第3話 青年アタリ 2
いったい何が起こっている? それが
煉瓦は路地裏で喧嘩をしていた五人の男の
そして失神してからしばらくした頃、煉瓦は目を開いて未だに乱闘している男性たちを見た。しかし何やら状況が変わっており、彼は先ほどまでいなかったはずの青年が喧嘩に参加しているのを見た。
最初、煉瓦は青年が仲裁に入ってきたのだと思った。しかし仲裁にしては様子がおかしかった。その青年は拳だけでなく瓶を使って男性たちと応戦しており、まるで彼らを落ち着かせるためではなく初めから襲うつもりで間に入ってきているかのようだった。
しばらく激しい乱闘が続いた後、最後に立っているのはその青年だけになった。煉瓦は目を半開きにしたまま
何なんだこの男は、と煉瓦は思った。自分の予想だにしない出来事が行われていることに煉瓦は目を丸めていたが、突然とある情報が頭の中に流れ込んだことにより、彼は思わず息を呑んだ。
ズボンを脱がされた男性からは、強烈な死期が放たれていた。あの男は今にも死ぬ、そう直感して煉瓦はすぐさま体を起こし、ナイフを持った青年に向かって怒鳴った。
「あんた、何しようとしてるんだ!」
見ると、青年は倒れている男性の
「……何だ、お前? 何で銃なんか持ってるんだよ。お前ヤクザか?」
「今すぐナイフを離せ。さもないと痛い目に遭うぞ」煉瓦は無視して言った。
「何だよ? たかがキンタマじゃねぇか。そんな銃を出すほどマジになるなよ」
「本気になるに決まってるだろ。目の前で人が殺されそうだっていうのに、それを止めないやつがどこにいるんだ」
「ヤクザが道徳なんか説くんじゃねぇよ。ていうか、悪いのはこいつなんだからな。こいつ、たかが喧嘩にナイフを持ち出してきたんだぜ。そりゃ俺も武器は使ったけど手加減はしたつもりだ。なのにこいつは最初から殺す勢いでナイフを使ったんだ。そんなタマ無し野郎にキンタマなんていらねぇだろ。俺はただこのクズに制裁をしようとしただけだ」
「だとしても、そんなのやりすぎだ! いくらそいつがクズだろうとも、あんたがそこまでする筋合いはないはずだ!」
「いいや、あるね。ていうか、いい加減その物騒なもん下ろせよ。じゃないとヤクザとか関係なしにお前もやるぞ」
男性はそう言って立ち上がり、ゆっくりと煉瓦のほうへと近づいていった。煉瓦は迷った挙句銃口を下ろし、男性の足めがけて
その時、煉瓦は自分の目を疑った。放たれた銃弾が肉体に接触する直前で、なんと青年は足を上げて銃弾をかわしたのだ。拳銃の弾速は秒速二百から四百メートルであり、発砲音が鳴ったときに回避行動をとることはほぼ不可能である。にもかかわらず、男性はまるでタイミングをわかっていたかのように発砲と同時に足を上げたのだ。
「今のは……」煉瓦は思わず呟いた。
「危ねぇな、一般人に向かって銃撃ちやがったな。お前どこの組だコラ、組長にチクるからな」
煉瓦はしばらく男性を凝視し、銃をポケットに収めて言った。
「……あんた、能力者か?」
「あ? 能力者?」
「思えば、さっきのあんたの動きも変だった。僕はさっきの乱闘を見ていたが、あんたの動きは段違いだった。普通の人間がたった一人で五人倒せるはずがないし、何より後ろから刺されそうになったところを目視せず回避できるはずもないんだ。けどあんたはその両方をやってみせた。常人にはできない動きを、あんたはやったんだ。……僕はあんたが何かしらの力を持っている、能力者なんじゃないかと疑っている」
「能力者とかってのはよくわかんねぇけど、確かに俺は他人にはできない、ちょっとした力を持ってるぜ。言っても信じねぇと思うから教えねぇけど」
「……あんた、名前は?」
「アタリだよ。日光アタリ」
「アタリ……なるほど」
「何だよ。俺の住所を特定して誘拐しようとか考えてねぇだろうな」
「いや、そんなことはしない。僕はただあんたに興味があっただけだ。その名前、覚えておくよ」
煉瓦はアタリに向かって期待のまなざしのような視線を投げかけ、意味深に笑みを浮かべた。
「さてと」青年、もといアタリは呟くと再びしゃがみ込んで、倒れている男性のズボンを触り始めた。それを見て煉瓦は警戒しながら彼の行動をじっと見つめた。
「落ち着けって、俺はもうこいつのキンタマに興味は無いし、殺そうなんて考えてねぇからよ。ちょっとこいつらの財布に用があるだけだからさ」
アタリはそう言うと男性のポケットから財布を取り出し、中から千円札数枚を抜き取ってしまった。それも一人だけでなく、その場にいた全員の分を盗ってしまったのだ。
「いつもこんなことをしてるのか?」煉瓦は訊いた。「見る限り手慣れてるようだが、ひょっとして常習犯なのか?」
「その通り。俺はこれで生計を立ててるからな。東京はいいとこだぜ」
「仕事とか何もやっていないのか? つまり……あんたが持っている力を利用した仕事とかだ」
「何もやってねぇ。俺は高校中退からずっと無職だ」
「そう、か……」
「よし、こんなもんか」札束を数え終えるとアタリは立ち上がり、それから煉瓦に言った。「じゃあな、ヤクザ。俺はもう帰るぜ。銃のことは忘れてやるから、このことはだれにもチクるなよ」
アタリは抜き取った札束を自身の財布に入れると、煉瓦に背を向けて路地裏から立ち去った。そんな彼の後ろ姿を、煉瓦はじっと見つめていた。
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