第21話 募集枠の争奪
「「ユフィがスカウトされた?」」
それが、帰宅して事のあらましを話したあとの、ノエルたちの第一声だった。
「コンセプトカフェ……そんなものが流行り始めてたんですね」
「都市部を中心にここ数年で、店舗数が増えてるんだってさ」
「変わってってるんだねぇ、わたしたちが旅してた間に。世界は」
まったくだ。
いかに俺たちが世間との接点を絶って、根無し草でブラブラしてきたかがわかるよ。
「……で、当のユフィはあんな状態、と」
アイナがチラリと視線をやったのは、リビングのソファに座っているユフィだ。
「ふへ、ふへへへ……♪ あたしがスカウト? そんなに魅力的だったんだぁ。ふふっ。うれしい♪ あの子も見る目あるじゃ~ん、えへへへ~~~♡」
めっちゃ有頂天でクネクネしていた。
あのあとユフィは、褒め言葉を嵐のように浴びせられたせいか自己肯定感が爆上がりして、この数時間ずっとニマニマしっぱなしだった。
幸せそうでなによりだ。
「でも、楽しそうじゃんね。このバイト」
ユフィが持ち帰ってきた、コンカフェのキャスト募集のチラシ。
それに目を落としてノエルは続けた。
「かわいい衣装は自由に選べて、お店側が支給。勤務時間も週一の二時間からオッケーのシフト制。基本給も悪くないし歩合も乗っかる」
確かに、ここまで聞く分には条件も悪くないのだろうけど。
「なにより、キャストみんな仲良しでアットホームな職場、だって。よくない?」
「「それが一番胡散臭い……」」
アイナと俺の言葉が重なる。
ノエルがこれを読んで「楽しそう」と思うのは、性格的に「だろうね」って感じだが。
「貴方はどう思います? 私はどうも、いかがわしい匂いを感じます」
「同感。普通の喫茶店や酒場とは、毛色が全然違うんだろうなとは思う」
もっとも、そう感じる理由は明確に言語化できていない。
気のせいって可能性も十分あるだろう。
ただ、気がかりなことはある。
「店でチラシをくれたキャストの人、妙に距離感が近いっていうか、男を誘い慣れていそうっていうか。ああいう接客が常態化してる店なのか? って思っちゃうとな」
そうまで言ったあと。隣のダイニングチェアに座っていたはずのアイナが、わかりやすく椅子を引いて俺から距離を取った。
「……どした」
「一瞬でも鼻の下を伸ばしたのであれば、不潔だなと」
「伸ばしてない、伸ばしてない」
あれぇ? 同じ意見を持つ味方だと思ったのに。めっちゃ警戒されてるんですけど。
「ユフィ。ひとりだけなの? この募集枠って」
「あれ、ノエルも興味あるの? でもざ~んね~ん♪ 募集枠ひとりなんだって! そんな貴重な枠にあたしが勧められるなんて……うふふっ♪」
ユフィ、お前……。無自覚に煽ってるぞ、それ。
そんな言い方したからか、案の定ノエルは「ふむ……」と考え込む。
ああ、これ、次は絶対こう言うな。
面接受けてみようかな、わたしも……って。
「面接受けてみようかな、わたしも」
はい、一語一句当たってました。さすがだね、俺。
「貴女、正気?」
「もち。稼げそうじゃん。なにより、楽しそう」
「怪しそうとか思わないの?」
「逃げればよくない? いざってときは」
それできるのは神速の剣技が自慢のノエルだけだって、とツッコみたくなったが、それより先にユフィがソファから身を乗り出す。
「え~!? 止めてよ、あたしが推薦されてるやつなのにぃ! ノエルまで面接来たら、絶対ノエルのほうが採用されちゃうじゃん……」
「うん、そう思う。だってかわいいもんね、わたし」
「やだやだやだぁ!」
ノエルがむふーと煽り返すと、二十四才児は精一杯の駄々をこねてきた。
でもすぐハッとして、
「……まさか、アイナも?」
「はぁ? 私は興味ないから。こんな怪しいバイト」
