想いを込めて……「お題で執筆!! 短編創作フェス」?!

蓮条

緊迫したER室

 パソコンの電源を落とし、一人の女医(彩葉いろは)が帰宅しようと腰を上げた、その時、トゥルルルルッと無機質な内線音が医局内に鳴り響いた。


「はい、CS(胸部外科)の財前ざいぜんです」

「おっ、彩葉、まだ帰ってなかったのか?」

「今帰るところですけど」

「あぁ~~悪い!TA(交通事故)患者が搬送されて来るんだけど、ヘルプ頼めるか?」

「えっ……」

「ER(救命救急)の医師がオペ中で、俺も今からGS(消化器外科)の医師と腹腔内出血のオペすることになってて。もう一人のERの当直が生憎研修医なんだよ」

「……分かりました。直ぐ行きます」

「悪いな」


 ER室から内線電話を掛けて来たのは、同じ胸部外科の医師である葛城かつらぎ じゅん

 彩葉の一つ先輩であり、准教授でもある彼は、今日は当直勤務なのだ。

 彩葉はデスクの上に置かれている聴診器を手にして、すぐさま医局を飛び出した。

 

 *


 彩葉がER室に到着すると、既に搬送受け入れの準備が施されており、葛城が指示を出して行ったのだと分かる。


「今日の当直って、津田つだくんなの?」

「はい。……あのっ、今日は結婚記念日なのでは?」

「えっ、何で知ってんの?」

桃子とうこの主治医ですから、それくらい知ってますよ」

「……え」

「先生が1秒でも早く帰れるように、全力で頑張ります!」

「フッ、何それ~」


 ブルーグレーのスクラブ着の上に白衣を纏った研修医の津田 匠刀たくと、二十四歳。研修医一年目の彼は、彩葉の担当する患者(桃子)の夫でもある。

 今日は結婚記念日だから、定時で上がろうと思っていたのだけれど……。


「CTとオペ室は確保してある?エコーと採血、輸液の準備は出来てる?」

「はい、出来てます」


 彩葉は研修医の津田を連れて、搬送口へと患者を迎えに行く。

 程なくして救急車が到着し、救急隊員と共にER室へと向かいながら患者の情報を引き継ぐ。


「20代女性、TAによる胸部強打、血気胸及び右膝骨折の疑いと右股関節脱臼、BP(血圧)80/45、JCS(意識レベル)3/20/300」

「脱臼?」

「はい」


 ER室に搬送されて来た患者をベッドに移し替え、素早く血圧自動計測機、パルスオキシメーター、心電図モニター等を装着してゆく。


「誰か、大至急シーツ持って来て!それから、静脈ライン確保して!」

「はい」

「シーツですか?」

「そう、シーツよ」


 彩葉の命令指示ですぐさま看護師が点滴による静脈の血管を確保し、津田医師が折り畳まれたシーツを手にして駆けて来た。


「そっち側、結んで」

「はい?」


 彩葉は手早く股関節の開閉具合を確認する。

 彩葉の指示の下、ベッドのサイドレールにシーツの端をしっかりと結んだ津田。

 すると、彩葉はシーツを目一杯引き、患者の骨盤をベッドに固定するようにしてシーツを固く結んだ。

 そして、彩葉は患者の両膝を立たせ、左腕を右膝の下から左膝頭の上に腕を交差させるように差し込んで押さえ、右手で右足首を掴み旋回するようにして――。


「いち、にの~~さんっ!」


 津田医師と看護師たちが見守る中、彩葉は一瞬で股関節脱臼を見事に嵌めたのだ。


「先生、凄いですね!」


 思わず津田の口から言葉が漏れていた。


「空港病院に勤務してた時に、色んな患者を診たからね~」


 医療用ハサミでさっき結んだばかりのシーツをジョキッと切り裂く彩葉。

 いちいち結び目を解いてなどいられないからだ。


 聴診器を当て肺音を確認し、エコーで胸腔内の出血具合を確認する。


「左の肺音が弱い。胸腔内出血……約1000ccってところかしら」


 エコーをパッと見ただけで出血量まで予測する財前に、津田は息を呑んだ。


「オペ室にチェストチューブ(胸腔ドレナージ/胸部カテーテル)の用意をさせて」

「はいっ!」

「私はご家族の人から手術の同意を貰って来るから、CTとX線撮ったら、オペ室に運んで」

「分かりました」


 左肺を強打したことによる血気胸(血液や空気が溜まる症状)が起り、患者は緊急手術をすることとなった。

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