第31話 【SIDE:ガールズ】敗残兵がふたり

 翌日。まず動き出したのはノエルだった。


 仕事の途中、小休止を取るためだろう、レクスが仕事場を離れた。

 一方のシルヴィアは上司と会話中。

 この隙を逃すノエルではなかった。そそそっとレクスのあとを追う。


 彼は廊下を歩いて、途中の部屋にすっと入っていく。

 給湯室だ。

 職員なら自由に使っていい給湯室には、湯を沸かす簡易的な道具が置かれている。

 他にもコーヒー豆や紅茶の茶葉も常備され、自由に飲んでいいことになっていた。


 ヒョコッと顔を覗かせるノエル。

 思った通り。レクスはコーヒーを淹れようと準備していた。


「レークスっ。なにしてんの?」

「おお。お疲れ様。見ての通り」


 ――うん、知っている。だって見てたもん。

 ノエルはそう、心の中で相づちを打ってから、


「わたしが淹れてあげよっか、コーヒー」

「え? 悪いよ。自分の分は自分で淹れるって」

「いいからいいから。ふたり分淹れるのも手間は一緒」


 レクスの顔を覗き込むようなかわいらしい仕草で、ノエルは強引な提案を誤魔化す。


「じゃあ、せっかくだからお願いしようかな」

「ふっふー。素直でよろしい」


 作戦成功に内心でめちゃくちゃ喜ぶノエル。

 こうやって気が利き、美味しいコーヒーだって淹れられるとアピールする。

 それがノエルの、自身の優良物件アピール……の、第一弾だった。


 彼女の一番のセールスポイントは『レクスにとって一緒にいて楽しい存在であること』。

 同じ価値観でレクスと物を見て、感じて、楽しめる密な関係。

 そのアピールのためにも、コーヒーを淹れるこの時間は絶好の会話チャンスだった。

 ノエルはここぞとばかりに、アピール第二弾として、レクスとの距離を詰める。


「仕事慣れた?」

「それなりにな。ノエルは? パーティ求人の張り紙作り、もう慣れた?」

「うん、いい感じ。でもさっきNG出ちゃった。パーティーメンバーの構成案」

「え、なんで?」

「もうちょっと、一般的な冒険者目線に立って案を出してほしい、だってさ」

「ちなみにどういう構成案?」

「剣士ひとりに魔導師四人、僧侶ふたり、弓使いふたり」

「またすごいバランスの構成……」

「ダメかな? ありじゃない?」


 ノエルは、淹れ終わったコーヒーをレクスのマグカップに注ぐ。

 差し出すと、レクスは「ありがと」と受け取ってくれた。


「わたしならこの構成でも十分攻略できる。前衛多くても動きにくいだけだよ」

「それじゃない? 一般的な冒険者目線って。ノエルは自分を基準に考えちゃダメ」


 レクスはそう、釘を刺すように言う。


「ノエルはなんだから」

「――ッ!」


 特別な存在……。

 なんて甘美な響きなんだろう。

 その言葉だけが、ノエルの中で何度も何度も繰り返される。


「そ、そうかなぁ……」

「なにうれしそうに笑ってんだか」


 しまった、と反省するノエル。つい、にへへぇと破顔してしまった。

 それを誤魔化すように、コーヒーを口に含む。

 同じタイミングで、レクスもコーヒーを一口飲んだので、訊いてみる。


「美味し?」

「うん、美味しい。ありがとな」


 ああ、この笑顔だ。マグカップを持つ手だけじゃなく、心まで温かくしてくれる。

 ずっと眺めていたい。

 なんならこのまま給湯室ごと、ふたりしかいない世界に転移して――、


「あ、レクスこんなとこにいた!」


 くれないよねぇ、と。

 邪魔者……もといシルヴィアがやってきたことで、ノエルのテンションは一気に沈む。


「飲み物入れてたんだ。ここの紅茶、美味しいでしょ! 私が街で選んでるんだ」

「シルヴィーは昔から茶葉の目利きがあるもんな。けどごめん、今日はノエルがコーヒー淹れてくれて」

「え? レクスがコーヒー!? うっそ!」


 驚くシルヴィアに、ノエルはちょっとだけモヤッとしたものを感じてしまう。


「そんなに変なの? レクスがコーヒー飲むの」

「変じゃないけど、びっくり。この人、紅茶のほうが好きだったから。コーヒーは苦くて苦手だって。お気に入りは、私の淹れるロイヤルミルクティー」

「……え? そうだったの?」


