第9話 【SIDE:ノエル】間違えないよ、優先順位

 ズキズキする全身の痛みが、わたしの目を覚まさせた。

 なにが起こったのか思い出す。


 そうだ、わたしたち、迷宮の崩落に巻き込まれて落っこちたんだった。


 体を起こすため地面に手をつこうとして、ふと違和感を覚える。

 わたしの下に、なにかある。というか、居る。でも暗くてよく見えない。

 少し慣れてきた目をこらす。

 レクスだった。

 わたしの下で仰向けになって倒れていた。


「レクス? 大丈夫?」

「……う……ん……」


 呼びかけには応じてくれた。意識はあるみたいだ。

 レクスはゆっくりと目を開けた。

 目と鼻の先にいる彼の覚醒に、まずはホッとした。


「……大丈夫……か?」

「わたしより自分の心配しよ。動く? 体」

「……ああ。大丈夫。ちゃんと感覚ある。ていうか全身痛い」


 安心した。わたしは体を起こすと、レクスの隣に膝をついた。

 上体を起こそうとする彼を手伝ってあげる。強く痛がっている様子はない。骨折はしてなさそう。打撲ぐらいだろうか。


「ノエルは……さすがだな。大丈夫そうだ。けど念のため【御心ール】かける」


御心ール】――魔術と違って、僧侶にしか使えない癒やしの術。

 レクスは自分の役割ロールに従って提案してくれている。

 けどどう見たってわたしより重傷なのはレクスだ。


「先に自分にかけて。あとでいいよ、わたしは」

「けど……」

「いいから」


 渋々といった様子で、レクスは自分の体に手を添える。


「聖なる光よ。全ての痛みを癒やし、心に平穏と温もりを与え給え――【御心ール】」


 柔らかな光がレクスを包む。体中の擦り傷がたちどころに治っていく。

 さっきまで痛みに悶えていたような表情も、いつものレクスの顔に戻っていた。

 そして自分が終わると、わたしの手を取り同じように【御心ール】をかけてくれた。

 お互い傷を癒やし落ち着いたところで、改めて状況を整理する。


「どのぐらい落ちたんだ、俺たち」

「さあ。でも最下層じゃない? 上の様子も全然見えないし。たぶん」

「そうか……。とにかく、歩けるなら移動しよう。アイナとユフィも探さないと」


 レクスは立ち上がると、辺りを見回した。わたしも同じようにする。

 道らしい道はふさがってしまっていた。崩落の影響だ。

 ただ一箇所、通路に続いていそうな穴を見つけた。


「ねえ。こっち、出口かな」

「わからん。むしろ奥に続いてる可能性のほうが高そうだ」


 確かに。言われてみると風が吹いていない。

 外へ続く通路なら、微かに風の流れを感じ取れるんだけど、こっちはそういうのがない。


「……いるよね、ぬし

「そりゃあ、いるだろうな」


 どこの迷宮にも、最奥部には『主』って呼ばれる強い魔物が巣くっている。

 すでに攻略済みの迷宮でもそれは同様。

 迷宮の中に澱む魔力――滞留魔力が、迷い込んだ動物や自生する植物、魔物の死骸なんかに作用して、主を再生させてしまう……んだったかな、確か。

 等級の低い迷宮とはいえ、なにが待ち受けてるかわからない以上、後衛なしの前衛わたしひとり、っていうのは油断できない。


 でも、心配はしていない。

 だって、レクスがいるからね。


「どのみち、進むしかなさそうだな」

「うん。あ、でもちょっと待って」


 言って、わたしは頭上の空洞に向けて声を張る。


「アイナ~。ユフィ~。いる~?」


 木霊する声。すると、微かに反応があった。


「聞こえるよ~! アイナも一緒~! そっちは大丈夫~?」


 遠くから聞こえてきたのはユフィの声だ。

 分断はされているけど、迷宮のどこかには、まだいるっぽい。


「怪我は大丈夫~。そっちは~?」

「軽傷だから平気~! どうする~? 上戻る~?」

「戻れそうなら戻っててくれ! 俺たちはこのまま奥に進む! 主倒して転移魔法陣使ったほうが早そうだ!」


 と、さっきまで円滑だったやりとりが急に止まる。

 返ってきたのは、


「え、レクスくん一緒なの!? ふたりきり!?」


 ユフィの素っ頓狂な驚き声だった。


「ああ! 心配しなくていいよ! 上で合流しよう!」

「いや、待って! あたしたちもそっちに……あ、ちょっとアイナ! そんな急いでどこに……え、早く下りる!? ま、待って置いてかないで~!」

「いや、下りてこないでいいから! 地上に戻ってろって!」


