十二、②

 寝室のドアを閉めたあと、オルガさんから洗い物を渡されたら教えて欲しいと西谷さんへ念押しして、ぼくは居間へ戻った。杉原さんと談笑……するはずもなく、二人でまた黙ってテレビを見ていたら、二十分くらいして、西谷さんがなにやら衣類を抱えてやってきた。

「こっちの、帯みたいな長い布が晒で、麻でできているそうです。問題はこっちの股引で、羊毛でできているそうなので、普通に洗濯したら縮むのと、どうも、飲まず食わずでいた間、トイレにも行けなかったらしくて、結構汚れているんですよね。どうしますか?」

「ああ……」

 よく考えれば、当然のことだ。一週間もからだを拘束されて動けなかったのだから、催したらそのまましかない。けれど、どうすると言われても、浴室で別に下洗いするくらいしか思いつかないし、ぼくは目下で、それ以上深く検討する余裕もなかった。なので、

「ええと……、なんとかします」と無理矢理話を畳んで、まるごと衣類を引き受けた。

「それと、オルガさんから、野々さんを呼んできて欲しいと頼まれたんですが」

 来た。こっちがだ。ぼくはわざとらしくならないよう、細心の注意を払って、

「え?」と返した。「いまですか?」

「ええ、いますぐ部屋に来て欲しい、とのことです」

「どうしたんだろう……」それっぽく首を捻ってから、「あれ、いま、あのひと、なにか着てます?」

「いいえ。全裸です」西谷さんは端的に答えた。「全然、前を隠そうともしていなくて……」

「えぇ……」

 ぼくは気が進まない様子を装いつつ、洗い物を洗面所の中にほっぽり出すと、西谷さんと一緒に寝室の前まで来て、ドア越しに向こうへ声をかけた。

「オルガさん、なにかありましたか?」

「ああ、ノノ。ちょっとこっちに来てくれ」と声が返ってくる。

「分かりました。が、その前に、胸回り腰回りを、手ぬぐいとかで隠してもらえますか?」

「隠すのは別に構わないが、いまそうした方が良いのか?」

「はい。日本だと、女のひとは、裸になっても、その辺はほかのひとには見せないんです」

「なるほどな。分かった」

 しばしの間のあと、オルガさんから、「隠したぞ」と声が上がったので、ぼくは、「じゃあ、入りますね」と言って、ドアを押し開けた。

 出迎えた彼女は、ぼくの言うとおり手ぬぐいを胸と腰に巻きつけた以外はありのまま、その引き締まった裸体を、褐色の素肌を、存分にさらけ出していた。

 女性にしてはやっぱり背が高く、からだ自体も大きい。ちょっと腹筋が割れているけれど、筋骨隆々、という感じでもなかった。あの重そうな鎧を着て縦横無尽に動き回る剛力は、いったいどこから来ているんだろうと思ってしまう。

 ちなみに、胸やお尻は控えめだったので、幸いにも? 目のやり場をそれほど意識せずに済んだ。というか、そんなの意識している場合ではなかった。ここからが、の山場なのだ。

「急に呼び出して、すまないな」オルガさんが、いたって平和な調子で切り出した。「からだを拭いて、髪も洗ったんだが、わたしの着替えが、どこにも見当たらないんだ」

 ぼくは、それはもうあからさまに、しまった、という顔をして、

「出すの忘れてた! すみません、いますぐ出します」と言いながら寝室の中に入ると、

 さりげなく

 ドアは、そのままかちゃりと出入り口を塞ぎ、

 それきりしんと動かなくなった。

 ぼくとオルガさんは、横目でそれを見届けて、二人、にやりと頷き合った。

 これで、の第一関門は突破したのだ。

「ほんとですね、着替えがないや」

 すぐに小芝居を再開したぼくは、クローゼットを開けて、さっき大量の手ぬぐいを出したときに一緒に準備したけれど、、衣装ケースの上に積んだままにしておいた、オルガさんの着替え一式を手に取った。

「これです、これこれ」それをそのまま、彼女へ渡す。「上のものから順番に着てください」

「分かった。ありがとう」

 そして、、オルガさんは脚つきマットレスの上に着替えを置いて、ひとつひとつつまんで吟味しはじめ、ぼくはその足元、つまり、マットレスの下にある衣装ケースを、音を立てないようにして開けた。

「これは、なんだろう、……股に履くのか?」

「そうです。パンツという下着です」

 ぼくは彼女の方を見ずに答えながら、ケースの中にしまってあった、十・九インチのタブレットコンピューターを取りだした。電源オフにしていたから、ガラスの向こうの画面は一面真っ黒で、うっすら、自分のしょうもない顔が反射して見える。

「履いてみたが、これで良いか?」

 確認を求められたので、慎重に目線を上へ向けると、腰に巻いていた手ぬぐいを外し、きちんと正しい向きで黒いボクサーパンツを穿いたオルガさんの姿があった。なんか凜々りりしい。

「多少、尻がきついが、穿けないことはないな」

「ああ、良いですね。良い感じに良いです」

 完全に手抜きの褒めことばを述べながら、ぼくは彼女の方へタブレットの画面を向けて、それを指し示した。

 彼女が脚つきマットレスに腰かけて、ぐい、とそれに顔を近づける。

「次の、これは、……足に履くのか?」

「そうです。靴下という下着です」

 口では二人して着替えの話を続けながら、ぼくは、タブレットの右上にあるボタンを長押しした。電源が入り、瞬時に画面が点灯し、それを見つめるオルガさんの瞳が、きらりとした輝きを捉える。

 その目を見開いた彼女に向けて、ぼくはそっと、耳打ちをした。

「――これが、魔法テクノロジーです」

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