第8話 カレシ役の奪い合い

 待て待て待て。脳みそが追いついてない。

 貴方程度の人間は、アイナの隣ぐらいが適正?


 アイナの突然の言動に、俺は困惑必至だった。

 どういう理屈なんだそれは? なんでこんな展開になってんだ?

 けどアイナは、混乱している俺なんてお構いなしに「撮影再開」と眷属に告げる。


「諸事情により中断してましたが、ここからは私とレクスのふたりでお届けします」

「ちょ、ちょっと待ってアイナ! お前こそ、なにがした――」

「黙っててくれます? 進行の邪魔です」

「……あい」


 ギン、という鋭い目を向けられると、俺もうなにも言えないッス。


「ダラダラ配信していても視聴者さんは見飽きてしまいます。テキパキ進めましょう」

「そうは言うけど、ただ迷宮を攻略するだけじゃないの?」

「無計画に進むのがよくない、と言いたいんです。これを」


 言いながら、アイナは俺にメモの書かれた紙を渡してきた。

 そして同じ内容が書かれた数倍大きな紙をどこからともなく取り出すと、眷属の目にとまる位置に掲げた。

 カンペの準備いいなぁ。さすが根が真面目なアイナだ。

 けど感心してる場合じゃないし、そもそもメモの内容がおかしかった。


「戦闘に貢献できないレクスには、私が防御系魔術を施します。それと、倒れられては困るので昼食も私が用意します。今後、栄養面は私が管理・計算しますから、それだけを食べてください。第二階層へ移動の際は私のそばを決して離れないでください。いざという時守れません。ええ、私が貴方を守るのは、仕方なくです。だって軍師なんですから」

「管理表、細けぇ……」


 しかもめっちゃ早口で捲し立てられた。


「貴方のようなダメ人間は、誰かが管理しなくてはまともに動けないでしょう? だからこそ私が特別に、仕方なく、世話をしてあげるしかないってことです。従えますよね?」


 ノーとは言えない圧に屈して、俺は躊躇いがちに頷く。

 果たしてアイナのそれはカップル配信なんだろうか、と疑問には思いつつ。

 もうここまできたら、あとはなるようになれだと無理やり納得した……にも拘わらず。


「管理とか堅っ苦しいの、求めてないんじゃないかな、視聴者」


 アイナとは逆方向の腕に抱きついてくるノエル。


「もっと恋人らしいことしよ。休憩がてら耳掃除してあげる。膝枕つきで」

「そうやって甘やかすから、どんどんレクスがダメ人間になるってわからない?」


 えーん。なんでふたりはこんな喧嘩っぽい感じになっちゃってんの。

 触りだけしか観たことない俺でもわかるよ、こんなのカップル配信じゃないよ絶対。


 ……ん? ふたり?

