007//また蛇足で駆け抜ける
夏休みに入った。
それから間もなくしてちょっとした事件が起こった。
ほんとにちょっとした。
だいたい夏休みだからって特別に何か素敵なことがプレゼントされるわけじゃない。
暑いだけだって誰かがうなだれてたけどその意見はあまりにも正論すぎて、
みんな夏に起こる様々なイベントを片っ端から口にして暑いだけの夏を擁護した。
「それなら冬は寒いだけじゃねーか」
っていう元も子もないことを口走る奴もいたけど。
で、そう、事件だ。
ユキがリンネに電話してきたことでこれは事件として認識された。
「ねえ、リョウ知らない?なんかさー、急にフラッといなくなって。
書き置きまでしてるの。ねえ、リンネ、どうしよー」
後半鳴き声混じりに震えた言葉が受話器から耳に伝わる。
リョウというのはスパンクのことだ。
とりあえずリンネはユキの家へと。
太陽がアスファルトを焦がすほど照りつけてる。
タンクトップを着て露出している腕をジリジリと焼き付ける。
でもわりと夏は好きだ。
なんだか身軽で居られる。
どうせいろんな事がまとわりつく毎日だ。
服装ぐらい軽くいたい。
そういえば髪切りたいな。
肩ぐらいまで伸びたグレイがかった髪を指で弄ぶ。
で、ユキの家。
リンネはユキの部屋に貼られたここ数ヶ月前からの歴史を語る写真の数々を眺めていた。
おおっこのユキかわいいな~。やっぱりこのお嬢様感がいい。
とかちょっと思いながら。
だいたいリンネがこの事件を事件として捉えていない証拠。
あっテレビ水色に塗ったんだ。こないだまで淡いピンクだったのに。と、奥のソファの向こう側にあるテレビを見て思う。
『ごめん、ユキ。ここでお別れだ。旅に出る。じゃ』
いきなりユキがスパンクの残した紙切れ、置き手紙をリンネに突きつけるように出した。
夢に出てきそうな不可思議な絵が描かれたロウソクを手にとって見ていたリンネは一気に現実に戻される。
「汚い字だなぁ、またこれ『じゃ』って(笑)普通手紙に『じゃ』とか書くぅ?」
リンネが笑うとちょっとユキが睨む。
「ああーいや、うん……そうね、ごめんごめん・・・え? ここでお別れ? これってユキと別れるってこと?」
ユキがいかにも悲しそうな顔をしたのでリンネはそこで黙る。
「ああでもほら、スパンクってかなりバカやん? 唐突に無茶したりテンション高過ぎたり。まあそこがいいんだけどさ。
だからきっとこれも思いつきでやったんよ。アイツの行動原理なんて全部思いつきだし」
リンネの慰めの言葉。
「思いつきでこんなんされたらそれはそれでヘコむんだけど」
「いやだから私が言ってんのはそのうちヘラヘラして戻って来るって感じのことで」
「ヘラヘラって言わないで!」
ちょっと泣き顔のユキに若干イラつくリンネ。
いや、落ちつこう。
ここで不毛な討論をしても意味がない。リンネは切り替える。
「そういえばこないだライブ行った次の日、スパンクに会ったなぁ。あっでもスパンクに会ったのそれっきりかー、
アイツ傷だらけでなんかずっとわけわかんなかったけど?」
あの花火の揺らめきを瞼に浮かべながらリンネ。
「……確かにあのケンカがあったライブの日から変だったんだけど……。でも今までもケンカとかあったし」
ユキがまるで随分前の話のように振り返る。少し泣き声混じりに。
手探りで手がかりを探しながら、でもいっこうに前進しない時間。もうここに来て1時間は経過している。
あの夜。あの傷。スパンクの様子。
確かにいつもと違った。そんなことを思い返せばあの日、あの夜に失踪の原因があるんだろう。
が、しかしだ。それが例え100点の答えだったとしても一番欲しい答えじゃない。
一体どこに消えたのか。それれが0点じゃなにも先には進まない。
それにユキと別れる必要がどこにあるのかも謎だ。
そんなことよりリンネは壁に貼られたフランス人っぽい可愛らしい女性が微笑むポスターが気になっていた。
誰だこれ? てかなんのポスターだ? ひょっとしてユキのお母さん?
