第四章 ぴえん系戦士はもっとオトナぶりたい
第20話 スカウトされちゃった
「……本当に建ってる……」
心地よい陽気に満ちている、昼過ぎの王都。
俺は、その中央の広場である物を見上げていた。
俺やノエル、アイナ、ユフィを象った、大きな銅像だ。
あたりは平日昼間にもかかわらず、その銅像をひと目見ようと多くの人が集まっていた。
「え~? サイン~? どうしよう、考えてなかったよ~♪ 普通の署名でもいい?」
俺の背後では、さっきからユフィのウッキウキな声が聞こえている。
振り返れば、彼女の周りには人集りができていた。
みな一様に、携帯用の鉛筆と紙をユフィに差し出しサインを求めている。
「いや~、こんなことならちゃんと考えておけばよかったよ~、えへへ~♪」
困ったようなセリフとは裏腹に、ユフィは満面の笑みだ。目には見えない尻尾をブンブン振っているのがわかる。チヤホヤされるのがよほどうれしいんだろう。
今日、俺とユフィはちょっとした日用品の買い出しで王都の中心街に来ていた。
そして、立ち寄った商店のおばちゃんから「あんたたち勇者さまご一行の銅像建ったんだよ! 見ていきなよ」と勧められて見に来て、いまに至る。
こんだけ取り囲まれ賞賛されているのを目の当たりにすると、改めて俺たちは、すごい偉業を達成したんだなと思い知らされる。
「えっへへぇ。すっごい有名人だね、あたしたち♪」
サインを求める人たちを一通り捌ききったアイナは、ご満悦だ。
「さっきの商店のおばちゃんも、あたしたちのこと見ただけですぐ割引してくれたし」
「定価で払うって言ったのに、聞いてくれなかったよなぁ」
「いいじゃんいいじゃん。ああいうご厚意には甘えておくもんだよ」
世の中そうやって回ってるんだよと、でも言いたげだ。大人だなぁ。
「……待って? これワンチャン、酒場でもサービスしてくれるんじゃない!?」
あ、違った。ちょっと厚かましいだけだこの人。
するとその厚かましい女子は、目にキラッキラの星をちりばめて、
「ねね、レクスくん! 買い物も終わって、他にすることもないし……」
「え? まさか、昼間っから飲む気?」
「うん! 軽~く引っかけちゃわない? ね、行こうよ行こうよ行こうよ~♪」
「ダメな大人だなぁ……」
でも、俺も人のことは言えないな。
世間は平日の昼間。大人は働いている人たちばかり。
一方、無職で猶予期間{モラトリアム}満喫中の俺たちは、関係ない。
なかなか叶えられない昼飲みができると思うと、ちょっとワクワクしている。
「そんじゃあダメな大人同士、2、3杯引っかけていくか」
「やった~♪ じゃああたし、お店開いてるかちゃちゃっと見てくるー!!」
そう、脱兎の勢いで店の中に消えていったユフィ。
どんだけ酒が飲みたいんだか。
彼女のあとを追って、俺も店のほうへ歩き出した――、
「そこのお兄さん! よろしければチラシ、どうぞ♪」
急に目の前に女性が現れて、一枚のチラシを俺に差し出してきた。
「って……勇者パーティーのレクスさんですよね!? わぁ、ぜひもらってください!」
すごいな、本当に誰も彼もが俺たちのこと認知してるよ。
ただ俺は、そんな事実より、目の前の女性の装いが気になってしかたなかった。
王都はおろか、この国ではなかなか見かけない服装だ。
一枚の生地で編まれた布を羽織るように着て、腰に太い帯を巻いて留める。
ボタンやベルトといった道具を使わない着こなしが伝統の、『キモノ』だっけ?
