第45話 世界の頂点 1
柚組のキャンプ場から離れたビルの屋上で、アタリは一人朝を迎えた。日が地平線から顔を出すにつれて周囲の惨状が明らかになり、彼はなんとも言えない感覚に包まれながら新宿を見下ろしていた。戦闘の被害によるものか、もしくは意図的なものかは定かではないがどの施設も電気が断たれており、そのおかげでアタリは難なくビルの屋上へ上ることができた。
アタリは何をするわけでもなく青くなっていくビル群をじっと見つめ、しばらくするとおもむろにタバコを取り出して火をつけた。煙を口に溜めて一気に吸い、そして吐く。空気の冷たさも相まって肺はさらに刺激され、アタリは思わずむせ返りそうになった。
アタリにとってタバコは過去の象徴であった。もちろん彼にとっての安定剤としての役割もあったが、過去を振り返りたいとき、もしくは現実から目を背けたいとき、彼は決まってタバコを吸っていた。
昨日、七星が死んだ。士師たちのリーダーを担っていた重要人物が呆気なく亡くなってしまったのだ。思えばアタリは七星に何かと助けられてばかりだった。能力者狩りという仕事を紹介されて給料を貰えるようになったのも彼のおかげであり、仲間に恵まれて精神的に成長できたのもまた彼のおかげだった。ときには戦い方も教えてもらい、頼れる兄貴のような存在となっていた彼が突然死んでしまったのだ。涙は出なかった。しかし喪失感に
今の俺には何ができる? アタリは思った。彼が七星に恩義を感じていたのは確かであった。たとえ七星が死んだ後でも何かしらの礼をしたい、アタリはそう思っていたが、実際のところ彼はどうすべきなのかわからなかった。死者を乗り越えて戦い続けろ、七星は死の間際にそう口にしたとのことだ。しかしアタリは内心その言葉に疑問を抱いていた。仮に戦い続けたとして、その先に待っているものはなんだろうか。使い切れないほどの莫大な報酬か、新たなる戦いか──もしくは、死か? 人は生きていれば誰だって死ぬ。だとしたら、俺たちが戦わなくても結末は一緒なんじゃないのか? そもそも、俺は何のために生きている?
指先が熱くなってきたのを感じ、アタリは即座に現実に戻された。タバコはいつの間にかフィルターの部分まで短くなっており、アタリは用無しになった吸い殻を屋上から投げ捨てた。それと同時に、アタリの背後に来訪者が現れた。
「やっぱりここか」
振り返ってみると、そこには大樹がいた。地上から屋上まで結構な数の階段を上らなければいけないにもかかわらず、大樹は息を切らしていないどころか一粒も汗をかいていなかった。
「どうしてここがわかった?」デジャブを覚えながらアタリは言った。
「馬鹿と煙は高いところへ上るっていうからな」
大樹は洒落のつもりで言った。しかしアタリはそれに反応する気分ではなく、それを察した大樹はすぐに訂正した。
「冗談だ。昨日お前が向かった方向に来てみたらお前のバイクを見つけたんでな。それでビルの屋上に人影が見えたから、まさかと思って来てみたんだ」
アタリは何も反応を寄越さなかった。無視を決め込んでいるというよりは考え事をしているようで、大樹はどうすればいいかわからずに頭をかいた。すると突然、アタリは言った。
「先輩ってさ、何で戦い続けてんの?」
「その戦いってのが何を指してるかによるが、俺の場合は七星さんのために戦っている。こんな俺のために能力と命を預けてもらったんだから、戦わなかったら罰当たりだろ」
「じゃああの人が死ぬ前は?」
「七星さんと一緒に悪を倒して人々が平和を手に入れるためにだ」
「結局七星先輩かよ」
「当たり前だろ。俺は七星さんに助けてもらったんだから協力する。たとえあの人が死んだとしても、俺はあの人の意志通りに戦うさ」
「なんかロボットみてぇだな」
「そういうお前はどうなんだよ。お前は何のために戦い続けてる?」
「……それがわかんねぇんだよ。最初は金が欲しかったからなんだけど、最近はどうも金以外の理由で戦ってる気がしてさ。楽しいからとか、使命とかじゃなくて、何か他の理由があるんじゃねぇかってモヤモヤしてんだよ」
「思春期の考えてることは複雑だな。……俺が思うに、お前は正しいことをしてるって自覚があるから戦ってるんじゃないのか? どうせお前のことだ、柚組で仕事をする前は喧嘩だとかくだらないことに能力を使っていたんだろう。だけど今はどうだ。町田の件もそうだったが、能力で悪さしてるやつがいるって聞いたら逃げずにそいつと戦ってるじゃねぇか。お前は心の中で自分が正義だと理解してるから悪と戦い続けてるんだ。こんな事態になってまで柚組に残ってくれるのも、それが理由だろう」
「そうかな……そうかも」
「気が済んだか?」
「ああ、おかげさまでな」
「よかった。……問題が解決したばかりのとこで申し訳ないんだが、早速お前にやってほしいことが一つある」
突然大樹が改まったのを見て、アタリはこれから何が起こるのかをすぐに悟った。
「峰を倒しに行くのか?」
「よくわかったな」
「急に深刻そうな顔に変わったんだ、そりゃ気づくわ」
「なら話が早い。これから俺は柚さんや煉瓦と一緒に峰を討伐するつもりだ。そこでお前の力を借りたいから一緒に来てほしいんだが……一応聞くけど、来てくれるよな?」
「当然だろ。たとえアルバイトでも、俺は士師なんだからな」
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