第42話 長崎の殺人鬼 3
耳をつんざくような爆音によってアタリは目を覚ました。彼はいつの間にか気を失っていたことに驚き、とっさに体を起こして周囲を見渡した。
まず目に入ったのはグロテスクなキノコ雲であった。周囲を赤く染め上げるほどの
その光景はさながら終末のようであった。アタリは呆気に取られてその様子を見ていたが、自身の目の前で爆発が起こると我に返ってそちらを見た。
そこにいたのは、さらに若返ったわかばの姿であった。その髪は黒く変容しており、腕や首からは太い血管が浮き立っていた。わかばは重々しげに呼吸しながらアタリを睨みつけた。その姿は逆光を受けて黒々としており、より一層威圧感を増していた。
死なないとはわかっていた。しかし弱体化するどころかむしろ強化しているわかばを見て、アタリは
「小僧! いい加減にしろっ!」
「てめぇこそいい加減にしやがれっ!」
双方は相手に対する怒りを抱いたまま向こう見ずでぶつかり合った。今ではアタリも守りから攻撃に転じ、ほんの少しでも隙を見つければわかばの肉体を狙ってバットやナイフを振るようになった。
アタリは渾身の力を振り絞ってナイフを振りかざし、わかばは手のひらで受け止めるともう片方の手でアタリに殴りかかった。アタリはバットで打撃を防ぎ、すぐさま反撃を与えるためにナイフを引き抜こうとした。しかし、ナイフはわかばの手を貫通したまま動かなかった。なんと彼の手の肉が刃を固定していたのだ。肉はそのまま刃を圧迫し、間もなく刃に少しの亀裂が走り始めた。アタリは何とかわかばの股間に蹴りを入れてみたが、やはり彼は動じなかった。
「愚か者め、まだわからないのか!」わかばは怒鳴った。「過去に失われた命のために死ねといっているんだ! 何故過去を
その瞬間、突然わかばの手に大きな血管が浮かび始め、彼の肉体はさらにナイフを圧迫し始めた。刃はもはや折れる寸前にまで達していた。
「うるせぇんだよ、この野郎っ!」
アタリはやけくそになって怒鳴り、わかばの額に頭突きをくらわせた。アタリはそのまま彼を睨みつけ、目と鼻の先で言った。
「過去とか歴史とか、知ったこっちゃねぇんだよ! てめぇがどうしようが勝手だけど、今を生きてる俺らの邪魔だけはすんじゃねぇよ!」
そう言うとアタリは頭を離し、再びわかばに頭突きをくらわせた。もちろん、肉体的な傷害は負わなかった。しかし頭突きで平静さを取り戻したからなのか、わかばはふと我に返った。
私は何をしているんだ? わかばは思った。既に死んでしまった家族、仲間と会いたいがために、数世代に渡って
……愚か者は私じゃないか。平和を享受したいがために現在の平和を破壊するなど言語道断だ。私が必要だったのは暴力なんかではなく、暴力の恐ろしさと平和の素晴らしさを後世に伝えることだったのではないか。──私は、なんてことを。
わかばはもはや抵抗することを放棄し、その力を緩めた。おかげでアタリはナイフを抜き取ることができ、彼は瞬発的に刃をわかばの首に突き立てた。わかばはされるがままの状態で立ち尽くしており、それをチャンスとばかりにアタリはバットを振り上げ、彼の頭を打ち砕いた。
───
たった一度の打撃でわかばは地面に倒れた。黒みを帯びていた髪は見る見るうちに白色に戻り、心なしか彼の肌は劣化しているようだった。先ほど爆発的にエネルギーを消耗したのが仇となり、わかばの体力はほんの少ししか残されていなかった。そしてアタリによる攻撃が決定打となり、彼は死に瀕していた。
「これは福音だ」
突然わかばが口を開いたことで、アタリは再びバットを構えた。しかしわかばは依然として倒れたままであった。
「もし貴様らが峰を殺そうというのなら、一つ教えてやる。やつは人間の肉体を借りた悪魔だ。たとえ魂に攻撃しようともやつは殺せない。やつが死ぬことは決してないのだ」
「なんだよそれ。俺らのやってることは無駄だって言いたいのかよ」
「話を聞け。いくら死なないといえども、やつを止める方法くらいはある。それは地獄と現世の橋渡しをしている唯一の存在、峰の肉体を破壊することだ。やつは敗北を好まん、もしやつの肉体を破壊して敗北を味わわせれば、やつはしばらく貴様らから姿を消すことだろう。そうなれば、まさしく貴様らの勝利だ」
「何でそれを俺に教えてくれるんだ? てめぇと峰ってやつは仲間じゃねぇのか?」
「私がやつを仲間だと思ったことは一度だって無い」
ふと、わかばはアタリから視線を逸らして天を見上げた。日は没し始め、周囲は夕焼けで赤く染まっていた。
「かつて神が受肉して地上に降り立ち、神を愛する者を獲得したからこそ、峰も自身の崇拝者を増やせると見込んでいるのだろう。それゆえやつは求められれば人々の前に現れ、見返りとして彼らに能力を与えている。しかし誰も神を
その瞬間、わかばの肉体は崩壊を始めた。彼は苦痛で顔を歪めるようなことはなく、ただ目を閉じて静かに死を受け入れた。後に残ったのは寂しげに放置されているわかばの衣類のみであり、アタリはどうすることもなくじっとそれを見つめていた。
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