「本姫」四冊目 女性二人声劇・20分台本


!読む前の注意点!

今回の本姫は、この一本で基本完結しますが別作品の登場人物が出てきます。もし余裕があれば「退屈な彼女」に目を通していただければ幸いです。前後は特にありませんので、よろしくお願いします。


=登場人物=

・夏海(女)

文武両道を体現したかのような天才。女子高校生。感情の起伏が乏しいく、強引な性格。現在白血病を患っている。中学の時代の作家志望の男子をいまだに気にかけている。余命宣告をされ、最後の自由時間中。(退屈な彼女の彼女側)


・店主(女)

古本屋善生堂(ゼンショウドウ)店主。いつも変わった服装をしている黒髪ポニーテール丸眼鏡の高身長陽気女性。黒のゆったりとしたスカートに白の唐草模様入りワイシャツに下駄を履いた風体している。夏海に対して、決して同情はしない。


以下本文


・夏海

白血病。若い人間、高校、大学生くらいの年齢がなりやすい血液の癌。皮肉な話だ。人間の寿命を決める染色体末端構造であるテロメアの再生を促す酵素、テロメラーゼの異常分泌や、細胞分裂エラーが癌につながるというが、どちらも人間がより生きるための機能だ。それが原因で私は死ぬ。これを皮肉と言わずしてなんと言う。そんなことを考え、もう行くこともないであろう高校の教科書を持って、古本屋を探している。夏だというのに弱り切った私の体は体温を保つこともできないのかほのかに寒い。違和感のない程度の長袖を羽織り学校近くの古本屋を目指す。

教科書の処分理由は、私にまつわるものを残して両親のことを縛りたくない。年齢的に無理だろうから、私が居なくなったらさっさと養子でも取って、幸せに新しい思い出を積み重ねてほしい。その願いからの処分だ。


・店主

「お嬢さん、こんな日の高いうちに、そんな重そうな袋を持って何処に行くんだい?熱中症になってしまうよ」


・夏海

私は声の方角を向き、声の出どころを探す。視線には、黒の長めのスカートに、唐草模様の半袖ワイシャツを着て下駄を履いた、黒髪ポニーテール丸眼鏡の美人な高身長女性が入ったが、奇抜な見た目のやばい人に声をかけられた事実を認めたくなくて、現実から目を逸らそうと必死に目を合わせないようキョロキョロする。


・店主

「お嬢ちゃんここだよ。声の出所は私だよ。そんな全力の無視は流石に私も傷つくよ」


・店主

「・・・ハァ〜」


・店主

「ため息までつかないでくれよ。私は少年少女を全力で導く安心安全ジェネリック店主だよ。見たところ、その袋の中身は本・・・いや、教科書と行ったところかな?」


・夏海

「正解です。見た目に反して審美眼や観察眼は確かなようですね」


・店主

「誉めていただきありがとう。それにしても、その教科書は売りに行くのかい?」


・夏海

「そうですよ」


・店主

「なら、ここ古本屋善生堂(ぜんしょうどう)で売ってみてはどうかな?査定だけでも歓迎だよ」


・夏海

「でしたら、そうさせてもらいます。金額によっては別のお店に持ち込みます」


・店主

「後悔はさせないよ。では、いらっしゃいませ、お客様」


・夏海

奇抜な女性は丁寧な所作で、ゆったりと私を先導する。古本屋の建物は古い日本家屋だが、造りはとてもしっかりしている。軒下には本棚がいくつか日に背を向ける形で置いてある。本棚には日焼け防止であろう目隠しの布が掛けられている。店内は少し暗く、本には適した環境が作られている。通路の両脇は背の高い本棚で固められており、古い紙と木の香りが複雑に混ざったなんとも言えない心地のいい香りが空間を満たしている。通路の突き当りには、少し開けた空間が広がっており、右手に三畳の広さの小上がり、左手に人間二人が横並び座れるカウンター席があった。先ほどの本棚の通路とは違い、ここは珈琲の香りが強い。

