第10話 【SIDE:ノエル】好きになるには、十分すぎる理由でしょ

 迷宮の最奥部は、大きなドーム状の空洞になっていた。

 ちょっとだけ懐かしい。レクスたちといまのパーティーを組んでから、初めて倒したのがここのぬしだったっけ。


「……懐かしいな」


 どうやらレクスも同じように懐かしんでくれていたみたい。

 同じ思い出を共有してるって、なんかいいな。うれしい。


「前来たときは、オーガだったよね。それも、めっちゃでっかいの」

「ああ。パーティー組みたてだったから、なかなか骨の折れる主だったよ」

「あれ? そうだったっけ?」

「そうだよ。全然連携がうまくいかなくてさ。ノエルが強いから勝てたようなもん」

「そうだったんだ。さすがわたし」


 わたしは昔から、剣の才能は誰よりもあった。


 地方領主の娘――いわゆる貴族令嬢のくせに、体動かすことばっかり好きだった。

 剣術の師範せんせいが教えに来てくれる習い事の日を、なにより心待ちにしていた。

 だって『楽しかった』から。


 逆に礼儀作法とか堅苦しいドレスの着付けとか、面倒なことからはひたすら逃げてた。

 だって『楽しくなかった』から。


 十歳のころ、師範が剣術でわたしに勝てなくなると、みんなわたしに期待するようになった。

 わたしも応えるためにがんばった。褒めてもらいたくて結果も出した。


 でも気づいたらみんな、わたしのことを「天才だしできて当たり前」って評価するようになった。

 同世代からは嫉妬までされて、息苦しくもなって。

 期待するだけバカを見るんだな、って思った。


 だからやめた。期待することも、求められたことを期待通りにこなすのも。

 たとえそれが、どれほど突拍子もないことでも。自分の興味あることだけ、『楽しそう』って思えることだけを、自由気ままに楽しむことにした。


「いまはなにがいるんだろうね、主」

「なんでワクワクしてんの」

「えー、だって楽しくない? なにが出てくるのか、なにと戦うのか、どう戦うのか。楽しいじゃん、そういうの考えるの」

「僧侶の俺に同意を求められてもなぁ」


 笑いながら肩をすくめるレクス。

 そして、言った。


「でもまあ、確かに。ノエルと一緒なら、楽しいかな」

「……っ」


 ほら、もう。そういうとこなんだよ、レクス。

 そういうことをずっとずっとずっと言ってくれるから、好きになっちゃったんだよ。

 そりゃあレクスもたまに、わたしのことを「突拍子もない」って指摘するよ?

