第二章 爽やか美少女勇者はカップル配信でくっつきたい

第4話 猶予期間《モラトリアム》のはじまり

 微睡みの中の俺を、鳥のさえずりがゆっくりと連れ戻した。

 カーテンの隙間から差し込む明るい光に目を細める。


 もう朝か。昨日の夜は、ベッドへ横になってすぐ記憶がなくなった。そのぐらい爆速で寝入って、熟睡していたらしい。

 さすが王宮御用達のベッド。マットレスの硬さもちょうどよく、シーツの肌触りも心地いい。ここ数年で感じたことのない睡眠体験だ。


 ただ、こうも寝心地がよすぎると、もっと堪能したくなるな。

 決め込むか、二度寝。

 どうせ今日はやることないし。ノエルたちには申し訳ないけど、ヒモにしてくれたおかげで久しぶりにのんびりできるんだ。

 もう少し寝てたって誰も怒りはしないだろう。


 そう思いながら、心地よいベッドと枕の感触を確かめるように寝返りを打って――、


「…………ふふっ」

「…………」


 なぜか、ノエルと目が合った。


「おはよ。よく眠れた?」

「――うわっ! ……ックリした」


 せっかくの二度寝欲も吹き飛ぶレベルで驚き、上体を跳ね起こす。

 ノエルはベッドの横にしゃがみ込んで、マットレスに腕と頭を乗せていた。


「な、なにしてんだよ」

「観察してたの。寝顔」


 訊くまでもなかった。

 しかし驚いた。こんなに驚いたのは、いい宿だと思って入った建物が魔族の見せていた幻術で、寝ていたらシーツの中からアンデッドがこんばんはしてきたとき以来だ。


「かわいかったよ、すやすやしてて」

「そりゃ寝てたら大体はすやすやしてるだろ」

「旅してたときはいびきかいてたよ? めっちゃ」

「俺の知らない恥ずかしい姿暴露するのやめて」


 しかし、このベッドで寝たらいびきかかなくなったのか。

 それだけ睡眠環境はいいってことなんだろう。


 ふと、改めてノエルの格好が目にとまり、思わず心臓が跳ねる。

 いわゆるネグリジェ、と言われるタイプのナイトウェアだろうか。

 サテンの光沢が美しいそれは、一方で手足を大胆に露出させるほど布面積が少なめ。

 加えてところどころシースルーになっており、白い肌が透けている。

 起き抜けには刺激が強すぎる装いだ。


 てかこれまで、そんな服装で寝てたことあったっけ? 野宿が多かったから?

 だいたい、その格好は置いとくとしてもだ。


「どうやって入ってきたんだ。鍵閉めてたのに」

「え? 開いてたよ?」


 なんだって?


「自分の不用心さが情けない……!」

「まあまあ。おかげで入れたわけだし、わたしは。気にしない気にしない」

「開いてたからって勝手に入っていいわけじゃないからな?」


 ノエルはどうしてこう、変なところで常識ってネジがぶっ飛んでるんだ。

 しかし、変だな。

 確かに寝る前、窓もドアもちゃんと施錠したはず――、


「――うわひっ!」


 今度は突然、太ももになにかが触れた。

 あまりのくすぐったさと予期せぬ感触に、間抜けな声が飛び出る。


「ビックリした。どしたの?」

「なな、なんかいま、シーツの中で……」


 ベッドの足先へ目を向けつつ「なにかが足に触れた」と続けようとして、止まる。

 足下が不可解に膨らんでいた。

 なにかがシーツの中にいる?

 さっき言った『シーツの中からこんばんは』事件のトラウマが蘇ってくる。

 見るべきか、スルーすべきか。

 俺は意を決して、シーツを引っぺがす。


「……すー……すー……」


 ググッと体を丸めているユフィがいた。

 眩しい朝日から目を守るように、顔の前に腕を回してギュッとなってる。

 どうやら太ももに触れたのは彼女の髪らしい。


「んん……もぉ……。まぶしいよぉ……」


 文句を言いたいのは俺のほうなのだが、そんなことは知らぬ存ぜぬといった不貞不貞しい言葉を吐き、ユフィはムクリと起き上がる。

 その姿はなんというか――事後と思われても言い訳できないような、あられもない状態だった。

 薄い生地のナイトウェアはボタンでとめる前開き式なのだが、寝ている間に大部分が外れたのだろう、彼女の肌色をガバッと見せつけていた。

 ウェアが肩からズレ落ちるほど開放的な状態。だがそれでも脱げずにとどまっているのは、ユフィの豊満な胸に布が引っかかっているからだった。

 その胸部はというと、ウェアが全開すぎて頭頂部以外はさらけ出されてしまっている。


「せっかく気持ちよく寝てたのにぃ……んん~!」


 無防備に伸びをすると、連動する筋肉につられて胸が持ち上がる。

 そして伸びを降ろせば当然、重力に引かれてたゆんと落ちる。

 起き抜けにこの光景は……ヤバい!