 レクスの叫びはむなしく木霊するだけ。そして案の定、返事はない。


「……なに考えてんだ?」

「さあ?」


 ふたりきりなのをいいことにわたしが抜け駆けしそう、とか思ってるんだろうな。

 けど、状況が状況。優先順位は間違えないよ。


「ふたりとも強いし大丈夫でしょ。ほら、早く行こ」


 レクスの腕を取る。離れないよう、密着して。


「なにそのピクニックにでも行くようなノリ」

「あはは、確かに。そういえば、したことなかったよね、ピクニック。ふたりきりでさ」

「いつも四人で行動してたしな。てか旅そのものがピクニック味あったし」

「じゃあ、いまが初ふたりきりのピクニックだ」

「いやいや。状況的にそんなお気楽な感じじゃなくない?」

「気にしない気にしない。ポジティブに楽しまないと。どんな状況もさ」


 ね、間違えてないでしょ? 優先順位。



 * * *



 ――などと考えているんだろう、ノエルは。

 そんな焦りが燻って、アイナの足を動かす。

 崩落を免れている通路を、奥へ向けてひたすら進もうとする。


「待ってよアイナ~! これ以上進むのはさすがに危ないよぉぉ~!」

「く……っ。は、放して……!」


 ……が、怪力なユフィに体を引っ張られ、一歩たりとも前に進めずにいた。

 先ほどからアイナの靴は、ズリズリと地面を擦るだけ。

 それでもなおアイナは、んぎぎぎ……と全身に力を込める。


「ユフィは平気なの、この状況?」

「そりゃあ気にはなるよ。好きな人が恋敵とふたりきりなんだもん。けど……」

「そうでしょう? そうよね? なら、早く追いつかないと」


 アイナは魔導書をしまってあるカバンを取り出し、中を漁り始める。


「魔導書のストックに使えそうな魔術ってなかったかしら。【大きな縦穴を掘る魔術】とか、【土壁を泥に変える魔術】とか……!」

「そんなの使ったら余計崩れるってばぁ!」


 ポンコツ気味のアイナに思わずツッコんでしまったユフィ。

 確かに、思い人であるレクスがノエルとふたりきりで、かつ物理的に分断されている状況は、心中穏やかではない。


 だがそれ以上に、友達が正気を失った目で魔導書を探していたら、心配のほうが勝ってしまったのだ。


「闇雲に進んでこっちが遭難したら、元も子もないでしょ。アプローチするチャンスも余計なくなるんだよ?」

「は……っ」


 ユフィの正論に、アイナはようやく元来の冷静さ――というか正気を取り戻した。


「……ごめんなさい。ユフィの言うとおりね」

「ふふっ、気にしないの。こういうときこそ、お姉さんが引っ張ってあげないとね」


 状況が状況だからか、アイナはアドレナリンが過剰分泌していたらしい。

 ユフィの頼もしい破顔に、アイナも柔らかく笑う。


「さっ、あたしたちは上に戻ろう。レクスたちの帰りを待って、夜になっても動きがなかったら冒険者協会に応援要請して……」


 今後の行動を確認するよう口に出しながら、ユフィは来た道を戻り始める。

 そのあとをついていこうとして――不意にアイナは足を止める。

 もしかしたら迷宮の奥へ続いているかもしれない、暗い洞窟の奥。

 そのさらに向こうを見据え、


「アーイーナー?」


「わ、わかったから。上戻るから……っ!」


 ユフィにガシッと肩を掴まれる。

 こっそりユフィを撒こうとしていたって、なんでバレたんだろう……と残念な気持ちでいっぱいになるアイナだった。




=====

 今回はノエルの視点(途中から、アイナとユフィの状況を神視点)でお送りしました。


「ヒロインの可愛さは、ヒロイン視点を描くことでよりいっそう引き立たせられる」

 という落合の個人的な経験則から、今後もたびたびヒロイン視点の場面は出てきます。

 タイトルにわかりやすく【SIDE:○○】と表記しますので、これがある時は「ああ○○してんなのね」と思いつつお読みいただければと。


 なお次回第10話の更新は、3月12日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!

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 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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