 けど絶対に否定はしない。「それもノエルのいいところだよな」って受け入れてくれる。


 初めてだったんだ。ありのままのわたしを受け止めてくれる人が。

 同じ目線に立っていろんなことを楽しんでくれる人が。

 こんなにも居心地のいい居場所があるんだって思えたのが。


 広いようで狭い領地世界では得られなかったそれが、ただただうれしかった。

 自分の価値観を尊重してもらえる生活が、なんて幸せで心地いいんだって痛感した。


 彼の隣は、世界で一番自由で、安らげる居場所。

 だからわたしは、レクスの隣にいたい。わたしだけの居場所にしたくなるの。


「……ふふっ」

「どうした、急に笑って」

「ううん、なんでもな~い」


 彼とふたりきり。改めてそれがうれしくて、ウキウキしてしまった。

 けど、突如ヒリッとした空気を感じて、気持ちを切り替える。


「……来たな」

「うん」


 ドームの中央。魔法陣が薄ぼんやりと輝き始めた。

 たちまち、周囲の魔力が渦を巻いて集まり出す。本来は目に見えない魔力も、あまりにも濃度が濃いからか、不気味なほどに真っ黒で。

 やがて黒い靄の中に、ぎろりと瞬く二つの光が生まれて。

 その二つの点が、のっそりと起き上がるように高く高く上ったのと同時、靄が散る。

 目の前に現れたのは、全身を岩で構築された巨人――ゴーレムだった。


「……でかいな」

「でっかいね」


 ゴーレムって言っても、大きさとか構成する素材はさまざま。

 岩の固まりのゴーレムは一番ベーシックなタイプで、普通なら三メートルぐらいのはず。

 だけど目の前のやつは五倍はある。

 レクスとふたり、見上げながら呆気にとられてしまう。


「どうする?」

「どうするもこうするも、戦うしかないだろ」

「うん。じゃあ――


 問うと、レクスは目を細め顎に手を添えた。

 これだ。この状態だ。レクスがすごくなる瞬間は。

 俺なんて……って卑下してばっかなレクスの本領が、発揮される瞬間。


「五秒後――来るぞ」


 レクスが言うと同時、わたしは剣を抜いて構えた。

 ほぼ同じタイミングで、ゴーレムはその巨大な腕を振り上げた。

 レクスの予想、ドンピシャだ。


「右に三メートル、ステップ。跳躍して肩に着地」

「ん、了解」


 少し後ろに下がりながら出したレクスの指示通り、わたしは右横に跳ぶ。

 同時に振り下ろされたゴーレムの腕は、さっきまでわたしの居た場所を叩き潰す。

 もしその場にとどまっていたり、三メートル未満の位置にいたら、潰されていたな。

 攻撃のあとの隙を突いて、わたしは跳躍する。


「着地したら十秒待機。足下滑るぞ、気をつけて」


 レクスの指示を聞きながら、ゴーレムの肩に着地する。

 あ、本当だ。意外に滑る、この肩。岩と岩の付け根に剣を刺して支えにする。

 レクスが教えてくれてなかったら、ちょっと油断してたかも。

 しかもゴーレムは、肩に乗ったわたしが鬱陶しいのか、体をぐわんぐわん揺らしながら振り落とそうとしてくる。

 でも問題ない。剣を刺しておけば、十秒耐えられる。


「急所見せるぞ。5、4」

「3、2」

「「――1」」


 わたしとレクスのカウントダウンが、ピッタリ重なった次の瞬間。

 ゴーレムは全身の岩の連結を解いた。

 いつまで経っても落ちないわたしに業を煮やして、体の形を変えようとしているんだ。

 でも、それこそレクスの言うとおりだった。

 人でいう心臓あたりの位置。岩に重なって隠れていた黒い核が露出した。

 レクスの指示通り、わたしが肩に着地してから、ピッタリ十秒後に。


「――シッ!!」


 鋭いひと突きで核を貫く。鉱石でできた核は、切っ先の触れている部分からヒビを走らせ、一瞬で砕け散る。

 核を失ったゴーレムは、作り替える途中だった体をゴロゴロと地面に転がしていく。

 残ったのは、ごつい岩の山だけ。

 あっけないほど簡単に、主の攻略完了だ。


「さすがノエル。正確無比のひと突きだったな」


 剣を鞘に収めていると、レクスは自分事みたくうれしそうに褒めてくれた。


「ふふっ。ありがと。レクスの分析も的確だったよ」

「別に大したことじゃない。分析できたってノエルがいなきゃ勝負になってないし」


 また卑下して。レクスはほんと、自分がいかにすごいかわかってないなぁ。


 膨大な知識と熟練の観察眼で、相手の些細な挙動から数手先の動きを読み切る能力。


 それがどれだけすごいことかわかってないんだから、ある意味ですごいよ。

 この勇者パーティーが魔王討伐できたのは、他でもない、レクスのこの能力のおかげ。

 彼がいつどこで、どんなふうに身につけたのか、実はよく知らない。

 けどレクスが軍師として、このパーティーになくてはならない存在である理由だ。


「わたしも、気持ちよく戦えた。レクスの指示のおかげで」


 あれだけ他人に指図される不自由さを嫌っていたのに。

 従ったって評価されない社会や他人に、期待するのをやめたのに。

 レクスだけは違ったんだ。指図の質が全然。

 わたしの動きたい動きや、動きやすい動きに合せてくれる。

 終わったら褒めてもくれる。褒めてもらえることを、つい期待しちゃう。

 だから、この一言に尽きる。


「やっぱ――」



「やっぱ相性いいのかな、俺たち」



 レクスは言った。

 わたしより先に、わたしの思いと同じことを。


「……え?」

「なーんて、指示出してただけのくせに、なに言ってんだかって話だけどな」


 レクスはそう、照れくさそうに卑下して笑うけど。

 わたしは、うれしかったんだ。同じことを考えてくれていたことが。

 同じ価値観でものを見て、感じて、感想を共有できる。

 それにどれだけ、わたしの心が救われてきたか。


「そんなことない」


 そういう、一緒にいて楽しくて気持ちのいい相手。

 だからこれからも、一緒にいたいって思えるの。


 好きになるには、十分すぎる理由でしょ?


「そんなこと、ないよ」

「そ、そうか? ならいいんだけど」


 余計なこと言いすぎたかなぁ、みたいな顔してちょっと赤くなってる、レクスの向こう側で。沈黙していた転移魔法陣が輝き出すのが見えた。

 起動した証だ。よかった。これで地上に帰れる。

 でも正直言うと、ちょっと寂しさもある。

 転移したらもうこのドキドキを、簡単には一人占めできなくなるから。

 だから――。


「……魔法陣、先にレクスが使いなよ」

「え? 一緒に帰ればいいじゃん」

「もしかしたら、アイナたちが遅れてここ来るかもしれない。地上戻ってるかもだけど。とりあえず五分だけ様子見する」

「なら俺も――」

「いいから。ここに残るほうが危険だし」


 戦闘になっちゃったら、戦うすべを持ってないレクスはわたしよりか弱いからね。


 ――っていう言い訳を、用意したいから。


 レクスは「わかった」って頷いて、魔法陣を踏む。


「配信のつもりが、とんでもないことになっちゃったな」


 魔法陣の光が徐々に強くなっていく中で、レクスはわたしにそう言ってくれた。

 気を使ってくれてるんだろう。うれしいなぁ、そういう一言。

 うれしかったから、わたしは精一杯の笑顔で答える。


「でも、楽しかったよ。わたしたちらしい冒険だったじゃんね」

「確かに」


 はにかむレクスに、心臓が強く脈打つ。

 その鼓動に押し出されるように、


「ねえ、レクス」

「うん?」


「好――」


 溢れ出た言葉は、けど、レクスに届かない。


「――きだよ」


 届く前に、レクスは転移してしまったから。

 さっきまでレクスがいた場所には、転移が働いた時の光の粒が薄らと舞っているだけ。


 情けないな、わたし。

 体のいい言い訳で先に転移するよう促して。

 聞こえてたらあとがなくなって、聞こえてなかったら猶予が残る。

 そんな逃げの戦略をとらなきゃ、たった二文字の本音すら言葉にできないんだから。


 ……五分で足りるかな、平常心取り戻すのに。





=====

 次回第11話の更新は、3月15日0時頃を予定しております。

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