第19話 吸血の後のワンシーン甘し

 河瀬さんは俺が作ったワンタンスープを温めて持って来てくれた。

 今、俺はそのワンタンスープを河瀬さんに、あーん、されながら食べている。

 さっきの吸血行為のせいなのか、俺の体に力が入らないゆえの河瀬さんの善意から来る行為だ。

 恥ずかしいけど、俺は素直に河瀬さんの好意に甘えていた。

 ワンタンスープを食しているうちに段々と落ち着いて来た。

 そして、我ながら美味しいよな、と思える頃には河瀬さんと冷静に会話が出来る様になっていた。

「あの、ワンタンスープ、ありがとうございました。すみません。河瀬さんの分なのに」

「一ノ瀬君の手料理が食べられなかったのは残念です。けど全然かまわないですよ。僕は一ノ瀬君から血を頂きましたから」

「でも……」

 河瀬さんの為に作ったものだからやっぱり河瀬さんに食べて欲しかった。

「一ノ瀬君、料理、味見の為じゃ無くて、僕の為に作って持って来てくれてたんですよね?」

「え?」

「その優しさが嬉しかったです。最後に優しい人に会えて凄く、嬉しかったんです」

「河瀬さん……」

 河瀬さんはさっきまで本気で消えるつもりだったんだな、と知った。

 今はどんな気持ち何だろうか。

 生きてくれると約束した。

 信じて良いのかな。

「あの、一ノ瀬君、痛くしてすみませんでした」

 しよんぼりと河瀬さんは言う。

 吸血の事か。

 今の河瀬さんのその顔は、いたずらを叱られた子供の様で何とも愛らしい。

「だ、大丈夫です。初めはとても痛かったんですけど、何て言うか……そのっ」

 此処で一旦言葉を切って、「あの、気持ち良かったです」とぼそりと言葉を続けた。

 そう言った後で急激に恥ずかしくなり、「あの、血を吸われて気持ち良いとか、おかしいでしょうか?」と河瀬さんに訊ねてみる。

 河瀬さんは首を振り「全然おかしくないですよ。吸血は初めの方こそそりゃ、痛いですけど、人間には快楽を感じる行為なんです」と言う。

「快楽、ですか?」

 河瀬さんの言う事がいまいちのみ込めなく、どういうこっちゃと思い巡らす。

 俺が不可思議な顔でもしていたのか、河瀬さんは、くすり、と笑った。

「吸血鬼の唾液には媚薬の様な効果があるんです。歯で噛みついた所から吸血鬼の唾液が人間の体内に入るんですよ。それで吸血されると人間は気持ち良くなってしまうんです。吸血の恐怖を紛らわす為だと言われていますけど」

「へぇ」と分かった様な振りで取り敢えず頷いてみる。

「遥か昔は王家や貴族が吸血による快楽を得る為に、吸血鬼と契約を交わした、と言われています」

「契約、ですか?」

「はい」

 河瀬さんは頷く。

「吸血鬼に血を与える代わりに快楽を得るって事」と河瀬さんは続ける。

「あ、僕はそんな契約はした事無いですけど」

 何処か気まずそうな河瀬さん。

 でも、そう言われると何故か安心出来た。

「今日は少しだけ一ノ瀬君から血を頂いたので全回復にはなりませんが、少し元気が出て来ました。本当にありがとうございました」

 河瀬さんが言う通りに回復しきっていない事は河瀬さんの笑うと出来る目じりの皺からうかがえた。

「あの。もっとガッツリ血を俺から取って下さい。俺は河瀬さんにちゃんと元気になって欲しい」

 その為に俺は究極の選択を選んだのだ。

 でも、河瀬さんは首を振る。

「そんなに急に一気に血を吸われたら一ノ瀬君の方が死んじゃいます」と河瀬さん。

「じゃあ、少しずつで良いんで毎日俺の血を吸って下さい!」

「ふふっ。一ノ瀬君は本当に優しいんですね。じゃあ、流石に一ノ瀬君の体力も考えて毎日とは言わないけど、これから少しずつ一ノ瀬君の血を頂く事にします」

「よ、良かった。それで河瀬さんは元気になれるんですよね?」

「はい」

 そう言って河瀬さんはしっかりと頷く。

 俺はやっと安心出来た。

 河瀬さんはこれからも俺の隣にいてくれるんだって。

 安心していまうと、俺の頭にある事が浮かぶ。

 俺、さっき河瀬さんに好きだって言ってしまったよな。

 うん、言った。

 やってしまった。

 いくら何でもアレは無いだろうと思える。

 河瀬さんも俺の事好きって言ってくれたけど、それはきっと河瀬さんの優しさ故だ。

 絶対に引かれている。

 此処は早々に手を打たねば。

「あの、河瀬さん」

「何ですか?」

「えっと、あの。俺、さっき河瀬さんに好きって言いましたけど」

「はい」

「あの、あれって、その。そう言うアレじゃ無くて。えーっと。河瀬さんの事を俺はリスペクトしていると言うか、崇めていると言うか。あの、だから、河瀬さんは俺の天使なんです」

「はぁ……天使と言うよりもどちらかと言うと悪魔として迫害されてきた歴史のある種族なんですけど」

「そんな。河瀬さんが悪魔だなんて! いや、悪魔的に美しいですけど、いや。あのっ」

 もう俺は何を言っているんだか。

 河瀬さんだってきっと呆れているに違いない。

「あの。一ノ瀬君」

「え? はい」

「一ノ瀬くんが僕の事好きって言ってくれて凄く嬉しかったです。本当に……僕も一ノ瀬君の事が大好きです」

「あっ……はいっ……」

 何だろう。

 河瀬さんにそんな事言われると非常に恥ずかしい。

「だから……」

 恥ずかしさで河瀬さんの事がまともに見れなくて、俺は俯きながら河瀬さんの話を聞いていた。

「友達にならないかな」

「え」

 友達。

 俺が?

 河瀬さんの?

 俺は顔を上げた。

「あの、是非、お願いします。友達にしてっ」

 そう言って俺は何故か両手を河瀬さんの方に差し出していた。

 河瀬さんは直ぐにその手を握ってくれた。

 河瀬さんの手の温かさが心地いい。

「じゃあ、よろしく」と河瀬さん。

「はい!」

 俺は精一杯の声を出すのであった。

 引っ越してきて以来、初めて出来た友達。

 それが河瀬さんだなんて。

 凄く嬉しい。

 嬉しくて宙に浮きそうだ。

「河瀬さんっ」

 俺が話をしようとすると、「ダメだよ」と河瀬さんが俺の唇に人差し指を当てて言う。

 俺はキョトン、としてしまう。

 河瀬さんはとろけそうな笑顔で「呼び捨て。河瀬、だよ」といたずらっ子の様に言ったものだ。









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