第32話 【SIDE:ガールズ】敗残兵、三人に増えました

 レクスに自分を優良物件アピールするにあたって、ユフィには作戦があった。


「……では、こちらで手続きは終了です。次の方、どうぞ~!」


 それは、窓口業務を誰よりも完璧にこなす。

 この一点に尽きた。


「依頼が完了しましたら、三日以内に窓口までお越しください。それでは気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 持ち前の明るさと笑顔で、目の前の仕事をバリバリこなす。

 そうすることで、①ユフィが周りに認められる→②ユフィがチヤホヤされる→③ユフィだけが必要とされる→④レクスは働かなくてすむようになる。

 こうなる計算だった。


 そうしているうちに、働くことを気持ちいいとすら感じ始めていたユフィ。

 依頼待ちの冒険者を一通り捌ききると、達成感を噛み締めるように伸びをした。


「すごいな、ユフィ。大活躍だ」


 ふと声をかけられて振り返る。

 仕事の合間に様子を見に来てくれていたらしいレクスが、笑顔を向けてくれていた。


「ほかの職員さんも褒めてたぞ、正社員並みにバリバリ働いてくれて助かるって」

「えへへ、そんなことないよぉ~」


 想い人に褒められて嫌な気持ちになる人間なんていない。

 ついデレデレと笑みが溢れてしまい……ユフィはハッとする。


 ここで謙遜しては、存在感のアピールにならないじゃん……っ! と。

 いっそここは、もっと余裕ぶっこいたほうが周りから重宝されるのでは? と。


「……なんてね。これでもあたし、お姉さんですから。ふふっ」


 わざとらしく腕と脚を組み、かけてもいない眼鏡をクイッと持ち上げる仕草をして、精いっぱいバリキャリぶるユフィ。


「みんなよりちょ~っとだけ、冒険者歴はセ・ン・パ・イ……だからかしら。冒険者がどういう対応を求めているのか、すっごくわかっちゃうの。このぐらいは朝飯前よね」


 ふっふ~ん♪ とドヤりながら、レクスをチラリと見やる。

 彼はどこか誇らしげに微笑んでいた。


「確かに、ユフィはこういうの得意そうだもんな」


 その笑顔に、ユフィの胸はきゅぅっとなる。


「ユフィが周りに褒められてるのを見ると、それだけで俺も誇らしいよ」

「レクスくん……」


 ユフィは思った。

 本当のあたしは面倒くさい性格で、すぐ情緒も不安定になってしまうダメダメな子。

 本当はあたしのほうが、レクスくんにいっぱい支えてもらっている、と。


 だがレクスは、そんなユフィを突き放したりせず、こうして仲間として認め誇らしいとまで言ってくれた。

 ユフィにはそれが、ただただうれしかった。

 こんなにも満たされる気持ちを与えてくれるレクスくんが大好きで。

 だからこそ、そばにいてくれないとすごく困っちゃうんだよ……。


 と、脳内が乙女モードまっしぐらだったのを、グッと軌道修正する。

 ここで絆されるのはまだ早い。変に構ってちゃんな自分が出ると「やっぱ使えないねこの子」という感想を与えてしまいかねない。


「そうでしょう? そうでしょうともっ! あたしだって、やるときはやる女なの。それをレクスくんに見せつけられて、なによりだわ。もしかしたら、レクスくんより向いてるかもしれないわね、このお仕事。んふふっ」


 とにかくいまは、自分のほうが仕事のできる有能な存在であることを、自分にウソをついてでも、自分を誤魔化してでも、猛アピールしなくちゃいけない場面……!

 これもすべて、働こうなんて考えているレクスを改めさせるため!


「ユフィちゃん、この書類、確認して判を押して――」

「任せてっ。ふんふん……ちょっと数字の見積もり甘いかもしれないわね。経理に一回戻したほうがいいわよ。キリッ」

「あら本当ね。さすがユフィちゃん、ありがとう!」


「ユフィさん、明後日の会食なんだけど、店の予約を頼んでも――」

「もちろんですっ。六名で十九時からですよね? 先方のリクエストは魚料理だから、ここがよさそうねっ。アレルギー持ちの方はいらっしゃる? ふふんっ」

「特に大丈夫だって聞いてるよ。いや~頼もしいね。それじゃあよろしく」


「シズベットさん。第三会議室にお茶菓子を――」

「かしこまりましたっ! ちょうどいただき物のお菓子がありましたから、それを持っていきましょう。王都の老舗の焼き菓子ですから、きっと話も弾むでしょう。ドヤッ」

「気が利いて助かるよ~。そいじゃ、悪いけど頼むね」


 矢継ぎ早に頼まれる仕事を、余裕綽々とこなしていくユフィ。

 ああ、頼られるのってなんて気持ちいいんだろう!

