第三章 シニカル魔導師は恋心を拗らせすぎている

第12話 適材適所

「バイトを探しに行ってきます」


 迷宮配信の保存者権利アカウントが削除された日から数日後の、今日。

 朝食を終えリビングでのんびりしていると、唐突にアイナが言った。

 突然の宣言に、その場にいた俺、ノエル、ユフィは思わずポカンとなってしまう。


「……さすがにいってらっしゃいの一言もないと、イラッとしますね」

「ああ、ごめん! いってらっしゃい」


 ジトッとした目を向けられ、俺は慌ててソファから起き上がる。

 アイナの言うことは正論だ。彼女がバイトを探しに行くのは、俺を養うため。

 彼女たちの厚意でヒモを満喫しているとはいえ、あまりに厚かましすぎた。

 そんな負い目があるからだろうか。


「俺もついていこうか?」

「……なぜ?」


 そう首をかしげるアイナは、心底疑問に感じているようだった。


「いや、ひとりで行かせるのも申し訳ないなって……」

「貴方をヒモにすると決めたのは私たちです。気にし過ぎでは」

「そうだよ、レクスくんはゆっくり休んでなよ。疲れちゃうよ?」

「そういうユフィは休みすぎよ。貴女もバイト探す側でしょう」


 ぐうの音も出ない正論ツッコミに、床のカーペットに寝転んでいたユフィは「ぐぅ……」と漏らした。


「じゃあ、わたしたち三人で行ってこよっか、せっかくだし」


 ノエルはそう提案しながら、ソファから立ち上がる。


「レクスはお留守番お願いしていい?」

「ああ、構わないけど……」

「ん、じゃあ決まり。ほら、ユフィも起きる」

「は~い」


 のそっと起き上がったユフィ含む三人は、そのまま「行ってきまーす」と玄関のほうへ向かった。


 広いリビングに、ポツンと俺ひとり。

 魔王討伐をがんばりすぎて働く意欲のない俺を、三人はヒモにしてくれた。

 こののんびりとした時間は、俺が自由に消化していい猶予期間モラトリアムだ。

 心の英気を養うための時間でもある……はずなのに。


「なんか…………寂しいな」


 無意識に漏れ出ていた言葉に弾かれたように、俺は玄関へ小走りに向かった。

 玄関先ではいままさに、アイナたちが出発しようとしていたところだった。


「待って、やっぱ俺も行く」


 引き留めると、三人は揃って俺のほうを振り返った。

 俺を不思議そうに見ながら、アイナが言った。


「貴方がバイトするわけじゃないんですから、来る必要ないと思いますけど」

「かもしんないけど……みんなと一緒にいたいんだよ」


「「「――っ!」」」


 この大きな家にひとり留守番は、たった一時だとしても、申し訳なさと寂しさで潰されそうだしな。

 するとアイナは、小さく息を吐いた。


「ま、まあ……勝手にしたらどうです?」


 そう答えたアイナの耳は、心なしか赤くなっているように見えた。



 * * *



 そんなこんなでやってきたのは、冒険者協会だ。

 協会の扉を潜るや、あちこちから飛んできた「え、本物の勇者パーティー?」「あいつらが魔王を……」みたいな視線と声の嵐を通り抜け。

 勇者パーティーが仕事をもらいに来たことにギョッとしている受付嬢に事情を説明し、持ってきてくれた仕事というのが――、


「魔導書作り体験の、特別講師?」


 アイナは言いながら、依頼書を手に取った。


「王都内の魔導書工房からのご依頼です。魔導書作家の後進育成の一環で、十五歳以上の一般人や冒険者を対象に魔導書作成の工程を体験してもらう。その講師の募集ですね」


 俺たちの生活に欠かせなくなっている魔導書は、既存の魔導書の増刷だけでなく、いまなお新しい本や、かつて使われていた魔術の加筆修正ブラッシュアップ版が日々制作されている。

 魔導書工房はその現場だ。

 お抱えの、あるいは業務委託契約の魔導書作家が、魔導書の要である本文……呪文や簡易魔法陣を執筆。

 さらには、そうやって書かれた魔導書の製本も行っている。


 業界を維持、発展させるためにも、興味がある人を惹きつけ人材を発掘するのは大事だ。

 この体験会は、その点で意義のある取り組みなんだろう。

 しかも勇者パーティー《うち》には、講師として適任中の適任者もいる。


「おもしろそうじゃん。アイナ、請けてみたら?」


 そう勧めるが、アイナは渋っている様子だった。


「報酬、けっして高くはないですよ?」

「でも絶対アイナに合ってる仕事じゃん。アイナだからこそ務まるっていうか」


 するとアイナは、一瞬目を見開き、けどすぐにムッとした顔つきになる。


「私のなにを知っているというんですか。適当なことを言って……」

「そうか? 適材適所だと思うけど」


 アイナはなんだか納得していない様子だった。

 うーん……こっちの意図や思いを正しく伝えるって、やっぱ難しいな。

 どうしたもんかと考えていたら、ノエルとユフィがヌッと身を乗り出してきた。


「じゃあ、わたしが教えようかな。魔導書作り」

「あっ、ズルい。あたしも教える~♪」


 依頼書を見るや、なぜか教える気満々になっているふたり。

 ふと、素朴な疑問が浮かんだ。


「ふたりって魔導書書けたの?」

「「ううん、全然」」

「じゃあダメじゃん」


 その即答ぶりでよく講師側やるなんて言い出せたな。


「でも請ける気ないんでしょ、アイナ。ならわたしが引き受けてもいいよね?」

「書けるかはわからないけど、書いてる人は近くで見てきたし。たぶん大丈夫!」

「なにも大丈夫じゃないだろ、そのレベルは」


 そんなノリで書けるなら、体験会の需要はそもそも生まれないだろ。


「んでさ、レクスは体験会のほうに参加しなよ」

「え?」

「――っ!」


 一瞬、そばで誰かの息をのむような音が聞こえた……気がするけど。

 それを確かめる間すら与えず、ユフィが言う。


「いいねいいね。レクスくんがどんな魔導書書くのか、お姉さん気になるなぁ♪」


 ユフィとノエルは、ズイッと俺に身を寄せてきて、続ける。


「一緒に作ろう? あたしとふたりだけの、ヒミツの魔導書」

「だめ。どうせ作るなら、わたしとの思い出の魔導書にしよ」

「なんでいちいち『ヒミツ』とか『思い出』って修飾するかね」


 いったいなにを画策してるんだ、このふたりは。

 でも俺も、魔導書作りに興味があるのは正直なところ。

 文才なんてないと最初から距離を置いていた世界だったけど、猶予期間中に新しいことを始めてみるのもいいかもしれない。

 ふたりが講師をする是非は抜きに、体験会への参加はありかも、と答えようとしたとき。


「わかりました」


 ふたりから依頼書をスッと奪い取ると、アイナはきっぱりと宣言した。


「引き受けます、この仕事」





=====

 次回第13話の更新は、3月21日0時頃を予定しております。

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