いやいやユキに外国人要素ないな。どっちかというと、日本美人だ。一重だけど切長で美しい目をしてる。
「ねえ? 聞いてる?」
ユキが不安げにしてる。
リンネはゆっくり頷くが正直たいして聞いてない。
どうせさっきから、なんで? とか、どうしよう? の繰り返しだ。
それにリンネはリンネで、あの日からキャバへの出勤を無断で休んでることをすこしばかり気にしてる。さっきも店長から着信があったが無視したところ。
「だいたいリンネは気楽でいいよね。オトコ連中とも仲良いし」
「え? そう? って気楽ってこれでも色々考えてるけどねー。今度モンキーズに会ったらどう復讐してやろうかとか」
モンキーズというのはこないだ襲ってきたパンクス達だ。
仲間内ではそう呼称してる。
じっとりと、ちょっと呆れた目でユキはリンネを見ているが鼻歌交じりに気にしない。
「それにさーなんかオトコ連中と遊んでる方が楽しいしさー、性に合ってるというか。うん、自分にチンコないのが不思議だわ」
と言って笑うがこの部屋にそんな和やかな空気は漂わない。
仕方ないのでとりあえずユキを落ち着かせて考えることにする。
キツイね、ほんとに。
まずスパンク自慢の自転車、ローライダーがないことを確認する。
つまりアレで失踪したってことか?
となると、そう遠くには行けないだろう。あんな座席も低く、チョッパーハンドルでそれでいて重く漕ぎにくい、
ファッション性重視の自転車なんて。
それはもう冒険。
一輪車で日本一周とかそっち系の話でまとまりそうなもんだ。
いやいや、相手はスパンク。想像以上の怪物。普通じゃないことも平気な顔でやってのける。
思いつきで。そうだ。思いつき野郎だ。
ない話じゃないってこと。
でもどうせそれなら途中で諦めて出発直後にとんぼ返りしてる頃だろう。
そういえば、
「ユキもヤラれたんだねー、怪我してるし」
「……リンネ程じゃないけどね」
「あははー、ほら、私はむしろ殴りに行ってたからー、なんかやけにあの金髪の坊主が強くてさー」
リンネは笑うが空気は変わらない。
しかしスパンクも、傷だらけでそのまま消えた……ってことはだ。
なんだろ? 勢い余ってヤバイ奴らとやり合って消された?拉致された?
ヤクザ系?
いやいや思いつきでヤクザと揉めないだろ。
でもじゃあ理由があれば?
ううーん、例えばあるヤクザのオンナに手を出してそれがバレた?
でもアイツあの日、あのモンキーズにやられたんだよなー。そうだった。
でもそれならなんでユキと別れる必要が?
あれか?ひょっとしてケンカした相手はユキにべた惚れで『おう!俺と勝負して勝った方がユキとつき合う!
負けた方はこの街から出ていく!勝負せい!』とかなってアイツ負けたのか?
でもそんな無骨な男が今のこのご時世にいるか?むしろいるとしたら未来が心配だろう。
でもそれならアイツがいなくなったことも辻褄は合う。
きっといるんだ。そんな無骨な男。ケンカ番長が。うん。
よし、面倒くさいしそうゆうことにしよう。
「ふざけてんの?」
とユキに冷たく一喝された。
真面目にやれって言われてもな。
真面目にやろうが不真面目にやろうが行きつく先はたいして変わらないのに。
と、リンネは唇を尖らせる。夕暮れ迫る。雑踏がまたむせ返る。
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