第12話 奮い立たせる

薫君が来るまでの間ものの見事に硬直していた私は、彼が目の前でうどんを食べ終える頃になってようやく落ち着きを取り戻し、息を吐いた。



「……何かあったのか」

「な、な、何も!」



私の動揺が伝わってトレーの上の食器がガチャンと軽く跳ねた。返却口に食器を置いて、心無しか眉根を寄せてる薫君を見上げる。


そうそう!なんでもない!!

変に意識しちゃ駄目だ私!!!


自分に言い聞かせるように心の中で活を入れ、「行こう!」と食堂の出口を指差した。



……ああ、でも、ドキドキしたなぁ。



そっと先程撫でられた頭に触れる。



「頭が痛いのか」

「痛くないよ!」



無表情の薫君に尋ねられ、慌てながら首を横に振り、手を下ろした。



「友達、できたか」


で。


「できてない……」



ちょっとだけピンク色、春になってた私の心に一気に氷河期が到来。



肩を落として重い溜め息を吐く。

幸せ、逃げちゃう。



健康診断は男女別なので薫君と一緒じゃなかったことは辛かったけど、逆に女の子の友達を作るチャンスでもあった。



でも、結果は完全敗北。



狙いを定めて勇気を出して話しかけようとすれば別の子との会話を始められ、私は頭を垂れて身長を測るという始末。



もちろんグループになんか入れない。



唯一成り立った会話は、「ごめん、ボールペン借りていい?」「あ、う、うん、もちろん!」くらいである。


ちなみに貸したボールペンのインクが切れていたという致命的なミスも犯しました。誰か笑ってください。



……どうして、こんなに駄目駄目なんだろう。



話しかけられるともの凄く緊張して、何て答えるのが1番良いのかを必死に考えちゃう。



それで、ぐるぐる考えてるうちに相手はだいたい痺れを切らす。



顔色をうかがうことは得意中の得意なので、相手の考えがなんとなく理解出来ちゃう分、なおのこと話しにくくなるのだ。



こんなことで私、やっていけるのかな。



「あ、薫君は!?友達できた!?」

「いらん」



答えになってない。



「……まぁ、薫君は1人でも大丈夫そうだよね」



何でもこなすし、しっかりしてるもんね。



「私は1人なんて無理だよ……。入学早々孤独を噛みしめるなんて辛すぎる」



肩を落として力無く笑えば、前を向いたまま薫君がポツリと呟いた。



「……1人じゃないだろ」



「は」と間抜けな声を上げて隣を見れば、こちらを一瞥した彼は自分と私を交互に軽く指差した。




「俺にはお前がいるし、お前には俺がいる」



え。


階段の前でピタリと足を止めた私を、4段上がったところで薫君が見下ろす。



「違うか?」



いつも通り、ただまっすぐ私に視線を送る薫君の言葉は冗談なのか本気なのか分からない。


昔からそうだ。口説き文句みたいな言葉を何の迷いもなく唐突に口にする。



……何度それに一喜一憂したことか。



俯いて黙り込んでいれば、彼が小さく息を吐いたのが聞こえた。



「……まぁ、でも、あけびはもう少し頑張る必要があるな」



えっ、と見上げれば、すでに再び階段を登り始めている薫君。


慌てて1段跳ばしで追いかける。

ちょっと私には重労働。



「ま、待って!薫君!私、頑張るね!」

「そうしろ」



頑張ろう!!

まだ始まったばっかりだもんね。



前を行く薫君の背中を見つめながら、私は唇を引き結んでキュッと拳を握り締めた。



さて、私のこういった決意は、昔からほんの数分後に打ち砕かれることがお決まりになっている。

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