで心臓が跳ねるのは少し重症かも。



深見先輩は真澄君が突っ込んだパンジーの周りの土を丁寧に叩きながら「やりがいがあるぞ」と頷く。



「自治体主催だから結構規模も大きい。そして何より面倒くさいことに、」



彼は一息ついた後、苦笑いを浮かべながら顔を上げて続けた。



「白蓮高校との合同ボランティアじゃ」



それって私たちが超えなきゃいけないボランティア有名校の人たちとの初対面、そして初共同作業ってこと?



「たぶん面倒くさい奴らが来るからぁ」



指についた土を軽く吹きながら鮎川先輩が本気で嫌そうに眉をひそめる。


すぐに「まぁ、悪い奴らじゃねぇからよ」とフォローするように言った深見先輩は「たぶん」と小声で付け加えた。たぶんって。



「白蓮潰すチャンスってことか」

「依頼者にアピールするチャンスってことか」



ほぼ同時に保君と稜汰君が呟いた。物騒なセリフがどちらのものかは、言うまでもない。



どうしよう、子ども縁日が戦場になる。潰すって、ケンカしにいくわけじゃないのに。ボランティアだよ、ボランティア。



「参加団体は東と白蓮だけか?」



もしかしなくても今日登校してきて初めて口を開いたかもしれない薫君の肩を鮎川先輩が「いい質問じゃなぁい」と叩いた。



「そ、2団体だけ。しかも募集制じゃなくて完全依頼制。ウチは毎年出てるから今年も呼んでもらえたけど、もしも枠が一つなら、白蓮に取られてたかもねぇ」



肩をすくめる彼女に深見先輩が「ま、そうだろうな」と軽く同意する。



……廃部を免れるための条件を本当にクリア出来るんだろうか。



不安になっていく私を他所に何だか先輩たちは落ち込むどころか、どことなく余裕っぽいというか楽しそうだ。


「そのわりに深刻そうじゃないね」と真澄君が不思議そうに尋ねれば、2人はパチリと瞬きしてから顔を見合わせる。



それから訝しげな顔をする私たちに向き直り、鮎川先輩は唇で華麗に三日月を形作り、深見先輩はスミレ色の目を穏やかに細めた。先輩たちの笑顔は、それはもう自信たっぷりに見える。



「ちょっとくらい追い詰められてた方が、やる気出るじゃん」

「ちょっとじゃないけどな。でも、まぁ、そういうことじゃ。引っくり返してやろうって気になるだろ?」



……かっこいい。


思わず息を飲むと、保君は溜め息を吐いた。



「その自信の出処が分からねぇな。つか、そもそもボランティアの魅力ってモンもな」

「魅力?そのうち分かるよぉ、絶対に」



にんまりと笑う鮎川先輩は、やっぱり綺麗で自信に満ち溢れていた。



「さぁて、終わらせちゃおうか。抜いた雑草の量が1番少なかった人が全員にジュース奢るってのはどぉ?」

「よし、乗った」



肩に手を当てて首を回した鮎川先輩の提案に、深見先輩がニヤリと口角を吊り上げる。


再び草むしりを開始した2人を唖然と見ていると、顔を上げた深見先輩に「強制参加だぜ」と手を軽く振られた。



「んじゃ、頑張ろうか」と稜汰君が頷き、真澄君は「仕方ないね」と草をつまむ。保君も「ビリにならなきゃいいんだろ」と舌打ちをしつつ作業を始めた。



ちなみに薫君はほとんど手を休めていなかったので、彼がビリになることはないだろう。



……って、私、呑気に状況解説してる場合じゃないよね!最もビリに近しいの自分だ!!



私も慌てて汗で額に貼り付いた前髪を払って草むしりに集中することにした。勝負というか、明確な目標があるからか皆さっきよりも真剣そう。



あ、芋虫。うごめく緑色の彼を摘まんで花壇の外に出してやる。さぁ草むしり再開!!!



体制を整えると真澄君に凝視されていた。

なぜ真顔。



「あけびちゃん、虫、平気なの?」

「あ、うん。足が多くないやつは大丈夫。昔よく虫採り行ったよね、薫君」



黙ったまま頷く薫君の横で鮎川先輩が「へぇ」と口を開いた。



「いいことじゃなぁい。虫にギャーギャー言ってるようじゃ、子ども向けのボランティアの内容によってはゴミレベルで役に立たないし。去年は子どもキャンプでバッタに騒いでる奴がいて迷惑だったわぁ」


ゴ、ゴミって。


「そいつも鮎川が辞めさせただろ。虫嫌いってだけで退部させられてたのは気の毒だったな」

「はぁ?何言ってんのぉ?支給される筈だった交通費横領してたから辞めさせたんだけど」



もはや犯罪の域!?


呆れ顔の深見先輩を鮎川先輩が睨みつけると、彼は驚いたように目を見開く。



「なんだそりゃ、初耳じゃ。ちゃんと返金してもらったんだろうな?」

「当たり前ぇ。ちょっと多めにね」

「多めも犯罪だろ」



あまり知りたくなかった事実を聞いたなと、たぶん私を含め1年生全員が思ったに違いない。



「冗談だよぉ。まぁ、それなりの謝罪はしてもらったけどねぇ」とケラケラ笑う彼女に「誤解を招きそうな発言するんじゃねぇ」と注意してから深見先輩は気まずげに咳払いをした。



「それはそうと、あけびと薫って仲良いんだねぇ。付き合い長いの?」

「はっ、はい。家が向かいなんです」



突然話題を振られて内心飛び上がりながら答える。びっくりした。


そしてさっきも思ったけど、先輩が紡ぐ【あけび】に何だか照れくさいような、じんわりと胸が暖かくなるような気がする。



「あ、幼馴染ってやつかぁ。いいなぁ、女子の夢だよね。そのまま恋愛に発展しちゃったりしてさ」

「えっ」

「そ、そんな!私たちそんな感じじゃなくてですね!あれなんです、薫君が優しいだけなんです!その、世界一!ああああすみません!!」



私は必死に首を振った。


この手の話題は小中学生時代にもたびたび噂になり、薫君を不機嫌な表情にさせていたからだ。



ごめんなさい薫君!!!

私なんかと勘違いされてごめんなさい!!


……というか、今「えっ」って言ったのって、薫君じゃないよね?



他の人たちも意味が分からなかったようで、私たちは予想外の声の主に視線を送った。



「どうしたんだよ、稜汰」



保君が訝しげに尋ねると、稜汰君はハッとしたように顔を上げて「Beh、No、その、な?」と目に見えて動揺し始めた。イタリア語が出てる。



「なんでもねぇんだ。ほら、保、俺たちも幼馴染だろ?でも恋愛に発展することはなさそうだなって思ったからさ」

「当たり前だろうが!気色悪いんだよ!」



青筋を立てる保君に、「だよな」と目を泳がせて乾いた笑いを漏らした稜汰君は草をぶちぶちむしる。


なんか変な奴だ、という空気が一瞬流れたもののみんなは稜汰君から手元へと目を戻す。自分に集まっていた視線が分散したことに胸を撫で下ろした稜汰君も、草と格闘し始めた。



「あけびちゃん」



拗ねたような真澄君に呼ばれて顔を向けると、彼は眉根を寄せながらも頬を染めて私を見据えていた。



「今度2人で虫採り行こうね。足いっぱいあるやつ」



なぜ。

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