12.両親との話し合い

 リリスから齎される情報に、彼女の両親は少し眉を顰めた。我が娘がそのような扱いを受けていると知れば、致し方ないだろう。


 そんな二人を真っ直ぐに見つめながら、リリスは更に重ねて言う。


「そのお相手——いえ、チャールズさまが懸想なされている相手というのが、ネイサン伯爵家へ一年前に養子として迎え入れられたご令嬢、イヴさま」

「……ふむ。社交でのお披露目をせずに、学園へ入学した令嬢だな」

「ええ。わたくし、イヴさまとは非常に親密な関係を築いておりまして、それはチャールズさまも知るところでございます。ですから、イヴさまがチャールズさまをお望みになるのならば、婚約解消という形で二人の仲を取り持とうと思っておりました」


 ふと、イヴの顔がリリスの脳裏を過ぎる。チャールズに向ける迷惑そうな顔、リリスに向ける愛おしさばかりを詰め込んだ表情。それにふと微笑みが唇へと現れた。


「しかしイヴさまは、わたくしの婚約者でありながら自らにアプローチをするチャールズさまを良く思っていらっしゃらないとのこと。——ですから、お父様、お母様。わたくし、チャールズさまとの婚約を解消ではなく破棄したいと存じます」


 円満な解消ではなく、社交界でも話題の種となる破棄。その渦中にあっても尚、リリスは己の味方を増やせる自信があるからこその破棄の選択だ。


 チャールズの行いは明確なリリスへの裏切りに当たり、それを表に出してしまったことで破棄という手段を取れるようになった。リリスとイヴの関係のように隠し通せれば、解消で済んだというのに。


「話は分かった。確かに婚約破棄に値することだろう、それほどまでに愚かとは思わなかったが……元からこの婚約は失敗だったか」

「そうですわねえ、リリスが自ら選べる歳になってから決めるべきでしたわ。ところで、リリス。他にも話があるのではなくて?」


 大きな溜息を吐く侯爵に対し、同意を示した後にリリスへ問いかける侯爵夫人。それに真っ直ぐ視線を返してから、リリスはゆっくりと口角を上げる。


「はい、お母様。わたくしは、イヴさまに懸想しております。ですから、チャールズさまとの婚約破棄が成立した暁には、ネイサン伯爵家子女イヴさまとの婚約を新たに結びたくお願い致します」

「そのことは、周りには知られていて?」

「いいえ。しかし、わたくしとイヴさまが仲の良い友人関係ということは周知されております」

「良いでしょう。十年もぼんくらとの婚約をさせてしまいましたからね、そのくらいの我儘なら叶えてあげられるわ。ね、あなた」

「ああ、勿論だ。まずはヘイグ侯爵家に此度のことを記した手紙と婚約破棄の申し入れをし、それが成立したらネイサン伯爵家へご令嬢との婚約打診をしよう」


 リリスはカークランド侯爵家の娘であるが、爵位を継ぐのは彼女の兄であるので、跡継ぎの心配もせずとも良い。そしてネイサン伯爵家でも迎え入れた養女がカークランド侯爵家との縁を結んだというのならば、婚約の申し入れも喜んで受けてくれるだろう。


 一つ心配となるのはヘイグ侯爵家の反応ではあるか、と思考するリリス。しかしヘイグ侯爵家の当主は道理の通じぬこと、特に浮気や不倫についてより厳しい目を向ける女傑である。


 そんなヘイグ侯爵の元で育ったにも関わらず、チャールズの振る舞いはリリスにとって理解し難いものではあるのだが、何にせよ彼女が事情を知れば婚約破棄も必ずなされるだろう。


 リリスは背筋を伸ばしたまま、美しく微笑む。その笑顔は正に青い薔薇、この世で奇跡とも呼ばれる美しさが遂に彼女の心の奥底からも溢れ出していた。


 それは人の目を強く惹いてしまう美貌と、更に雰囲気までもを兼ね備えた最早魔性。しかしその心はただ一人、イヴに捧げられている。


「突然のお願いを聞いて頂き、ありがとう存じます。イヴさまとの婚約が叶ったあかつきには、これまでと変わらずカークランド侯爵家へこの身を捧げることを誓います」

「リリス。そう重く考えずとも良い、お前が何かを強請ることはなかったからなあ、お父様は嬉しいぞ」

「ええ、お母様もよ。リリス、あなたはもっと我儘になって良いの。婚約が叶ったら、イヴ嬢を連れていらっしゃい。ご挨拶せねばね」

「はい、お父様、お母様。イヴさまに良いご報告が出来ますように、これから先のことは願うばかりでございます」


 そうして和やかに終了したリリスの婚約破棄についての話し合いは、途中退席したカークランド侯爵がヘイグ侯爵家へ婚約破棄の申し出を綴って速達で送らせてから戻って来たことで家族の会話へとシフトして行く。


 学園での生活はどうか、寮での困りごとはないか、チャールズ以外の不安はないか、イヴ以外の友人は出来たのか。それは正に我が子を心配する親の言葉。


 それに一つずつ、丁寧にリリスも返して行く。学園の授業が思いの外楽しいこと、相変わらず刺繍が苦手なこと、寮でも問題なく生活していること、他に困りごとはないこと、イヴ以外にも新しく出来た友人が何人かいること。


 応接室で弾んだ話は、夕食を終え、寝るまでの時間までずっと続いた。


 学園へ入学するまでは毎日顔を合わせていたのだが、ここのところリリスは寮に入ってしまったので様子が直接聞けないと侯爵が嘆いていたのだそうだ。


 それを楽しそうに話す侯爵夫人と、嬉しそうに聞くリリスが手を組んでしまったので、二人に対してはどうにも弱い侯爵は眉尻を下げて微笑むことしか出来なかった。


 そうして楽しい家族の時間も過ぎて行き、リリスは夜の道を帰るのは危ないからという両親により常に整えられ続けていたらしい自室のベッドへと久しぶりに身を委ねた。


「イヴ……あなたと一日会えないだけで、こんなにも寂しいのね。あなたはどうかしら、わたくしを想ってくれていて?」


 リリスの問いかけに返答はない。けれども何故だが、イヴもリリスを求めてくれているような気がして、彼女はこっそりと持って来ていたテディベアを腕に抱く。


 イヴが贈ってくれた宝物を抱いていると、ゆっくり身を包むように眠気が襲って来る。


 明日の朝、朝食を頂いたら帰ろう。そう心に決めたリリスは、訪れた睡魔に抗うことなく眠りへと落ちて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る