第43話 笠木兄弟

 瀕死の大樹を背負いながら、煉瓦は地上へと降り立った。止血は施したものの、大樹の体からはとめどなく血が流れ続けており、それが煉瓦の背中一面を赤く染めていた。


 大樹からは強烈な死期が感じられた。呼吸は弱くなっており脈拍も徐々に小さくなっていたが、それでも彼はまだ生きている。何とか助けを呼ぼうと外に出たものの、周囲には誰もいなかった。


 新宿で繰り広げられている戦闘に加え、先ほどの巨大な爆発。もはや警察までもが逃げ出してしまうようなこの状況では、助けを呼ぶことなど無意味に等しかった。そんな絶望的な光景を前にして煉瓦は身震いし、思わず目に涙を浮かばせた。このままでは大樹さんが死んでしまう。煉瓦は思わず嗚咽おえつを漏らしそうになったが、突如頭の中に死期が流れ込んだのを感じてその場にしゃがみ込んだ。死期は大樹が放っているものと変わらないほど強烈であり、ゆっくりと煉瓦のほうに近づいていた。その正体を確認しようにも、煉瓦は絶え間なく襲いかかってくる頭痛を耐えることに精一杯となり、ただその場でうずくまることしかできなかった。


「大樹を横たえろ」


 突然聞き慣れた声が耳に入り、煉瓦ははっとして目を開いた。目の前に立っていたのは七星だった。彼の体はすすのようなもので黒ずんでおり、全身の傷から絶え間なく血が流れていた。そして、彼からは強烈な死期が発せられていた。


 そんな彼の様子を見て煉瓦は一瞬固まったが、すぐに我に返って彼の言う通りにした。七星はおぼつかない足取りで大樹の傍にしゃがみ込み、ゆっくりと顔を近づけていった。


 煉瓦は何を言うわけでもなくその場に立ち尽くして七星を見守っていた。これから目の前で何が行われるのか、煉瓦はあらかた予想がついていたが、その予想は裏切られることとなった。なんと七星は口を開いて煙を吐き出し、それを大樹の口内に流し込み始めたのだ。


「兄ちゃん、いったい何を?」


 予想外の出来事に煉瓦は思わず言った。彼はてっきり、大樹を犠牲にして七星が回復を済ませようとしているのだと思っていたが、七星はむしろ逆のことを行っていたのだ。ある程度煙を吐くと七星はそこで中断し、そして言った。


「誰かの生命エネルギーを奪って自分のものにできる、それが俺の能力だ。能力を使えば使うほどエネルギーってのは消費されて、最終的にはゼロになる。だがエネルギーを使い尽くしたからといってすぐに死ぬわけでも、能力が使えなくなるわけでもない。俺はこの体に残された最後のエネルギー、俺の能力をも使うことができるんだ。こいつを使えば死ぬことを先延ばしにすることもできるし、エネルギー自体を操作することすらもできる。そして俺がこのエネルギーを誰かに託せば、この能力はそいつのものになる。吸った相手が能力者じゃなくても、だ」


「でも……じゃあ、どうして兄ちゃんは大樹さんを? どうして自分を犠牲にしてまで助けるの?」


「これが俺の役目だからだ。大樹には未来がある。仲の良い友人、慕ってくれる後輩、何より愛してくれる人間がいる。そんな恵まれたやつを助けなかったら、他に誰を助けるっていうんだよ」


 真っ当な理由であった。しかし煉瓦は心のどこかで兄の死を認められず、やるせない気持ちでうつむいた。


「そう落ち込むな。確かに俺は大樹に未来を託して死ぬ。だがこいつは終わりなんかじゃない、むしろ始まりなんだ。俺が死ぬことで大樹は正式に士師となり、柚組に新たな風が吹く。お前らがすべきことは死をなげくことじゃなく、死んだやつの意志を受け継いで前に進むことだ。だから俺が死ぬからってくよくよしないで、お前らは戦い続けろ。──後は頼んだぞ」


 そう言うと七星は大樹に向き直り、最後の一息を吐いた。大樹の肉体は銃弾を押し込んで徐々に回復を始め、反対に七星の肉体は崩壊を始めた。その最中、七星は後ろを振り返って煉瓦と目を合わせた。煉瓦は覚悟を決めたような顔をしており、それを見た七星は安堵あんどの表情を浮かべて煙と化した。


 煙は大樹の中へと吸収され、それと同時に大樹は目を覚ました。

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