右手の窓から涼しい風と、風鈴の音が流れてくる。そんな夏が溢れた空間。


・店主

「良い空間でしょ。ここは私のお気に入りが詰まった空間だ。贅沢を尽くした空間もいいのだろうが、私はこれくらい質素でも、十分幸せをかみしめられるよ」


・夏海

「足るを知るってことですね」


・店主

「君は博識だね。席に座りなよ。アイス珈琲は飲めるかい?」


・夏海

「飲めます。ストローは要らないです」

私はカウンター席に座り、横に教科書を置く。


・店主

「アイス珈琲だよ。マグカップでごめんね。本当はグラスとかの方が、香りが立つのに」


・夏海

「お気になさらずに。香りも珈琲の醍醐味なのでしょうが、本質はやはり味にあると思いますので」


・店主

「そう言ってもらえると助かるよ。その教科書見せてもらってもいいかな?」


・夏海

「どうぞ」


・店主

「失礼します」


・夏海

店主さんはそう言い、袋を持ち上げカウンター裏に運ぶ。そして私に見えるように教科書の査定を始めた。珈琲は苦く、冷たかった。


・店主

「・・・お嬢ちゃん、君の名前を教えてもらえるかな?フルネームが嫌なら、下の名前だけでも構わないよ」


・夏海

「夏海です」


・店主

「私が今から聞く事に対して、夏海さんが答えたくなかったら黙秘しても構わないから、少し質問をしてもいいかい?」


・夏海

「はい」

私の既に弱り切っているはずの心臓が、いやに大きく、そして速く脈を打つ。


・店主

「夏海さんの・・・余命はあとどれくらいだい?」


・夏海

風鈴の音や窓から吹き込んでいた風の音、すべてが蝉の悲鳴にかき消された。私はどんな顔をしているのだろう。感情の乏しい私の脳が、外的情報を拒絶している。そして掠れた声で一言絞り出す

「半年もないと思います」


・店主

「そう。ありがとう」


・夏海

店主さんは何事もなかったかのように、査定を再開した。同情で金額が上がったりするのだろうか?それにしても、何故急に私の余命に気が付いたのだろうか・・・


・店主

「随分と綺麗な教科書だね。新品?」


・夏海

「ほぼ新品のものもあれば、包装を剥いただけの新品もあると思います。」


・店主

「そうだね。名前を書くところが完全に空白で、ここまで綺麗な教科書を売りに来る子も珍しいからね。最初は物持ちが良いだけかなとか思ってたんだけど、私の勘はよく当たるからね」


・夏海

店主さんの口調に同情はなかった。寧ろ自分の直感の鋭さに感心しているようだった。


・店主

「安心して。同情で金額は変わらない。ただ、一つだけ現金買取できないモノがある」


・夏海

「どれですか?現行品の教科書ではないとかですか?」


・店主

「この小説だよ」


・夏海

「あっ、それは・・・」


・店主

「これは、君の書いたものではないようだね」


・夏海

「その通りです。私の書いたものではありません。それと・・・その物語は絶対に売りません」


・店主

「良かったよ。これを売るって言ってたら、私はこの買取を全て断ろうかと思っていたところだった。とても良い作者と編集のコンビだね。熱く熱量のある文章を書く作者と、理性と知性を兼ね備えた編集が、正しく物語を導いている。君は編集の方かな?」


・夏海

「その原稿に入っている赤ペンは私のもので間違いありません」


・店主

「この原稿について聞かせてはくれないだろうか?」


・夏海

「愉快な話ではありませんよ?」


・店主

「構わないさ。私は今、この瞬間、教科書に挟まっていた原稿に対して湧く、新鮮な好奇心に身をゆだねたい気分なんだ」


・夏海

店主さんの眼は静かな水面のようだが、その奥は深く暗い、底の見えない大きな穴のようだった。

「昔の話です。それこそ私が中学生でまだ元気な頃の話です。今ではこんなですが、その頃は成績優秀、運動神経抜群の神童みたいな立ち位置で、できないことなんてないと思っていました。学校のテスト順位も全て三位以内、部活も大会に出れば大体入賞して、上の大会に進出、自分で言うのも恥ずかしいですが、欠点と言う欠点はありませんでした」


