第3話 買っちゃった

 ――したくないなら、しなくていいんじゃん? パーティー解散も就職も。


 そんなノエルの何気ない、あまりにも変哲のなさすぎる提案を受けた、翌日。

 俺たち一行は、なぜか王都の外れに広がる高級住宅街にいた。


「なあ、ノエル。なんでこんなとこに?」


 疑問符でいっぱいの頭を精いっぱい持ち上げて、目の前の景色を視界に収める俺。

 立派な一軒家が建っていた。存在感のある門構えに、大型犬を放し飼いできるレベルの広い庭を備えた、大きな二階建ての建物だ。

 ノエルはその門の前に立つと、くるりと俺たちのほうに向き直る。

 そして両手を広げた。


「ようこそ、


「…………は?」


 なに言ってんだ、ノエルは。

 その脳内の疑問に答えるように、


「今日からここが、我が家だよ」

「……え? 我が家?」


 わたしたちのってことは、俺たちの? 家? は?

 理解が追いつかず、どうにか一言だけ絞り出す。


「どうしたんだ、この家?」


 混乱している俺を見かねたのか、はたまたリアクションに満足したのか。

 ノエルは、むふーとドヤりながら、とんでもないことを口にした。



「買っちゃった」



「か、買ったって……この家を!?」

「うん。キャッシュで一括」

「キャッシュで一括ぅ!?」


 いやいやいやいや。

 素っ頓狂な叫びが木霊するこの辺は、喧噪から隔離されたのどかな一等地なんだぞ?

 一軒一軒が独立し、庭も含めた敷地面積広めの住宅が建ち並ぶ、高級住宅街だぞ?

 そんな土地に建つ豪華な一軒家を、キャッシュで一括購入?

 余裕で何億って金が溶けるのに、そんな大金どこに?

 俺たち、行く先々で路銀稼ぎながらなんとかしてきたレベルの貧乏旅だったはず。


「……あっ」


 そうか、わかった。わかってしまった。わかりたくはなかったけど。


「魔王討伐の、報奨金?」

「ぴんぽーん♪」

「てことは、報奨金はもう?」

「うん、もうないよ」


 ちょ、おま、マジかよ。

 確かに何億エニスって金を受け取る手はずになってるけどさ……。


 凱旋するまでの帰り道で、キレイに山分けしようって話してたじゃん!


「どうせあんな大金、持ってたって持て余すだけでしょ。なら使っちゃおうよ、パーッと。貧乏には慣れっこじゃん」

「この計画性のなさ、実にノエルらしいというか」


 これにはさしものアイナも、呆れつつ受け入れるしかないといった様子だった。

 ひとつ大きなため息をついたあとは、なにも文句を言おうとはしていない。


「びっくりだけど、ちょっとワクワクしちゃってる自分がいるかもー。こんなステキなおうち、住めるなんて思ってもいなかったしー」

「でしょ? ここでみんな一緒に暮らすの、楽しいと思うんだよね、絶対」


 ユフィの謎に乗り気で棒な反応に、ノエルはご満悦だ。

 すると、ニコニコしながら俺の腕を取って、


「と、いうわけで。ルームツアーしちゃお?」

「しちゃおーしちゃおー! ほらほらレクスくーん、行くよー」


 ユフィは棒な反応のまま、ノエルとは反対側から腕を取り、


「ここでダラダラしていても時間の無駄です。とりあえず入ってください」


 アイナは俺の背中をグイグイと押し、四人揃って門扉をくぐるハメに。

 ……え、なんで? なんかみんな、受け入れるの早くない!?



 * * *



 外からの見た目通り、家の中はしっかりした造りになっていた。

 四人では持て余し気味なリビングに、四人集まって使っても余裕のある広いキッチン。

 レンガ造りの風呂も、ひとりで入るには寂しさを感じるレベルに広い。

 個室は五つと、家の大きさの割に少なかった。けどその分広くて快適そうではある。

 そして、なんということでしょう。宮廷御用達の家財一式が備え付けという破格の物件。


「……で、いくらしたんだ? この家」


 ルームツアーを終えてリビングでたむろしているノエルに、恐る恐る訊ねる。


「いくらだったっけ?」


 覚えといてよ高い買い物なんだから!


「じゃあ逆に。報奨金はあといくら残ってる?」

「200万エニスぐらい? もうちょっとあったかな」

「思ってたよりだいぶ少ない!」


 億単位だったはずの報奨金が、残り200万エニス?

 今後、ノエルに財布の紐を委ねるのはやめる。握らせたりしない。絶対に!!