 誰かに認知され必要とされるのって、こんなに安心できるんだな……。

 そんな幸せを噛み締めながら、ユフィは、もっとも頼られたい人――想い人であるレクスのほうをチラリと見やる。

 これだけバリキャリ有能アピールしてるんだ。「ユフィががんばってくれるなら、俺はヒモのまま家を守るよ!」って感じに、自分だけを見てくれるはず――、


「ここの仕事はユフィさんに任せて大丈夫そうだね。そしたらレクスはこっち手伝って」

「ん、了解。じゃあユフィ、またあとでな」


「……………………へ?」


 あとからやってきたシルヴィアは、ユフィの仕事ぶりを確認するや、レクスを連れ去っていってしまった。


「上長がレクスのこと、褒めてたよ。さすが勇者パーティーの軍師は覚えが早いって。ちょうど担当部署に欠員出ちゃったところだから、助かってるよ」

「いや、俺は大したことしてないから。シルヴィーの教え方がうまいだけだって」


 仲よさそうに並んで離れていく、レクスとシルヴィア。

 その背中を眺めながら、ひとりポツンと居残るユフィ。


「…………思い描いてたのと違ああぁぁう!!」



 * * *



「「「……勝てない……」」」


 そう漏らしたノエル、アイナ、ユフィは、自宅の広い湯船に浮かぶように浸かっていた。


「シルヴィア、強敵過ぎるわね」

「魔王よりヤバくない? 気のせい?」

「なんであんな自然に漁夫の利かっさらえるの……」


 ノエルたちのアピールは、現状、そのどれもが不発に終わっていた。

 なにかを仕掛ける度、シルヴィアが盗っ人のごとくレクスを奪っていくのだ。


「それでいてあの子、普通に有能なのがなおさら腹が立つ」

「ミスしないねぇ。仕事も早いし」

「【盗賊】職の人って、なんでみんなあんなに要領いいんだろ……」


 アプローチを変えて、シルヴィアのミスを自分たちが華麗にリカバリーする作戦を思いつくも、これも盛大に空振り。打つ手なしだった。


「これ以上、下手に小細工しかけると、ますます状況は悪くなりそうね」

「でも、他に作戦なんてあるかなぁ」

「……倒しちゃおっか、真正面から。ずばーんと」

「ダメに決まってるでしょ、バカ」

「犯罪者になっちゃうよぉ!」

「勇者が、レクスを巡って犯罪者に転落……ウケる」


「「ウケるか!」」


 アイナとユフィのツッコミが浴室に木霊する。

 ノエルは「冗談だってば」と口を尖らせた。

 そうしてしばらく湯船に浸かりながら、三人それぞれ思案する。

 が、結局良案は浮かばず。

 それどころかのぼせそうになったので、慌てて風呂から上がることに。


 ナイトウェアに着替えてリビングに戻ると、同じく寝間着姿のレクスとバッタリ会ってしまった。

 どうやら水を飲みにきていたらしい。


「最近、よく風呂も三人一緒だよな。仲いいな」


 こちらに気づいたレクスが、なんの気なしに笑顔を向けてくれる。

 それがうれしくもあり、悔しさすら強調させる。

 こっちの気も知らないで……。


「羨ましいの? 一緒に入る、レクスも?」

「軽蔑される勇気があるなら、検討はしますが?」

「あたしの駄肉見て笑わないって約束してくれるなら……」

「いやいやいや! さすがにそれはいいよ。俺抜きでゆっくり入れよ」


 …………むしろ入ってこいよ甲斐性なし!!


 と、出かかった言葉をグッと飲み込む三人。

 こういう変なところで紳士なのが、レクスの憎たらしいところであり、魅力でもある。

 それを否定しかねない、誤った道にいざないかけない言葉は、浴びせるものじゃない。


「そうだ、夕飯のときに言うタイミングなかったんだけどさ……」


 唐突に切り出したレクスの言葉に、思わずドキッとなる三人。

 それがいい話なのか、悪い話なのか。聞くことに恐怖心を抱きつつ二の句を待つ。



「実は、社員登用の話が来てるんだ」



「「「…………え?」」」







=====

 次回第33話の更新は、5月20日0時頃を予定しております。

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 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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