 そういえば、この環に入っていないメンバーがひとりいるような。


「もう、ふたりとも! 引っ張り合ってたらレクスくん困るでしょ!」


 ぴょこんと目の前に現れたのは、まさにその入っていなかったメンバーのユフィだ。

 さすが最年長。ちゃんと締めるべきところを締めようとしてくれているらし――、


「真っ二つに千切れちゃったらどうするの?」

「そういう問題じゃないけどな?」


 人間、引っ張っただけでそう簡単に千切れてたまるか。


「確かに……。ここでレクスを引っ張り合ってても、話は先に進みませんね」

「でしょ? だからふたりはまず、話し合って仲直りすること」


 アイナは渋々といった様子で俺から離れる。それを見てノエルも大人しく引き下がった。

 よかった。これで一触即発な状況も一段落するだろう。


 ……と、思っていたのだが。


「レクスくんはその間に、あたしと奥に進もう♪」


「「――は?」」


 ノエルとアイナから、聞いたこともないような重たい声が発せられる。

 聞こえてないはずはないんだろうけど、ユフィは気にせず俺の手を握り、ぐいぐいと引っ張ってく。


「これでも戦士だもん。レクスくんのことは、お姉さんがちゃんと守ってあげる」


 ズズッと地面を引きずりつつ構えたのは、身の丈ほどもある戦斧だ。

 その巨大さ故、攻防どちらにも使える万能武器。ただ取り扱うには相応の筋力がいる、大味な武器でもある。

 それを軽々と使いこなせるユフィは、確かに戦士として超優秀だ。

 ただ……。


「それこそ、お互いお爺ちゃんお婆ちゃんになっても……ううん、死ぬまで……いや、転生してからも、ずっとずっとずーっと……」


「「待て待て待て待て」」


 ユフィの肩をガッと抑えたのは、ノエルとアイナだ。

 よかった、止めてくれて。

 妙に重たすぎるユフィの台詞に、心身共に押しつぶされるところだった。


「ズルくない? 抜け駆けは」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」

「い、いいじゃん! あたしだって環に入りたいんだからぁ!」


 言いながら、今度はユフィが俺の腕にしがみついてくる。

 彼女の大きくて柔らかい双丘に、腕がすっぽりムニッと埋まってしまった。

 センシティブ判定、大丈夫? 配信的に、これセーフ?


「だからって、漁夫の利めっちゃさらうじゃん」

「一番大人げないわね。一番年上のくせに」

「と、年は関係ないじゃん! うぅ……気にしてるのにぃ!」


 あーあ、またギスギスと鬱々が始まった。

 こんなカップル配信、誰が見ておもしろいんだよ。そもそもカップルかも怪しいし。

 とりあえず止めないと……と思ったときだ。

 目の前でバチバチしているノエルたち越しに、なにかが動くのが見えた。

 三メートルほどのクマのような魔物――ケイヴベアだ。物音で引き寄せられたか。

 けど好都合。さすがに戦闘ともなれば、いがみ合いも中断させられる。そのために利用させてもらおう。


「なあ、三人とも。そこに魔物が――」



「「「今はそれどころじゃない!」」」



 ずがあああああん!!!


 バッチリ声を揃えた三人が、同時に、瞬時に、魔物を攻撃した。


 ノエルは神速の刺突を。

 アイナは火炎系魔術を。

 ユフィは怪力な一撃を。


 ついさっきまでそこに視認できていたケイヴベアは、肉片ひとつ残さず消滅した。

 ……えっぐぅ。


「ともかく。最初のカップル配信はわたしとレクスでするから」

「いいえ。初回はデータ分析も兼ねて私と行います」

「ね、年齢イジるなら年功序列でいいじゃん! あたしが先!」


 魔物がどうこうより優先度高いカップル配信争奪戦ってなんなん。

 思考が異次元過ぎて怖いのか、妙に体が震えて……、


「……ん?」

「どうしたの、レクス?」

「いや、なんか揺れてるなって」


 最初は体の震えかと思ったが、明らかに違った。

 足下からグラグラと揺れが大きくなる感覚。

 まさかこれ――崩落の前兆か!?


「まずい! みんな、いったん外に――」


 出よう、と叫ぶよりも早く。

 いっそう揺れが激しくなり、地面がべこべこと陥没していった。

 その速度たるや、気づいたときには床が溶けてなくなったかのよう。

 踏ん張るための足場は、あっという間に崩れてしまっていた。


「くっ……」


 つかまれそうな場所もない。

 すぐさま俺は、落ちること前提に思考を切り替える。


「全員、防御態勢!」

「おっと……」

「くぅ……!」

「ひゃああ!」


 お互いの悲鳴は崩落の轟音にあっけなくかき消され。

 俺たちは暗闇の奈落に落ちていってしまった。





====

 次回第9話の更新、3月9日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!

 推しキャラ明記していただければ、そのキャラから、あなたにだけ宛てたお返事を届けるおもしろ施策も実施中です!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る