「山分けは諦めるしかなさそうですね。家を購入したって事実も、認めるほかないかと」


 高級ソファでくつろいでいるアイナは、驚くほど冷静だった。

 ノエルの性格や性質をよく知っているからだろう。

 でもなぁ……。


「借りるだけだったならまだしも。思い切りがよすぎるだろ」

「ふっふー。でしょ」

「褒めてないんだわ」


 俺はそう簡単に受け入れられないよ。

 報奨金だって、けっこう当てにしてたし。


「俺の老後に向けた貯蓄計画が……はぁ」

「うぇえ? レクスくん、もう老後のこと考えてたの?」


 ダイニングテーブルでまったりお茶しつつ、ユフィは物珍しそうに俺を見た。


「そりゃ考えるだろ。あと、資産運用についてとかさ」

「意識高すぎでは」

「俺が働かない代わりに、お金には働いてもらおうかなって」


 呆れたようなアイナの視線が痛い。

 なんだよぉ、俺が働きたくない以上はそれが最適解だろぉ?


「百歩譲って、買っちゃった以上は住むとして。生活費どうすんの」


 物価の高い王都で二十代前後の男女が四人、200万エニスでやりくりしていこうとしたって、持って一年ってところだ。

 最悪、この家を早々に売り払ってテント生活に移行という手もあり得る。


 と、アイナがスッと手を上げた。


「働くしかないでしょうね」


 そう。答えなんて最初から見えていた。

 ひと所に住んで生活するには金がいる。旅にだって路銀は入り用だったんだ。

 その金は、働いて稼ぐしかない。


「でも、レクスはいいよ」


 するとノエルは、そう切り出して、さも当然のように続けた。


「働かなくていい。ヒモになりなよ、わたしたちの」

「ヒモになりなよって……俺が? みんなの?」


 この子はまたシレッと、とんでもない提案を……。


「うん♪ レクスくんはあたしたちが養ってあげる」

「働く気のない人間を無理に働かせるよりは、建設的でしょうしね」


 ……え? ユフィとアイナも、ノエルの考えに同意なの?

 じゃあ、理解が追いついていないのは、俺だけってこと?


「いやでも、さすがにそれは迷惑じゃ……」

「ないよ、全然。迷惑じゃない」


 そう、ノエルは断言してから続けた。


「わたしが大怪我で動けないときにさ、身を挺して守ってくれたことあったでしょ?」

「魔術が通用せず混乱した私に活を入れて、その……救ってくれたこともありました」

「武器壊れて病んでたあたしのために、何度も鍛冶職人さん説得しに行ってくれたりね」


 三人が語るのは、これまでの旅の中で実際に直面したできごとだった。

 俺にできるのはそれしかないと、考えるより先に体が動いただけ……なのに。


「レクスはよくがんばってくれた。だから作ったんだよ。落ち着ける時間と場所を」

「貴方はなにかと、過剰にがんばりすぎるワーカホリックの傾向にありますから」

「もうゆっくりしていいんだよって空間を、あたしたちで用意したかったの」


 そう労ってくれる姿は、まるで慈愛に満ちた聖母のようでもあり。


「それが……この家だってこと?」


 ノエルは「そう」と頷いて、両腕を広げる。

 この空間が、この景色が、この状況が、いかに素晴らしいかプレゼンするように。


「働きたくない、ゆっくり休みたい。なら、そうすればいいんだよ。もしいつか働く気が起きるとして、それまでの猶予期間モラトリアムだと思ってさ」


 猶予期間モラトリアム

 社会生活というくびきから逃れ、ギリギリまで自由を謳歌する先延ばしの時間……か。


「で、その猶予期間をあたしたちと一緒にうーんと楽しむの♪ 誰にも、なににも縛られず、働きもせず! あたしたちの仕事も、時間の融通が利くのにしちゃってさ」

「冒険者協会の仕事に絞れば、それも可能でしょう。実入りはバイト程度ですが、貯金も考慮すれば暮らしていけないことはありませんし」

「みんな……」


 聖母めいたノエル、アイナ、ユフィの提案は、正直ありがたい。

 疲れ切っていた俺の精神に優しく広がる聖水のようで、毒気が抜けていく気さえする。

 もちろん、女子三人に働かせて、ひとりのほほんと休む気か? っていう思いがないわけじゃない。そこまで甲斐性なしなつもりはない。


 ただ、それでも。

 みんなの慈悲深い言葉に、提案に甘んじてしまいたいという欲望には、勝てなかった。


「ノエル、アイナ、ユフィ。ごめん。本当にありがとう」


 俺は、思わず涙が零れそうなのを堪えて、精一杯の笑顔を三人に向ける。


「そこまで言ってくれるなら、俺、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 俺の決断に、ノエルたちも、安心したような笑顔を向けてくれた。

 ああ……俺は本当に、いい仲間を持った幸せ者だなぁ。





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