第6話 迷宮《ダンジョン》配信

 わたしの彼氏になって。

 ノエルのその突拍子もないお願いに、俺は一瞬呆気にとられてしまった。


「ノエル。説明の順番、それで合ってる?」


 ふと背後からアイナの声が飛んでくる。

 そこはかとなくピリついている気がする。


「ああ、ごめんごめん。正確に言うと『彼氏役』」

「それも説明になってないよっ!」


 ノエルを挟んで向こう側に座るユフィが、ムッとした顔をして言った。

 確かにノエルは、突拍子もないことを突然言い出すところがある。

 そしてそれは、言葉足らず故にそう感じるってパターンも多い。

 彼女のその性質をくみ取り、ここまでに出た情報を統合して考えると、ノエルが言いたいことはたぶん……。


「俺たちで『迷宮配信』しよう、ってこと?」

「うん、そういうこと」

「「なんで理解できたの?」」


 アイナとユフィが声を揃えてツッコむが、まあ言わんとすることはわかる。

 ノエルは話が通じてうれしいのか、ニコニコしながら、


「配信は、魔導書があれば誰でも簡単手軽にできちゃうし。それにこれ、お金も稼げちゃうんだよ」

「え? そうなの?」


 配信がお金を生む? 仕組みがわからん。

 すると、俺の疑問を察してくれたのか、アイナが補足してくれた。


「チャンネルが収益化の条件を達成すると、再生数に応じてお金がもらえるんですよ。人気の配信者や撮影者は、迷宮配信の収益だけで生計を立てている人もいるのだとか」

「やりたいことやって、楽しむだけ楽しんで、かつそれがお金にもなる……と?」

「貴方でも理解できるようザックリまとめるなら、そういうことです」


 なるほど理解。アイナの説明はわかりやすくて助かる。


「でもそう簡単にいくかなぁ。こういうので成功してる人って、上澄みじゃない?」


 珍しくユフィは冷静だ。ここは年の功かもしれない。

 彼女なりに人や世間を見てきた、経験の差だろう。


「でもチヤホヤされるよ。人気出れば目立つし」

「ホントに!? チヤホヤされたーい!!」

「手のひらドリルかよ」


 さっきまでの冷静な年上っぷりはどこいった。

 とはいえだ。ユフィの言うように、稼げる人はごく一部だろう。

 わかりやすい人気勝負で勝てるのは、徹底的にそのフィールドに向き合い続けているガチ勢か、もともとものすごい認知度を持っている有名人の二択って相場は……。

 有名人?


「そうか。『俺たち勇者パーティー、迷宮配信始めました』ってノリならワンチャン?」


 手前味噌だけど、俺たちは国中から人が集まり、賛辞を投げかけてくれたほどの有名人。

 なにせいま王都には、俺たちの功績をたたえた銅像まで建設中とのことだ。

 なら、一般人よりはいいスタートダッシュを切れるかもしれない。

 どうやらノエルも、俺と同じ思考に至っていたらしい。


「そ。ありそうでしょ、ワンチャン。なにより――楽しそうじゃん」


 ノエルは俺のほうに向き直って、ふふっと笑う。


「わたしは、レクスがヒモでいられるよう楽しく稼ぎたい。レクスは、こんなかわいい女の子の彼氏面を楽しめる。ね、ウィンウィ~ン、でしょ?」


 これ見よがしに自分を指さした。

 要するに、自分のことをかわいい女の子だと自己認知している、ということ。

 前々から思ってたけど、自己肯定感高ぇ……。


「自分で言えるその胆力、見習いたいぐらいだよ」

「ふっふー。否定はしないんだね、わたしがかわいいってこと」


 してやったりといったドヤ顔を見せてくるノエル。

 ……俺からはノーコメントだ。

 まあ、この『レナ』って冒険者よりノエルのほうがかわいいのは、事実だしな。


「だからさ。試しにやってみよ、迷宮配信」


 * * *


 それから二時間後。

 行動力の鬼であるノエルに連れられて俺たちがやってきたのは、王都から少し離れた場所にある迷宮の中だ。


「【風景を共有クラオ・レグレする魔術】」


 ノエルは、ここへの行きがけに購入したばかりの、配信・撮影用の魔導書を発動させる。

 魔導書のタイトルでもある魔術名を口にした途端、魔導書がひとりでに開く。

 パラパラとページがめくれ、書き綴られている本文――呪文や簡易魔法陣が、淡く光り出した。

 まるで一文字一文字、魔法陣の図形に至るまで、魔力が行き渡っているかのように。

 やがて、文字を淡く輝かせていた光が、宙に集まって光球を作る。

 それがぱぁん、と粒子になってはじけ飛ぶと、一匹の眷属が現れた。

 ひとつ目にコウモリの羽を生やしたような小さな眷属だ。


「ん。これで撮影の準備はオッケー」

「企画はどうするの? やりたいことは決まってるって言ってたけど」


 ユフィの疑問はもっともだ。

 ノエルの行動力に従うままここまで来たが、俺たちはなにをするか知らされていない。

 迷宮までの移動に使った馬車の中で尋ねても、はぐらかされるだけ。

 ……少しだけ嫌な、というか妙な予感はしていた。

 ずっと脳裏に『彼氏役』という言葉がこびりついていたからだ。


「レクス。ちょっとこっち来て」


 手招きされる。てか、俺だけ?

