第5話 楽しそうじゃん?

 みんなとの朝食を摂り終えたあと、俺はアイナと並んで食器を洗っていた。


「なるほど。あくまでも貴方は、ピッキングされた被害者であると」

「被害者までは言い過ぎだろうけど、概ね事実か。ともかくあの状況、俺が望んでああなってたわけじゃないんだよ」


 食事中、アイナはこちらの弁明をまったく聞いてくれず、終始眉間に皺を寄せていた。

 けどこうしてシンクにふたり並んだとき、ようやく事情を尋ねてくれたので、包み隠さず説明。おかげで経緯は誤解なく把握してくれた。


「わかりました。そういうことにしておきましょう。ただ再発防止には努めてください。いくら勝手知ったる間柄とはいえ、あまりにも不純不潔です」

「と言われましても……。ユフィのピッキングで開けられない鍵はないからなぁ」

「魔術で施錠を強化する方法もありますが? ちょうど一冊、魔導書が余っています」


 確かに、魔術を使うのはありかも。魔導師のアイナらしい着想だな。


 本文に呪文や簡易魔法陣を綴り製本することで、本来は魔族にしか使えなかった魔術を人間でも使えるようにした書物――魔導書。

 攻撃用はもちろん、【施錠を強化する魔術】みたいな一般市民の生活のお供として使われている『日用魔導書』もあり、その内容は千差万別。

 書き記された呪文によって、発動する魔術はとにかく多岐にわたるからだ。


「私がその魔導書で、貴方の部屋の鍵を管理しましょう」

「さすがにそこまでは……」

「仲間にやさ――甘い貴方が自分で徹底管理できるとは思えません。私が担います」

「いやいや、アイナの負担が大きくなるだけだし。気をつけるから、魔導書貸してくれるだけで十分だよ。ありがとう」

「…………ちっ」


 あれ、舌打ち? なんで?


「もう結構です。あとは私がやっておきますから」


 しかもキッチンから追い出されてしまった……。

 な……謎すぎる。


 俺はその足で、リビングでくつろいでるノエルとユフィに尋ねた。


「俺、アイナに舌打ちされるようなこと、言っちゃったかな?」

「ん~? さぁ」

「どうだろうねぇ」


 ノエルとユフィは気のない返事をするだけ。

 それもそのはずで、ふたりはソファーに深く背を預けながら、魔導書を見ていた。

 より正確に説明するなら、ページを開いた魔導書上に投影されているなにかを見ていた。


「なにしてんだ、さっきから」

「これ? 迷宮ダンジョン配信」

「迷宮……配信? なんだそれ?」

「お、知らないことあったんだ、レクスにも」

「俺がなんでも知ってるとお思いで?」


 なにを根拠に『なんでも知ってる』と思われてたんだか。


「いま、私たちみたいな若い世代に人気なんですよ。『迷宮配信』とか『迷宮撮影』」


 補足してくれたのは、洗い物を終えてこちらにやってきたアイナだった。


「1~2年ほど前から広がった娯楽文化です。魔王軍の勢力が弱まり、都市近郊の迷宮が比較的安全になってきたことで、ブームになったんだとか」


 なるほど。

 俺たちが方々を旅をしている間に、首都圏で流行ったのか。

 知らなかったのも無理ないかもな。


「なんでアイナは知ってるんだ?」

「撮影や配信、閲覧に魔導書が使われるからです」


 それならアイナが知っているのも納得だ。

 魔導書絡みは彼女の得意分野だし。


「要するに、迷宮探索の様子を魔導書を使って撮影するんです。撮影記録を編集して公開するのが『迷宮撮影』、撮影中の様子をリアルタイムで公開するのが『迷宮配信』」

「魔導書ってそんなことまでできるのか……」


 アイナの説明に思わず感心してしまう。


 いまや魔導書は、俺たちの活動になくてはならないなツールだ。

 冒険者が使うのは【攻撃用】が多く、冒険者免許を持っている人間にしか使用を許されていない。

 けど『日用魔導書』は攻撃性が低い代わりに、誰もが使ってよい魔導書として区分けされている。

 撮影には、きっとその『日用魔導書』が使われているんだろう。


「撮影した記録や配信の様子はアカシックレコードに保存されます。閲覧には、アカシックレコードにアクセスできる専用の魔導書を使うんです」


 アカシックレコード……原始から今日までの、ありとあらゆる記憶が蓄えられている虚空領域、だっけ。

 未だ全貌の把握には至っていないけど、魔導書を使ってアクセスする理論が確立し、直近の記憶に限れば容易になった……ってアイナに教えてもらっていた記憶が蘇る。


「で、ノエルは今まさに、そうやって映像を見てたってことか」

「そ。見てみる? 結構おもしろいよ」


 ノエルは魔導書上に投影されている映像に向けて、指先をすいすい動かし始める。

 俺たちに見せようとしている映像記録を探しているようだ。


「あった。これとか?」


 ノエルは目的の映像記録を見つけ、指先でツンと押した。


『おはこんばんにちはー! 【マキレナちゃんねる】マキロイと!』

『レナでーす♪ ねえねえマキくん、今日はなにするの?』


 映像が再生されるや、金髪の男性と茶髪の女性が元気に挨拶してきた。

 装備品からして、間違いなく冒険者だろう。


『今日やるのは……目指せ新記録! レナちゃんソロで迷宮攻略RTA~!!』

『えー! レナだけ!? 無理ゲーなんですけどー!』


 レナと呼ばれた女性は、素なのかわざとなのか大仰に驚き、慌てている。

 その後も、男女ふたりの軽妙なやりとりが続いた。


「私はなにを見せられているんですか?」


 アイナの冷たいツッコミがリビングに響く。

 まあ、言わんとすることはわかる。


「カップル配信だよ。冒険者カップルが一緒に迷宮攻略したり、買い物したり、朝のルーティン撮影するの」

「ふーん。平和になったもんだ」

「いやいやレクスくん。その一端はあたしたちにあるんだよ?」


 ああ、そうか。そうだった。

 俺たちが魔王倒しちゃったから平和になったんだっけ。

 今後さらに世の中が平和になっていけば、こういう活動を楽しむ連中はもっともっと増えるんだろうな。


「他にもあるよ。ひとり黙々と迷宮内でキャンプ飯紹介する人とか、めっちゃ高額な装備を買って迷宮潜る人とか。やりたいことはあるけど資金難なパーティーが投資を募る『迷宮ダンジョンの虎』なんてのも」


 ノエルは、動画の並んでいるトップページをすいすいと動かしながら言う。

 てか、いつの間にそんな知識を詰め込んだんだ、ノエルは?

 俺たちの知らぬ間に見すぎじゃない?


「……でね。レクスに一個、提案」

「提案?」


 ノエルは「そっ」と言って、俺の方を向いてニコリと笑った。


「レクスさ――彼氏になってよ、わたしの」


 …………はい?





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