第二話 HeyPad

一、

「封印、されている?」

 意味が分からずにぼくが聞き返すと、よろいのひと、ことオルガさんは、ぼくの脚つきマットレスに足を伸ばして座った格好のまま、うなずいた。

「そうだ。わたしは、。――やってくれたな」

「ど、どうして、そんなことに?」

「決まっている。聖王陛下直属の、四魔道士よんまどうしの仕業だ」

 オルガさんが断言する。「わたしを魔法陣にめて、ここへ捨て去ったときに、併せて封印の魔法をかけたのだろう。七日間、牢屋ろうやに閉じ込めて弱らせたわたしを、そうだな、分かりやすく言うなら、に入れて、に飛ばし、とどめに魔物をねじ込んで、確実に亡き者にしようとしたんだ」

「はあ」

 彼女がからやってきたというのは、これまでの出来事から、本当というか、率先してそうだとレベルまで理解しているつもりだったけれど、いざそういう前提で説明されると、いまいち実感が湧かなくて、相槌あいづちしか打てなかった。

「オルガさんは良いとして、や、良くはないけれども、」

 居合わせたひとの中から、やっと、大柄な救急隊員がことばを発してくれた。「俺等おれらもいま、この部屋に、閉じ込められてるの?」

「その心配はない」安心感のある笑顔で、オルガさんは否定した。「わたしより先に、ケイサツがひとり、この部屋を出ていったが、なにも起こらなかっただろう?」

「ああ、確かに」頷くぼく。

「わたし以外は、普通に部屋を出られるはずだ。ひとりずつ確かめてみると良い。万が一、先ほどのように弾き飛ばされることがあったら、そのときはわたしが受け止めよう」

「受け止める、って……、お姉さん、さっき、壁に全身ぶつけてたじゃん。大丈夫なの?」

「問題ない。受け身は取った」

 彼女は言って、脚つきマットレスの上に立ち上がったところ、スプリングのせいか、少しよろめいた。「おっと。ずいぶん柔らかい寝床だな」

「本当に大丈夫かぁ……?」心配そうな目で見る隊員。

「さあ、わたしはいつでも良いぞ」

 前後に肩幅ほど開いた足で、マットレスを布団ごと交互に踏んでバランスを取りながら、やる気満々な感じで格闘技の構えをするオルガさん。

「だれか、試しにやってみてくれ」

「えぇ……」

 大柄な隊員は気が進まない様子で、ほかのひとも全然動こうとしないので、仕方なく、ぼくが一番に手を挙げた。

「じゃあ、やってみます」

「ノノか。いのちの恩人に先陣を切らせるのも忍びないが、まあ、大丈夫だろう。頼んだ」

 ぼくは、なんとなく肩をすぼめて、小さく会釈しながら、女性のお巡りさんや眼鏡をかけた隊員の前を通って、散々見慣れた、ただ廊下に出るだけの、なんの変哲もない寝室の出口の前に立った。向こうでは、先に寝室を出たごついお巡りさんが、腰につけた無線機とケーブルで繋がったマイクをつかんで、こちらから目を外さずに、どこかとなにか交信している。

 さっきまで盛んにひとが出入りしていたので、ドアは手前に開ききっていて、単なる大きな長方形の通り口になっているのだけれど、オルガさんが吹っ飛んだあとにいざまたぐとなると、どうしても、撃退装置つきの侵入センサーに挑むみたいな気分になって、ちょっとためらってしまう。

「まずは、この部屋と、その向こうの境目あたりを、そっと手でみるんだ」

 ぼくの様子を察してか、背後からオルガさんが指南してくれた。ぼくはそれに従って、なにもない空中に右手を伸ばし、あたたかい電球色に照らされた廊下の方を、

「えい」

 と、ちょんちょん指で

 なんの感触も、反応もない。

「よし。じゃあ次は、その腕を思いっきり向こうへ伸ばしてみよう」

「ほっ」

 ゆっくりと、言うとおりにする。肘から先が完全に寝室から廊下へはみ出したけれど、なにも起こらない。

「良いぞ。その調子で、片足だけ向こう側に出して」

「はい」

 ちょっときもちの整理をつけたあと、そっと右足を動かして、つま先を廊下の床へつけた。ごついお巡りさんににらまれただけで、やっぱりなにも起こらない。

「よしよし。ここまで来たら、一気に部屋から出てしまおう」

「分かりました」

 正直、この期に及んで吹っ飛ばされるオチも頭をよぎったけれど、それでも、不安はずいぶん軽くなっていた。なので、ぼくは思いきって、勢いよく、からだを全部廊下へ出した。

 普通に出られた。

 は鳴らず、閃光せんこうも出ず、ぼくは飛ばされなかった。だれからともなく、「おおー」と低い歓声が上がる。

「ありがとうございます、ありがとうございます」雰囲気で礼するぼく。

「良かった。やはり、封じられているのはわたしだけのようだな」

 オルガさんも安心したのか、構えを解いて、マットレスの上にどっかり胡坐あぐらをかいた。「さあ、ほかのみんなも、いつまでもこの部屋にいるわけにはいかないだろう。各々、確かめてみてくれ」

 こうして、彼女の促しに応じるように、寝室に残っていたひとたちがのそのそと動きだし、女性のお巡りさん、眼鏡をかけた救急隊員、大柄な隊員、もうひとりの隊員の順で、一度出口の前に立ち止まって、ぼくと同じように廊下へ向けて手を伸ばし、なんともないことを確認してから、寝室を脱出してきた。

 だれひとりとして、見えないに弾かれるひとはいなかった。ハプニングがあったとしたら、せいぜい、大柄な隊員が段差もないのに軽くつまずいたことくらい。狭い廊下には、どことなく安堵あんどの空気が流れ、というか、六人ものひとが一挙に押し寄せたせいで、むしろ空気がよどんだ。

「全員、無事に出られたな。なによりだ」寝室の中から、オルガさんの満足げな声がする。「さて、あとはわたしがどうするか……」

「どうするんです? あのひと」大柄な隊員が、廊下全体に向けて投げかけた。「さっき、七日間なにも口にしてなかったようなこと言ってましたよね。本当なら普通、死んでますよ。まあ、取れた限りでは、バイタルはそんなに悪くないけど、詳しい検査をしてあげたくても、この部屋から運び出せないんじゃあ、どうしようもない」

「ますます、我々では手に負えんな」眼鏡をかけた隊員が腕を組んで、ため息をつく。「でも、警察さんだって、こんなの、どうしようもないですよね?」

 話を振られたごついお巡りさんは、

「いや、こちらでどうにかします」

 とあっさり断言してから、特に表情を変えることなく、ぼくに向かってこう言った。

野々ののさんの協力が必要ですが」

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