・店主

「それは素晴らしいことだが、面白みのない青春だろうね」


・夏海

「その通りです。ずっと退屈でした。だからこそ、不完全だけど熱く問いかける彼の物語に私は惹かれたんだと思います。彼は放課後の教室でいつも一人で書いてました。その頃は部活も飽きていたので、文芸部の彼の活動様子を横目に見ながら、図書室の本を読みふけっていました。あとは、きっと店主さんと一緒です。その瞬間の好奇心に身をゆだね、話しかけて、その物語の完成です」


・店主

「良い話じゃないか。ただ、この作者は君の現状を知っているのかい?」


・夏海

「わかりません。少なくとも私から直接は言っていないので。それに、高校は別々の学校ですし、彼も今年は大学受験なので、順当にいけば私のことなんか知らずに、幸せに生きていくのではないでしょうか」


・店主

「その口ぶりだと、君はこの作者の現在を知っていそうだね」


・夏海

「知っていますとも。私は彼のファン第一号ですから。ただ、彼は高校で小説をほぼ書いていないようですね。理系に進んだようですし、文学部に進学とかも無いと思います。彼は、文章ばかり書いていて、成績は低かったですが、頭は良かったですからね。勉強さえすれば、有名大学も楽々入れるくらいのポテンシャルはあるはずです。その彼が理系なのですから、きっとこれからも、小説は書かないでしょう」


・店主

「・・・では、この作者のファン第二号として、君にほんの少し問答を仕掛けようと思う」


・夏海

「禅問答ですか?」


・店主

「そんな難しくないよ。トロッコ問題のような誰でもできるやつさ」


・夏海

「それは・・・難しそうですね」


・店主

「答えが無いって意味では難しいだろうね。とりあえず軽い気持ちで参考程度に聞いてくれると良いさ」


・夏海

店主さんは微笑みながら、少し楽しそうに話し始める。


・店主

「とあるところに不老不死になった人間が一人居ました。そしてその人間に恋をした普通の人間。この設定で物語が展開した場合、ハッピーエンドは迎えられるでしょうか?ただし、不老不死の人間の感情は不滅とする」


・夏海

「ハッピーエンドは無理そうですね。双方何かしらの悲しみを背負うバッドエンドじゃないですか?」


・店主

「そいうことじゃいよ。私は今、一般論や道徳に倣った聞こえのいい戯言を聞きたいわけじゃい。君の感想を、考えを、哲学を聞かせてほしいんだけどな」


・夏海

「・・・普通の人類が満足気に寿命を迎えて、不老不死側に癒えることのない傷をつける。一方的ハッピーエンド・・・そう直感的に想像しました」


・店主

「ありがとう。では、その場合寿命で死ぬ人間は、不老不死の人間を愛していたでしょうか?」


・夏海

「そりゃ、愛していたと思いますよ」


・店主

「何故?」


・夏海

「何故って・・・あっ」


・店主

「察しが良いね。死に逝く側は、残される人間が傷つくのをわかっている。愛している人間を故意的に傷つけ、呪ったんだ。この人間の矛盾性を、独占欲や嗜虐性でかたずけていいわけがないのは、君もわかるはずだ」


・夏海

「その言い方だと店主さんは、その問答に対して一定の回答を持っているんですか?」


・店主

「私も悩んでいる。ただ、確実なことで、死に逝く側は、覚悟を決めていたんだ。勿論、死ぬ覚悟じゃない。愛する人間を呪い、足枷をかけることになったとしても、最後の一秒まで一緒に居ようという覚悟。それこそ、シェイクスピアが書いた悲劇のようにだ」


