Ep1:Epilogue

第1話

 月夜に佇む二つの影。乾いたアスファルトに縫い付けられたかのようにそれらは微動だにしない。しかし、一発の銃声と共に一つの影は揺れ、ピストルが女の手から離れた。もう一つの影はゆっくりと女に近づき、耳に手をあてた。


 「ターゲット制圧、完了です。」


 イヤモニからは少しの雑音を添えて、「了解。」という一言が流れた。






 「エレボス!さっきのは無茶しすぎだぞ!あの時、ターゲットの女が先に発砲していたらどうなったと!!」


 月夜に輝く白髪の男がさっきの影に怒鳴った。


 「こっちだって。勝算があるからあのデュエル形式に持ち込んだのよ!後でちゃんと報告書にまとめるから、そんなに怒鳴らなくても…」


 もう一つの影、エレボスは男をなだめた。


 「それに私の射撃技術の方がターゲットより上なことくらいアレースにも分かってたでしょう?」


 エレボスがそう続けると、アレースと呼ばれた男は渋々引き下がった。

 先程まで沈黙していた路地ではいつの間にか来た沢山の人が忙しなく動き回っていた。彼らが揃って身につけた制服には所々禿げた3字のアルファベットがプリントされていた。NSO-National Secret Organizationの略称で、これはアメリカの諜報機関の名である。ここに所属する諜報員は神の名をコードネームとし、アメリカの秩序を守るべく、暗躍している。エレボスという女の本名はサラ・ムーア。NSOに所属するスパイである。先ほど対峙していたのは麻薬密輸の主犯各のようで、そいつの拳銃を撃ち抜くことでそいつが掌の痛みに悶えている内に制圧したのであった。アレースと呼ばれた男も同じくNSOで、ジョシュア・コックス。サラの上司である。ただ、上司といっても二人は同じ年齢であり、幼馴染みでもある。






 「それでターゲットは今どうしてる?」


 任務を終えてサラとジョシュアは本部へ報告をしに戻った。ジョシュアはサラが撃ったターゲットの様子を確認、サラは報告書を仕上げていた。病院から報告を受けたジョシュアは深い安堵の表情を見せた。ターゲットは銃を撃たれた衝撃を受けただけらしく、被弾はしていないらしい。


 「予想はしていたが、ターゲットは無事だ。」


 「うん、良かった。」


 ジョシュアの報告に少し微笑んでサラはそう返した。いくらターゲットとはいえ、今回は暗殺が目的ではない。なるべくターゲットは無傷で確保し、情報を提供させ、司法の裁きを受けさせる。これがNSOのやり方だ。無駄な殺人は犯さない。ターゲットも一人の人間である。


 「報告書終わったーー!!この計算難しすぎた…」


 デスクでサラが全身の力を抜いた。


 「お疲れ様。」


 ジョシュアはサラのデスクにコーヒーを運んだ。


 「計算と言えば、明日数学のテストだ。」


 スパイである前に、彼らは普通の高校1年生である。サラが思い出したかのように呟いた瞬間、どうしよう!勉強してない!と騒ぎ始めた。ジョシュアは勉強なんてたいしてしなくてもサラなら満点だろうと案じてはいなかった。

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