 思わず不安げな目でレクスを見てしまう。

 そんな話、この数年一緒に旅してきて、聞いたこともなかったからだ。

 嫌いな物を飲ませてしまったんだろうか、という焦りがノエルの胸中に芽生える。


「コーヒー飲めないって言うの、恥ずかしくてさ。いまはもう平気なんだけど」

「飲めるようになったんだねぇ。偉い偉~い♪」

「ガキじゃないんだからやめろって……!」


 などと談笑しながら、レクスはシルヴィアに連れて行かれてしまう。

 仕事だからしかたがない。それはノエルだってわかっている。

 ただ……自分の知らないレクスを知っていて、レクスの喜ぶものを知っている昔の女に、呆気なくレクスを奪われたようで。


「……苦いなぁ」


 美味しいと感じていたはずのコーヒーの二口目は、複雑な味がした。



 * * *



 パーティー内でも比較的料理上手なアイナには、秘策があった。

 名付けて『手作りお弁当作戦』。

 レクスの健康を管理できるのは自分だけという優良物件アピールとして、使わない手はなかった。


 昼休憩の本鈴が鳴ると、アイナは弁当をふたつ持ってガタッと立ち上がった。

 レクスには、お昼に直接手渡す約束をしていた。その待ち合わせ場所に指定していた休憩所の長椅子に向かう。

 まだレクスはいない。ストッと座り、アイナは息を整える。

 仕事で触っていた魔導書のインクで手は汚れていないかな、とか、小走りだったせいで髪乱れてないかな、とか。

 そんなことばかりが気になってソワソワすること、三分ほど。


「ごめん、アイナ。お待たせ」

「ええ。待ちました。が、お気になさらず」


 好きな人の声につい浮かれそうになるのを、アイナは必死に堪えて平静を装う。


「どうぞ。これ、貴方の分です」

「ありがとな。作ってくれただけじゃなくて、わざわざ届けてくれて」

「別に、大した手間ではありませんから」


 平静であろうとすると、どうしてもぶっきら棒になってしまう。

 だが今日は、そんな自分の可愛げのなさを気にしている場合じゃない。

 そう意気込んで、アイナはおかずにフォークを刺して食べ始める。味はよし。

 黙々と食べる……フリをして。チラリとレクスを見やるアイナ。

 弁当の献立は、栄養をしっかり計算した上で、知る限りのレクスの好みに合せている。

 失敗するはずがない。そんな自信が確かにあった。

 でもそれはそれとして、彼の反応が気になってしかたなかった。

 レクスは子どものように目を輝かせ、どれから食べようか選んでいる。

 それが思いのほかかわいらしく見え、アイナの胸の奥はトクンと脈打った。

 レクスはようやく一口目を決め、アイナ自慢のミートボールにフォークを刺す。

 頬張って咀嚼するレクス。どんな感想が飛び出してくるのか、と胃がひっくり返りそうなほど緊張して待つ。


「ああ、うめぇ。アイナ、やっぱ料理上手いよなぁ」


 よっし、勝った!!

 笑顔と一緒に溢れ出てたレクスの感想に、アイナは心の中でガッツポーズをしつつ、


「ありがとうございます。おだててもなにも出ませんけど」


 つい照れ隠しで、素直じゃない言葉を投げてしまう。


「だいたい料理に関しては、貴方だってそれなりに上手いでしょうに」


 アイナは最初、単に料理スキルでレクスに劣っているのが癪だった。

 だから旅の最中、彼の見てないところで必死に勉強し、腕を磨いた。

 彼から「美味しい」を引き出せば、優越感で満たされると思って。


 でも、そんな未来は結局、アイナには訪れなかった。

 彼の「美味しい」を初めて聞いたときのうれしさは、喜びは、鮮明に覚えている。

 なぜならアイナにとってその日が、レクスに恋していると自覚した日だったから。


「俺が上手いかどうかと、アイナの料理が美味しいかどうかは、別の話……あれ?」

「なんですか?」

「アイナの分の弁当、おかずの量が少なくない?」


 言われて、アイナは自分の弁当に視線を落とす。

 確かにその内容量は、レクスのそれの半分ほどだった。


「私にとってはこれが適量なんです」

「いくらなんでも少なすぎじゃない? もっと食べなよ」

「……太らせたいんですか?」

「違うって。少なくて心配なだけ」


 心配。好きな人が、私のことを……?