「ん? どうしたのレクスくん。顔真っ赤だよ。……あれ、なんでノエルもいるの?」

「それ、わたしのセリフ」

「いや俺にだけ許されたセリフ。……全部説明する。むしろ俺も訊きたいことが山積みだ。けどとりあえず、服ちゃんと着よう」

「服? ……わぁっ!!」


 大きな声で驚くと同時、こちらに背を向けガバッと身をかがめるユフィ。

 そんなユフィの状態を言葉にするなら、『乳隠して尻隠さず』である。


「や、やっちゃった! もう、なんでいつもすぐはだけるのぉ……。そんなに寝相悪いのかな、あたし。凹む、お姉さんのくせにだらしなさすぎる……うう……」

「病んでるところ悪いんだけどさ。なんでいんの? いつからいんの?」


 目の前の尻――もといユフィは、プルプル震えながら応える。


「夜中……。ほ、ほら。ひとり一室でしょ? でも急に独りぼっちで寝るの、寂しくなっちゃって」

「だからって、寝てる間に勝手に人の部屋入っていい理由にはならんて」

「レクスくんなら迎え入れてくれるって思ったからぁ! ただ、鍵かかっててさ」

「なんで拒否されない前提なの。だいたい、鍵かかってたなら……」


 ん? 鍵、かかってた? だよな、やっぱりかけてたよな。

 でもノエルは開いてたという。矛盾している。

 まさか?


「ユフィ。お前――鍵、どうやって開けた」

「え? ピッキング」

「お前か犯人はぁ!!」

「びゃああ!?」


 いつまでも尻をこっちに向けよって!

 我慢できずシーツごとペイッと放り投げる。


「断りもなく勝手に鍵穴いじくり回すな!」

「え、ダメだったの? レクスくん、昔、あたしが宝箱ピッキングで開けたら褒めてくれたのに。あれ、ウソだったんだ……」

「あれは『器用ですごいじゃん』って意味だから。部屋の鍵は下手すりゃ犯罪だ」

「じゃあ、ピッキングしないでも会いに行けるよう、鍵開けておいてよぉ……ううぅ」

「あ~あ。ユフィのこと泣かせた」

「俺のせいか? 部屋ピッキングされたのもユフィが泣いてるのも、俺のせいなのか?」


 ノエルめ、シレッと責任転嫁しやがって。

 自分だって断りもなく侵入した側のくせに。

 さすがに一言言ってやろう――と思ったその時。

 不意にドアがノックされ、ハッとする。


「起きているなら、さっさと出てきたらどうですか? というか――出てきなさい」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、アイナの声だ。

 起こしにきてくれたんだろうか? それにしては、なんか怒気を孕んでいるような……。


「さっきからユフィの声が聞こえているんですが。理由、伺っても?」


 いや、気のせいじゃない。なんかめっちゃ怒ってるっぽい。

 どうしよう。この事後みたいな状況、どうしたら誤解させないで説明できる……?

 などと、ゆっくり考える暇もなく。


「ユフィだけじゃないよ。わたしもいる」


 ガチャリと。

 ノエルがドアを開けた。開けてしまった。開けやがった。


「……は?」


 アイナの目には、あられもない姿で床にへたり込んでいるユフィと、ベッド上の俺と、何食わぬ顔で扉を開けたセクシーナイトウェア姿のノエルが映っているはず。

 そりゃあ、眉間に皺も寄るしジト目にもなりますよねぇ。


「お……おはよう、アイナ」


 さんざん脳をフル回転させたけど、出たのは結局、変哲のないただの朝の挨拶。


「…………はぁ?」


 アイナの眉間により一層皺が増えたのは、言うまでもない。




====

 公式からも発表がありましたので、こちらでも告知させていただきます。


 現在お読みいただいている『魔王討伐のごほうびはパーティー全員に養われることでした』ですが、

 MF文庫Jさまより書籍版が4月25日ごろに発売予定です!

 イラストレーターさまも決まっておりまして、トモゼロさまにご担当いただけることになりました。


 続報は引き続き、カクヨム上や落合のX、MF文庫Jさまの公式サイト等でお知らせいたしますね。

 近状ノートにも書籍版初報の詳細をまとめております↓

 https://kakuyomu.jp/users/yusuke-ochiai/news/16818622170139642325


 また今日お昼頃に更新予定の近状ノートで、今回の経緯についても少し触れる予定ですので、ご確認いただけると幸いです。


 引き続き、応援よろしくお願いいたします。

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