第二話 HeyPad
一、
「封印、されている?」
意味が分からずにぼくが聞き返すと、
「そうだ。わたしは、この部屋に封印されて、出られなくなっている。――やってくれたな」
「ど、どうして、そんなことに?」
「決まっている。聖王陛下直属の、
オルガさんが断言する。「わたしを魔法陣に
「はあ」
彼女が別の世界からやってきたというのは、これまでの出来事から、本当というか、率先してそうだと信じたいレベルまで理解しているつもりだったけれど、いざそういう前提で説明されると、いまいち実感が湧かなくて、
「オルガさんは良いとして、や、良くはないけれども、」
居合わせたひとの中から、やっと、大柄な救急隊員がことばを発してくれた。「
「その心配はない」安心感のある笑顔で、オルガさんは否定した。「わたしより先に、ケイサツがひとり、この部屋を出ていったが、なにも起こらなかっただろう?」
「ああ、確かに」頷くぼく。
「わたし以外は、普通に部屋を出られるはずだ。ひとりずつ確かめてみると良い。万が一、先ほどのように弾き飛ばされることがあったら、そのときはわたしが受け止めよう」
「受け止める、って……、お姉さん、さっき、壁に全身ぶつけてたじゃん。大丈夫なの?」
「問題ない。受け身は取った」
彼女は言って、脚つきマットレスの上に立ち上がったところ、スプリングのせいか、少しよろめいた。「おっと。ずいぶん柔らかい寝床だな」
「本当に大丈夫かぁ……?」心配そうな目で見る隊員。
「さあ、わたしはいつでも良いぞ」
前後に肩幅ほど開いた足で、マットレスを布団ごと交互に踏んでバランスを取りながら、やる気満々な感じで格闘技の構えをするオルガさん。
「だれか、試しにやってみてくれ」
「えぇ……」
大柄な隊員は気が進まない様子で、ほかのひとも全然動こうとしないので、仕方なく、ぼくが一番に手を挙げた。
「じゃあ、やってみます」
「ノノか。いのちの恩人に先陣を切らせるのも忍びないが、まあ、大丈夫だろう。頼んだ」
ぼくは、なんとなく肩をすぼめて、小さく会釈しながら、女性のお巡りさんや眼鏡をかけた隊員の前を通って、散々見慣れた、ただ廊下に出るだけの、なんの変哲もない寝室の出口の前に立った。向こうでは、先に寝室を出たごついお巡りさんが、腰につけた無線機とケーブルで繋がったマイクを
さっきまで盛んにひとが出入りしていたので、ドアは手前に開ききっていて、単なる大きな長方形の通り口になっているのだけれど、オルガさんが吹っ飛んだあとにいざまたぐとなると、どうしても、撃退装置つきの侵入センサーに挑むみたいな気分になって、ちょっとためらってしまう。
「まずは、この部屋と、その向こうの境目あたりを、そっと手で触ってみるんだ」
ぼくの様子を察してか、背後からオルガさんが指南してくれた。ぼくはそれに従って、なにもない空中に右手を伸ばし、あたたかい電球色に照らされた廊下の方を、
「えい」
と、ちょんちょん指でつついた。
なんの感触も、反応もない。
「よし。じゃあ次は、その腕を思いっきり向こうへ伸ばしてみよう」
「ほっ」
ゆっくりと、言うとおりにする。肘から先が完全に寝室から廊下へはみ出したけれど、なにも起こらない。
「良いぞ。その調子で、片足だけ向こう側に出して」
「はい」
ちょっときもちの整理をつけたあと、そっと右足を動かして、つま先を廊下の床へつけた。ごついお巡りさんに
「よしよし。ここまで来たら、一気に部屋から出てしまおう」
「分かりました」
正直、この期に及んで吹っ飛ばされるオチも頭をよぎったけれど、それでも、不安はずいぶん軽くなっていた。なので、ぼくは思いきって、勢いよく、からだを全部廊下へ出した。
普通に出られた。
あの音は鳴らず、
「ありがとうございます、ありがとうございます」雰囲気で礼するぼく。
「良かった。やはり、封じられているのはわたしだけのようだな」
オルガさんも安心したのか、構えを解いて、マットレスの上にどっかり
こうして、彼女の促しに応じるように、寝室に残っていたひとたちがのそのそと動きだし、女性のお巡りさん、眼鏡をかけた救急隊員、大柄な隊員、もうひとりの隊員の順で、一度出口の前に立ち止まって、ぼくと同じように廊下へ向けて手を伸ばし、なんともないことを確認してから、寝室を脱出してきた。
だれひとりとして、見えないなにかに弾かれるひとはいなかった。ハプニングがあったとしたら、せいぜい、大柄な隊員が段差もないのに軽く
「全員、無事に出られたな。なによりだ」寝室の中から、オルガさんの満足げな声がする。「さて、あとはわたしがどうするか……」
「どうするんです? あのひと」大柄な隊員が、廊下全体に向けて投げかけた。「さっき、七日間なにも口にしてなかったようなこと言ってましたよね。本当なら普通、死んでますよ。まあ、取れた限りでは、バイタルはそんなに悪くないけど、詳しい検査をしてあげたくても、この部屋から運び出せないんじゃあ、どうしようもない」
「ますます、我々では手に負えんな」眼鏡をかけた隊員が腕を組んで、ため息をつく。「でも、警察さんだって、こんなの、どうしようもないですよね?」
話を振られたごついお巡りさんは、
「いや、こちらでどうにかします」
とあっさり断言してから、特に表情を変えることなく、ぼくに向かってこう言った。
「
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