数年前、みんなと東洋の国に訪れた際、めちゃくちゃ見かけた記憶がある。
「あ、これ気になります? かわいい衣装ですよね♪」
「え、ええ。そうですね」
「そんなレクスさんなら、ウチの店、楽しめると思いますよ!」
言いながら、女性は再度チラシを差し出す。
かわいらしい筆致で色彩豊かにまとめられている。
その一文目は、さっそく聞き慣れない言葉で始まっていた。
「コンセプトカフェ?」
「はい! 名前の通り、コンセプトに沿った内装や衣装でお客様をおもてなしするカフェのことです。たとえばウチだと、東洋文化がコンセプトですね!」
なるほど。だからキモノを着てるのか。
顔つきは見るからにこの国の人なのに、なんで? と思ってたけど、合点がいった。
「ぜひ遊びに来てくださいよ~。なんなら、いまからでも!」
「いや、俺いま人を待たせてて……」
「じゃあ、その方も一緒に! サービスしちゃいますよ……勇者さま♪」
そう、妙に蠱惑的な声で誘ってくるキモノ女性。
気づけば俺の手は、その女性に優しく握られていた。
これは確かに、心が揺らぐ……!
でもユフィを放っておくことはできない。そう、断ろうとしたときだ。
――ガシャン。
背後でなにかの落ちる音が聞こえ、思わず振り返る。
「……レ……レクスくん?」
茫然自失、といった様子でこちらを見つめているユフィ。
その足下には、商店で買ったばかりの日用品が入った紙袋が、悲しく落ちていた。
やがて、じわじわと目尻に涙を浮かべ始めたユフィは――、
「やだああぁぁぁ!」
ガバッと俺に抱きついてきた。
「やだやだやだー! レクスくん盗らないでー!」
「いだだだだ!」
ぴえーんと泣きながら俺に抱きつき、キモノ女性から引き離そうとしてくるユフィ。
けどなまじ大型戦斧使いの戦士職。本気を出せばその怪力は、木の幹すら砕くレベル。
人間なんてクッキーみたいなもんだ。
要するに――このままじゃ俺は死ぬ!
「ちょっ、強い! 力、強いから!!」
「あ、ご、ごめん! つい……」
ユフィはハッと我に返って、抱きつきを緩める。
よかった、命は助かった……。
「別に俺、どこにもいかないよ。ユフィについてこうとしたら、お店紹介されてただけ」
「そうなの? そうだったんだ……ううぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。早とちりでレクスくん絞め殺しちゃうところだったよね」
「ほんとそれな。ユフィが人殺しにならなくてよかったよ」
ユフィは緩い力で俺に抱きついたまま、エグエグと泣いている。
豊満な胸がギュッと押し当てられている状態は、普通だったら喜ぶべきなんだろう。
けど死なずにすんだ安堵感がでかくて、それどころじゃなかった。
「ていうかレクスくん!」
泣いていた、かと思えば。今度は上目遣いでキッと俺を睨むユフィ。
「なんでもっときっぱり断らないの!?」
「え? いや、断ろうとしたけど押しが強くて……」
「強引に振り払えばよかったのにぃ……。女の子はいまみたいのでも、すぐ不安になっちゃう生き物なんだから……」
えぇ……知らんがな。そうだったんだ。次からは気をつけよう。
ともあれ。イジイジぷくーっと頬を膨らませているユフィを、どう宥めたもんか。
そんなことを考えながら、ふと、さっきまで話をしていたキモノ女性を見やる。
なぜかキモノ女性は、目をキラキラさせていた。
「……いい。いいですよ、お姉さん!」
そして、俺を突き飛ばしてユフィの手をギュッと握る。
さっきからみんな、俺の扱い雑くない?
「そのほどよい依存感、ナチュラルなボディータッチ、感情豊かなノリ、なにより男受けしそうな抜群のスタイル……まさにダイヤの原石!!」
「え? え?? 原石……あたし、のこと?」
ユフィは困惑しながら、俺と女性とを交互に見回す。
いや、こっちを見られても困るんだけど。俺も事態をよくわかっていない側なんだから。
「お姉さん――コンカフェのキャストに興味ありませんか?」
キモノ女性は、そう、キラキラした目で続けた。
「ぜひ、姉妹店のキャストさんにスカウトさせてください!!」
=====
始まりました、ユフィ当番回です。
一番年上なのに一番面倒くさくてダメかわいいお姉さんです。
レクスをヒモにした彼女がどんなアプローチをしていくのか。
どうぞお楽しみに。
次回第21話の更新は、4月14日0時頃を予定しております。
ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。
おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!
引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。
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