 ちょっとだけ警戒しながら、ノエルのそばに立った――瞬間。

 ガシッと腕に抱きつかれる。


「「「――!?」」」


 この光景を見たアイナとユフィは目を丸くしていた。

 それほど驚いてるってことだろうけど、俺も同じ。


「撮影、始めて」


 けどそんな俺たちなんて気にも留めず、ノエルは眷属に声をかける。

 羽の生えた目玉が一度瞬きをすませると、瞳の色が赤色に変わる。

 撮影は始まってしまった。

 ノエルが俺にギュッと抱きついたまま。


「やほー。みんな観てる~? はじめましてのほうがいいかな?」

「え、お、おい。なにいきなり始めて……」

「いいから。レクスも挨拶」


 ノエルは抱きついたまま、体全体を使って俺を促した。

 彼女が体を動かすたびに、二の腕にフニッと柔らかい感覚が伝わってくる。

 身長差的にも、それがなんなのかは確認しなくったってわかる。

 こんな気まずくギクシャクしちゃいそうな状態で、挨拶だと?


「ど、どうもみなさん。こ、こんにちは……レクス・アーキビャルト、でしゅ」

「あははっ。アーキビャルトでしゅだって。かわい」


 恥ずかしっ! 顔あっつ! 思いっきり噛んだ!


 けどしかたないだろ。ノエルは旅先でも注目されるレベルの美人。

 それでいてスタイルもよく、ほどよい大きさにきれいなお椀型なんだぞ。

 一緒に長いこと旅してきた仲間とはいえ、こういう状況にドキドキしなくなるほど、俺だって淡泊じゃないっての。


「このチャンネルは、わたしたち英雄パーティーがいろんな企画に挑戦するチャンネルだよ。今日のこれが第一弾。いえーい」


 俺の腕を抱きながら、眷属に向かってVサインを突きつけるノエル。

 眷属はその足に【風景を共有クラオ・レグレする魔術】の魔導書を持たせていた。とあるページを開いた状態でだ。

 どうやら迷宮配信は視聴者が自由にコメントを残すことができ、それをリアルタイムで確認できるらしい。

 で、【風景を共有クラオ・レグレする魔術】の魔導書内には視聴者のコメントだけを表示させるページが用意されていて、いま目の前で開かれているページがまさにそれ。


〈マジの勇者パーティーじゃん!〉

〈ノエルちゃんかわいい〉

〈イチャイチャきた!〉

〈付き合ってたの!?〉


 横向きのコメントが、下から上にどんどん流れていっている。すごい勢いだ。

 なにより……めっちゃ誤解されてる!!


「い、いや、違うんだ。俺とノエルは、別に付き合っては――」

「レクスはね、結構かわいい寝顔してるんだよ。ね?」


〈寝顔……だと!?〉

〈いや待てメンバーみんなで野宿してたころの話かもしれん〉

〈↑現実受け止めろ、お前のつけいる隙はない〉

〈好きな人の寝顔ってつい眺めちゃうよね♪〉


 さらに誤解が進んでるー!!

 一万人近い視聴者の間で、歯止めなく誤解が広がって……って、同接一万人越え!?

 俺たち勇者パーティーの初配信なのに、もう一万人がこれ見てんの!?


 いくら迷宮配信ブームだからって、俺たちが勇者パーティーで知名度あるからって、今日始めたばかりでいきなりこの数字は、さすがにおかしくないか?


 ……まさか。


 俺は、拡声器マイクも兼ねている眷属の耳に拾われないよう、ノエルに耳打ちする。


「準備がよすぎる。なにした?」

「んー、ナイショ。ちょっとアウトだから、倫理的に」


 だから、なにしたんだっつーの。

 肝心なことが不明でモヤモヤしている俺をよそに、


「んで、今日の企画だけど」


 ノエルは眷属に向かってニコニコしながら――さらに俺に密着してきた。


「わたしとレクスで、カップル配信しちゃうよー。いぇい」

「……は?」

「えっ!?」

「か……」


「「「カップル配信んんん!?」」」


 ノエルを除く三人の素っ頓狂な声は、迷宮の奥の奥まで木霊した。

 はい、妙な予感的中でした。





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