ヨロズ作家 引きこもり作家(志望)の謎解き
大寺 東
第1話
ここに一人の書けない小説家志望の男がいる。すたれた長屋でただ一人、ひっそりと暮らしている。日銭を稼ぐために汗を垂らすこともなく、一日一日を
男の名は
革左衛門には、小説を書くことで己の身を助けようと思ったきっかけも、
いつもと変わらないある日、革左衛門を
「おうい、起きてんだろ。仕事を持ってきてやったんだ。開けるぞ」
そう言うと、鍵の掛かっていなかった引き戸はあっという間にこじ開けられた。扉を挟んだ外側には、三つ揃えのスーツを華麗に着こなし、伸びた髪の毛を後ろへと撫でつけた
革左衛門が心のうちで親友と呼ばわるその青年は
「なんだ、起きていたのか。革左は俺が来ないと、外に出ないからな。―どうせ、前に会った時から湯屋にも行かず、まともな飯も食べていないんじゃないか。ほら、とりあえず風呂だ。その後、昼飯を食べに行くぞ、革左」
文机に向き合っているまん丸猫背をピシャリと叩きつける。
「っ佳さん!び、びっくりした……。ご飯は、大家さんが恵んでくれていたから安心しておくれよ。……湯屋は嫌いなんだけど」
洗濯を繰り返しすっかりと色褪せた着流しを着て、ぼさぼさになった髪をガシガシとかきむしる。革左衛門の体はすっかり
長屋の近くにある湯屋は江戸時代の
湯屋の前でげんなりとしていると、佳祐に中へと無理やり押し込まれた。面倒に思いながらも、服を脱ぎ
お湯を身体にかければ、強張っていた得体も知れない塊がするりと流されていく。力が抜けていくと腹が減っていることをよくよく実感することになった。何とか手を動かし、
湯船には浸からない。革左衛門はのぼせやすく、身体が温まり過ぎるのが嫌いで仕方がない。佳祐が待っているからと言い訳を並べ立て、汚れを落とすとさっさと浴場から出て行った。
髪の水気を絞りながら、新しい着流しに着替えた革左衛門が湯屋から出てくると煙草をふかして待っていた佳祐が、すぐにこちらに気づく。
「サッパリしたろう。腹も減っているだろうし、景気よく牛鍋と行こうじゃないか。そこで、仕事の話をするぞ、革左」
煙草を投げ捨て汚れひとつない革靴でザリと踏みにじっている佳祐の声は、
金なんて持っていない、持っているのは汚れにまみれた自身の着衣のみの革左衛門は、ひょこひょこと佳祐の後をゆっくりと追いかける。どうせ、佳祐の
佳祐が
そうとは見えなかったが、相当に腹を空かせていたらしい。佳祐は待ちきれないのか、どこかソワソワとして落ち着きがない。革左衛門は向かいで少年のように忙し気にしている佳祐を視界に収めながら、家を訪ねた佳祐が口にしていた仕事について聞いてみようと口を開いた。
「ね、ねえ佳さんっげっほげほ!―の、喉が。茶をくれるかい……はあ、仕事ってのは一体何だい?い言っとくが、身体をう、動かす仕事は僕には、む無理だよ。見てごらん、骨と皮しかない。すぐにくたびれちまう。ま、まともな仕事は出来っこない」
これまでにも何度か働くという行為には挑んだことはあった。全てで三日と持った試しがない革左衛門は、口調が早くなりどもりが止まらない自身を恥じる。それらの仕事の中には佳祐からの紹介だったものもいくつかあったが、結局駄目だった。全てから逃げ続けている革左衛門は、今回こそはあらかじめ断らねばと
革左衛門の
「今回はいつもと違う。さるお方のお嬢様たっての頼み事なんだ。くれぐれも他言不要で頼む。……ふう、隣に座ればよかったかな。ああ、ブローチを無くしてしまって見つけて欲しいそうだ。家中探したが見つからんとかで、盗みにでも入られたのかと気が気じゃないらしい。そう身体を動かすことも無いだろうし、短い期間で済むんじゃないか。どうだ、うってつけの仕事じゃないか?」
好奇心が顔を覗かせている佳祐の声音はふわふわとして、明るい。乗り出していた身を戻すと、一気に
親友の頼みを断る葛藤と闘っていた革左衛門は初めて聞く、ブローチが一体どういう代物なのか興味心をくすぐられた。どんな見た目をしていて、どうしてそうまでして探さないといけないのか、とんと見当がつかない。
耳を
お嬢様、無くしたブローチ、身体を動かさない仕事。
こちらを見つめている佳祐の視線には決して絡めとられまいと、革左衛門は机に視線を落とした。牛鍋がくるまでの間、革左衛門は頭の中をぐるぐると思考が回る感覚に酔いしれていた。
ヨロズ作家 引きこもり作家(志望)の謎解き 大寺 東 @og24sizmm17
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