 アイナの本心としては――死ぬほどうれしい。

 この量が自分の適量であることは間違いない。

 だがそれでも、彼の優しさには心が温かくなった。


「俺、今日はそこまでお腹減ってないし。少し分けるよ」

「いえ。貴方に必要な栄養を計算して作ってるんです。しっかり食べきってください」

「じゃあ夜にその分を食べるから。今はほら」


 こういうときに限ってやたら強引なんだから、この人は……。

 そう思いつつもアイナは、ここで素直になれたら距離感を変えられるかも、と。

 淡い期待と、気恥ずかしさと、元からの性分がせめぎ合う中、なんとかレクスの弁当にフォークを伸ばそうとして――、


「わっ。レクスとアイナさんのお弁当、美味しそう」


 突如として降りかかってきた、いま一番聞きたくもない声。

 泥棒猫……もとい、シルヴィアに邪魔されてしまう。


「アイナが作ってくれたんだ。美味すぎてヤバい」

「あはは、そうなんだ。てかよく見たら、レクスの好物ばっかじゃん」


 こ、この女ああぁぁ!!

 こっちの思惑がバレるでしょうがああぁぁ!!

 というか、なんで貴女が彼の好物を知っているの? 昔の女だから!?


 と粗ぶりそうな心を、アイナは強い理性で抑え込む。


「そ、そうでしたか。私も彼の好みは把握していましたが、そればかりになったのは偶然ですよ。ええ、全部偶然です」


 大事なことなのでアイナは二回言う。

 だがシルヴィアは、アイナの一見不可解な言動なんて気にも留めず、


「ねえレクス。私のおかず分けてあげるから、そのミートボールちょうだい」

「ええ~?」

「……は?」


 いま、この女なんて言った?

 ぎぎぎ……と壊れたマリオネットのように、シルヴィアのほうを向くアイナ。


「これ、めっちゃ美味いから取っといてあるんだよ」


 レクスは必死にアイナお手製ミートボールを死守する。

 貴方にしてはナイス判断、とアイナが思ったのも束の間。


「それっ。ひょいっ」

「あっ、おま……っ」

「――!?」


 か……かっ攫いやがったー!!

 レクスの一瞬の隙を突いて、ミートボールと自分のおかずを入れ替えやがったー!!


「ん~!! 美味し~♪ アイナさん、本当に美味しいです!」

 だがアイナには、シルヴィアの賛美は届かない。

 彼女の胸中は、盗っ人猛々しい元【盗賊】職の女に対する呪詛で満ちていた。


「お前、手癖悪いの昔から変わんねぇな」

「褒め言葉として受け取っとくよ。アイナさんも、私のおかず一品食べます? ミートボールのお礼に」


 シルヴィアは自身の弁当箱をアイナへ差し出してくる。

 きっとこういうとき、なんのけなしにシルヴィアのおかずを突けるぐらいの素直さがあれば、最初からアイナは勝ち確だったんだろう。

 でも――アイナにはどうしても、それができなかった。


「い……いえ。結構です」


 敵の施しを素直に受けるぐらいなら、鉄壁を作るほうが心中穏やかでいられる。

 そう、思っていたのに。なぜか心の中は、隅々まで悔しさに染まり。

 手にしていたフォークは、いつの間にか柄が曲がってしまっていた。







=====

 いやー……シルヴィアつっよ。

 あのノエルとアイナがヒロインレースで手も足も出ていないなんて……。

 作ったの僕ですけど、どうやったら勝てるんだ状態になってます。

 彼女たちのアピール作戦の行方はどうなるのか……!


 次回第32話の更新は、5月17日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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