持っていたチラシをテーブルに放るアイナ。
確かに、仮にちゃんと健全な店だったとしても、生真面目なアイナが働いてる姿って想像できないな。それどころか、過剰な接客を求める客を魔術で消し炭にしそう。
「いま貴方、私じゃそもそも似合ってないし働けない……とか考えてました?」
「え!? いやいや、そんなんじゃないよ!」
ギッと睨み付けてくるエスパーなアイナ、こっわ。
それはそれとして、だ。
妙な対抗意識で働く気満々なユフィとノエルを思いとどまらせるのは、至難の業だろう。
だったらむしろ、働いているところを常に見守り、いざというときに助けられる状態を作るほうがいい気がしてきた。
ただ問題は――、
「これ、男性スタッフは面接すらできないんだな」
チラシには女性キャストのみ募集と書かれている。
男が関われる余地はなさそうなんだよな。
「え、レクスくんも働きたかったの?」
「じゃあしちゃおっか、女装。てか昔、一回したじゃんね」
「魔族と結託してた地方領主の社交界に潜入する依頼のときよね。懐かしいわ……ヒドい女装に笑いを堪えるので必至だった」
「嫌な思い出掘り起こさないでくれるかなぁ」
しかもよりにもよってその領主、俺が一番美人だとか抜かして夜伽に誘ってきたんだよな。あんなに鳥肌立って脂汗まみれになった経験、後にも先にもあれだけだったわ。
って、そんな話はいまどうでもいい。
「働くつもりはないけど、監視役として潜り込めないかなって。本当に健全で安全な店なのか見定めないと」
「ああ、そういう。でも大丈夫じゃない? たぶん」
「そうだよ、レクスくんの考えすぎだよ」
案の定、ノエルとユフィは一切気にしていない様子だ。
「……ていうか! そんなに気になるならレクスくん、遊びに来れば?」
むしろユフィはそんな提案までしてくる始末。
「あたしもレクスくんを接客できるし、レクスくんも監視しながらコンカフェ楽しめるでしょ? 一石二鳥じゃない?」
「確かに選択肢のひとつかもしれないけどさぁ……」
いざ客として入店する未来を想像すると、小っ恥ずかしく感じてきた。
「いい案かもね、それ。レクスだって眼福じゃない? かわいいわたしが接客してあげるんだし。珍しい衣装姿も見放題だし」
案の定、ノエルもノリノリだ。
そういう言い方されると、緊張してますます足を運びにくくなるんだけど?
でも
働くつもりも、働く枠もない以上、監視するには来店するのが手っ取り――、
「――なら、私も受けます。その面接」
突然心変わりしたように、アイナが挙手して言った。
「え、どうした急に」
「貴方が潜入できない以上、貴方と意見を同じくする私が監視役に適任でしょう」
確かにそれが一番、手段としては的確だろう。
アイナ自身の気持ちの問題を勘定に入れなければ。
「いいのか、本当に? 無理してない?」
「友達が心配という気持ちには変えられないでしょう? それに……」
アイナは、どこか言いにくそうに二の句を継いだ。
「万が一億が一、貴方が来店するというのであれば……わ、私が徹底的に接客しないと、すぐ鼻の下を伸ばしてお店に迷惑かけそうですし?」
「俺、ケダモノかなんかだと思われてるの?」
でも実際、俺では監視役は務まらなそうだし。
いざというときは、しっかり者のアイナのほうが頼りにもなるだろう。
「わかった。頼むな、アイナ」
「貴方の頼みを訊くわけではありませんが……わかりました」
「むぅ。ライバルが増えた。負けられないね」
「えーん、あたしがスカウトされたお仕事なのにぃ……!」
こうして女子三人、なんやかんやでコンカフェの面接を受ける意を固めたわけだけど。
うーん、本当に大丈夫かな……。
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