・夏海

「私たちはそこまで劇的ではないですよ」


・店主

「それでも決めなければいけない覚悟は一緒だ。君はこの作者を信頼しているかい?」


・夏海

「どういう類の信頼ですか?」


・店主

「君が残す呪いをはねのけ、祝福に転じることができるかどうかの信頼」


・夏海

「どうでしょうか・・・彼がそこまで強い人間になっているかどうか・・・」


・店主

「この頃の君は、そんな心配まったく無いみたいだよ」


・夏海

店主さんはそう言って私の書いた赤ペンの修正を見せてきた。修正内容はかなり辛辣だ。


・店主

「こんなにキツイ修正を信頼のない相手に投げるのは、とても難しい。誰だって躊躇さ。でも君は書いたんだ。なら、さっきと違って答えは決まっているかと思うけど」


・夏海

「・・・そうですね」


・店主

「死に逝く側が残せるのは呪いだけだ。あとは残される人間が、それを祝福に転化させるのを信じるしかない。幸いにも、君はこの作者を信じているんだろう?なら、全力で呪いなさい。彼はきっと君を恨むようなことをしないよ。それくらいは、この物語を読めば察しはつく」


・夏海

「店主さん・・・便箋と封筒売ってもらえませんか?支払いは・・・あとで必ずするので」


・店主

「支払いは要らないよ。代金の代わりに、この原稿をコピーさせてくれないかな?もちろん原本は返すよ」


・夏海

「え、でも・・・」


・店主

「心配はいらないさ。ウチは現金支払い以外にも、本による物々交換も受け付けている。教科書と、この原稿のコピーはそれくらいの値打ちがあると、私が判断した」


・夏海

そう言うと店主さんはあらかじめ準備をしていたかのように、便箋と綺麗な白い封筒を差し出してきた。


・店主

「きっと夏海さんは、もうここに足を運ぶことはないと思う。そんな時間も惜しいだろうからね。だから私からの手向けの花だと思って聞いてくれ。・・・この便箋に何を書くかは君が決めることだ。これを書けと、強制はできない。ただ、見栄えが良くて綺麗な嘘はつかない方が良い。醜く哀れな本音を書くことを願っているよ。きっと、その方が伝わるよ。ほら、そうこう言っているうちに、コピーは終わったようだよ」


・夏海

店主さんは原本を私に差し出し、コピーの原稿を取り出した。

「・・・ありがとうございます」


・店主

「それじゃ、同じ作者のファン同士、最後は笑ってお別れといこうじゃないか。珈琲の料金はサービスにしておくね」


・夏海

「申し訳ありません」


・店主

「いいよ、別に。またいつか、どこかでね」


・夏海

私は本棚の隙間を早足で歩く。後ろからは風鈴の音、前からは蝉の大合唱が聞こえてくる。うす暗い店内から外に出ると、雲一つない光にあふれた快晴の世界が広がっている。善生堂(ぜんしょうどう)の看板に一例をし、家路につく。帰宅途中封筒の違和感に気づき中を見ると、現金が入っていた。一枚の淡い藍色の和紙に達筆な字でメッセージが書いてある。


・店主

帰りの水分補給にでも使ってくれ。今日は暑いからね。余ったお金は好きにすると良い。おすすめは募金箱に全額入れることかな。案外気分がスッキリするもんだよ。

善生堂店主より


・夏海

私は帰りにスーパーでスポーツドリンクと、少し高い菓子折りを買った。封筒には教科書購入で使った金額がそのまま入っていたので、現金がかなり余った。店主さんの勧め通りに募金箱に躊躇いなく入れたら、周りの人に驚きの視線を向けられたが、明日明日死ぬ体なのだ、今更気にしない。手紙の内容を色々考えながら歩く。書き出しはやはり難しいのか思いつかない。ただ、結びの言葉は既に決まっている。「草々不一」走り書きで、十分な思いを伝えきれないときに使う結び。まだたくさん言いたいことがある。聞きたいことも、そして何より彼の作品が読みたい。この思いを表す言葉としては最適であろう。

私は、夏空の下、残りの命を燃やして歩く。


「終」

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