第二話 「幻か現実か──俺の目が告げるもの」

「何だよこれ……」


 俺の開幕出た一言がこれだ。


 マズイ、マズイ、マズイ!

 これ、一体何の病気だ!?


 目の奥がズキズキと痛む。視界はまだぼんやりと赤みを帯びている。

 俺の身体に何が起きている?


 不安と恐怖がごちゃ混ぜになり、思考がまとまらない。

 とにかく、何かしらの手掛かりを掴まなきゃ――。


「Heyケツ!」


 焦る俺はスマホのAIを呼び出す。


「はい、どうされましたか?」


 妙に落ち着いたAIの声が苛立たしい。


「えっと……いきなり視界が白くぼやけて、そしたら急に目が痛くなって、それで――」


「すみません。よく分かりません」


「……クソが!」


 俺は思わずスマホを放り投げた。


「あ……クッソ」


 買い替える金もないのに、壊しちまった……。

 バキッという音が聞こえた気がするが、確認する気力すらない。


「とりあえず親に……いやダメだ。親に金を借りまくった俺に、『もうお前に貸す金はない』って言われたばかりだったっけ」


 病院にも行けない。自転車も車もない。あるのは、引きこもりがちで衰えた自分の足だけ。

 無力感が俺の胸を締め付ける。


「あーークッソッ! どうなってんだこの国は! 病人から金取ってんじゃねぇぞ!」


 誰に言うでもなく、苛立ちが口をついて出る。

 いや、それだけじゃない。訳が分からない状況が、俺を苛立たせる。

 理不尽すぎる。俺が何をしたって言うんだ? ただ生きてるだけなのに、なぜこんな目に遭わなきゃならない?


「まずは深呼吸だ……すぅ……ふぅ……よし。……ってまぁ、こんなので落ち着いたら病院なんて要らないよな」


 無駄なことをしていると分かっていても、何もしないでいると頭がおかしくなりそうだ。

 俺の目に何かが起きている。それだけは確かだ。どうにかしなければ、俺は死ぬかもしれない……。


 死ぬ……?


「あ……死ぬ……か。楽になれるじゃねえか」


 ずっと考えていたことだ。

 怖くて出来なかったことが、まさに今、強制的に起ころうとしているんだ……ただそれだけの話だ。


 そうだ……これで全部終わる。

 もう誰にも迷惑を掛けずに済むじゃねぇか。


 ──そう思った瞬間、胸の奥から得体の知れない恐怖が沸き上がってきた。


「……いやだ……やっぱり死ぬのは嫌だっ!!」


 恐怖が心を突き刺した。

 これが、"本物"の死の予感なのか?


 俺は部屋を飛び出した。

 急いで廊下を駆け下り、適当に靴を履き、家を出る。


「あーーークッソ歩きづれぇぇぇぇ!」


 視界がすべて赤く見える。

 まるで世界が血の海に沈んだみたいだ。

 脳が熱い。心臓の鼓動がうるさい。


 長年引きこもっていたせいだろうか。

 すれ違う人の目が俺に向いている気がする。

 いや、気のせいじゃない。俺を見ている。


 あーいや、目が充血とかのレベルじゃないもんな。

 誰だって気になるよな。俺だって、こんなヤツがいたら、二度見する。


 俺は下を向き、近くの病院へと走った。


 ---


「――すみませんっ!!」


 受付のカウンターに駆け寄る。

 息が荒い。汗が流れる。


「は、はい!?」


 焦った声で対応する女性。

 無理もない。俺だって自分が受付だったら、こんな奴が飛び込んできたら驚く。


「どうされました?」


「俺の目、見てください!! 充血っていうか、えと、あーーもうとにかく真っ赤なんです!」


 どう説明すりゃいいんだ、これ!


「……えっと……特に異常は無いみたいですが?」


「いやほら! ちゃんと見てください! この目!!」


 俺は自分の目を指差し、女性に必死に訴える。


「え、ええ。しっかりと見ていますが、特に異常は見られませんよ?」


「え……?」


 嘘だろ。ふざけんなよ!

 俺の目は赤黒く染まっていたはずだ!


「今から写真持ってきます、ちょっと待っててください」


「え、ええ……」


 俺は急いでトイレに駆け込み、鏡を見る。


 ---


「……うそだろ」


 真っ赤に染まっていた目。

 それが今は正常だ。


「写真……あ、スマホ壊したんだった」


 どういうことだ?

 視界も気付けば正常だ。


「おかしい……幻覚だった……?」


 いや、幻覚にしては現実味ありすぎるだろ。

 この病院に来るまでは視界が真っ赤だった。

 通りすがりの人たちも、俺を見てた。


 ……俺を見てた気がしただけ?

 引き篭もり期間が長すぎて、意識しすぎたのか……?


「クッソ……走って損した。……なんか歩きづらいと思ったら、靴別々じゃねぇか」


 焦って家を出たせいだ。

 にしても、サンダルとシューズは流石に気付くだろ俺……。


「なんか恥ずかしくなってきた……」


 受付の人に「写真持ってきます」とまで言ってしまった。

 スマホも無いのに。

 まして目は正常。スマホがあっても、「ほら、大丈夫でしょう?」って言われただろう。


「帰るか……」


 また、いつもの家に……部屋に。


「なんか俺の人生、空振ってばかりだな……ハハッ……」


 全然笑えねぇけど。


 鏡の前で笑ってみるも、顔は最悪だ。

 酷いクマに髪はボサボサ。

 そのうえジャージ姿にサンダルとシューズのオリジナルスタイルだ。


「はぁ……」


 俺が鏡に映る自分にため息を吐いた、その時だった――


「きゃああああああああああ!!」


 院内で悲鳴が聞こえた。


「……なんだ?」


 まさか強盗か?

 病院強盗なんて聞いたことねぇな。


 俺は確認するため、トイレから出る。


 ---


「何でだよっ!! 何で直せねぇんだよクソがッ! お前らは病気を治すのが仕事だろうが!! わかったらさっさと俺の身体を直せ!!」


 受付に向かって怒号を上げる男が見えた。


「おいおい、マジかよ」


 しかし、そんな事に驚いたのではない。

 いや、まぁ怒号にはびっくりしたけど、そうじゃない。


 その男の姿に、驚いたのだ。


 全身から鋭い針が生えていた。

 その様はまるで──ハリネズミのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る