第2話 勇者パーティー最後の宴会
「なんで魔王倒しちゃったかなぁ、ホント」
空の樽ジョッキを眺めながら、俺は盛大なため息をついた。
「まだ言ってますよ、この人」
これ見よがしにため息をつくアイナと、
「才能かもね、めでたいことをここまで後悔できるのもさ」
ケラケラと楽しそうにしているノエルと、
「レクスくん大丈夫? お水飲む? それとも追い
飲ませて忘れさせようとしてくるユフィ。
俺たち勇者パーティーの四人は、いま、街の酒場の個室で宴会をしていた。
主旨としては『長旅と魔王討伐お疲れさま会』。
さっきのは、乾杯して早々に発した俺の言葉だ。
国王や臣下の人たち――いや、街の誰かが聞くだけでも耳を疑うセリフだろう。
「そりゃあ最初は、魔王なんていないほうがみんなうれしいよな、って思ってたよ」
「で、軽いノリで目標立てたよね。冒険者だしちょっとがんばってみようか的な感じで」
ノエルはうんうんと頷き、
「でもいざ魔王城に突入して、討伐すっぞと思ったらさ……めっちゃ強かったじゃん!」
「それはそうでしょう、としか。何百年も人類を苦しめてきた勢力の王なんですから」
アイナは呆れたように肩をすくめ、
「で、めっっっちゃしんどい思いで討伐して、やっとゆっくりできる~! って思ってたらさ。なんなの、昨日の国王さまの話!」
「まぁ、そうね。あれはあたしも正直びっくりした……」
ユフィは困ったように笑った。
どういう話だったかというとだ。
魔王が討伐され、魔族や魔物の活動が落ち着いていくだろう今後、冒険者の活躍の場は減っていく。
特に十代後半から二十代前半の若者の大半は、冒険者稼業を卒業して一般職に就く者も増えてくるだろう、というのが国の見立て。
そんな中、同じ若者枠の俺たちはとんでもない功績を残した。残してしまった。
故に、他とは比べものにならない重大な役職に従事することを勧められたんだ。
たとえばノエルは、軍部の精鋭七人で構成された近衛隊に推薦されているし。
ユフィは、軍に新設される部隊の部隊長に推薦されているし。
アイナは、王宮魔導図書館の特級司書に推薦されているし。
そして俺は、王国軍士官学校の特務顧問に加え、賢人会議の一席に推薦されていた。
勇者パーティーを勝利に導いた軍師としての経験や知見を、今度は国のため国王のために働かせてほしいとのこと。
本来なら将軍クラスや内政に深く関わってきた人間が、相応の年と経験を重ねて推薦される、責任重大なポストだ。
そこに弱冠二十歳の若造が推されるのは、建国以来初のできごとらしい。
ありがたいことだけど……え、労働しろって?
めっちゃしんどい思いで魔王討伐し、ヘロヘロになって帰ってきた俺たちに、さらに重い責任を背負って?
「とどのつまり、あなたの本音は?」
「もう無理ー! 働けなーい! ゆっくりさせてー!」
「清々しいまでのクズ発言ですね」
テンポよくツッコみながら、アイナは呆れたように息を吐いた。
「国から推薦された役職は、貴方の能力が正当に評価されたからでしょう? 仮に蹴ってしまうとして、後悔はないんですか?」
「ないっ。なぜならしばらくは、ゆっくりしていたいから!」
言い切ると、アイナは「やれやれ」といった様子で肩をすくめた。
もちろん、アイナの言い分や相手側の期待も、理解しているつもりだ。
ただ、ノエルやアイナ、ユフィは評価されるに値する人材だとしても、俺に関してはとてもそうは思えないんだよなぁ。
「みんな俺を買いかぶりすぎなんだよ。俺がしてきたことなんて所詮『僧侶ならできて当たり前』『軍師なら意識できて当然』のことでしかないんだからさ……」
それで高い期待と責任を背負わされても、荷が重いだけだって。
「そうかなぁ。レクスの支援と援護、めっちゃ助かってたよ、わたしたち」
「……確かに。状況判断は速くて的確。そのための膨大な準備に、寝る間を惜しんで、誰よりも時間を費やしていたことは事実ですしね」
「あたしたちが怪我したときすぐ【
「大変だったでしょ。敵の攻撃も避けつつ、前線のわたしたちと足並み揃えるの」
「リーダーとして、誰よりも魔王討伐に貢献していたのは、間違いありません」
「そうそう。もっと自信持っていいと思うんだけどなぁ、お姉さん的には」
「や、やめて! 面と向かって褒められんの、ムズムズする……!」
褒められるのはどうにも苦手だ。
もちろん、みんなの優しい労いの言葉は、心に染みこむほどうれしいんだよ。
けどどうしたって俺の根底には、『俺はそんな褒められるような人間じゃない』って気持ちが根付いてしまっていて。
「俺にできることは、そのぐらいしかなかった。だから、目の前のできることをひたすらがんばった。それだけなんだよ」
その程度で胸を張ろうだなんて、ただのイタい勘違い野郎じゃないか。
なのになまじ魔王なんて倒しちゃったから、方々からの期待値ばかりが高くなって、その結果が責任重すぎポストへの推薦、だもんなぁ。
「というか、みんなはいいのか? このままじゃパーティー解散で、それぞれ就職して離ればなれになるんだ――」
「ヤだー!!」
俺を遮って誰よりも真っ先に声を上げたのは、ユフィだった。
「部隊長なんて絶対無理! あたしみたいな情緒不安定な人に務まるわけないもん!!」
しかも、ここまで醸し出されていたお姉さん感はどこへやら。
急にメンタル病んだように、えぐえぐと泣きながら続けた。
「ううぅ、みんなとだからギリ必要とされてただけなのに……無理無理絶対無理、みんながいない場所でうまくやれるわけない! まだまだみんなと一緒にいたいよぉぉ」
そう、ぐびぐびと麦酒を飲み進めるユフィ。
彼女はちょっとしたことで、すぐ気分やテンションが乱気流を起こすんだが、それ故に本音に嘘がない。
「けどもう、なるようにしかなりませんよ」
そう正論を述べるのはアイナだ。
「解散を機に、ノエルやユフィとの関係が希薄になりかねないという意味で、パーティー解散には少々不服ですが。私は、納得するしかない思ってます」
彼女は女子メンバーと仲がいい。特にノエルとは、俺やユフィと出会う前から交流があったこともあり、親友と言ってもいい関係だ。
でも、社会人になれば連絡を取れる機会も自然と減っていく。
アイナの心配もよくわかる。
「なお、貴方はその限りではありません。賢人だろうが凡人だろうがお好きなように」
「わかってるって。そんな、皆まで言わなくても」
「自惚れていないようでなにより」
俺の期待へ釘を刺すように、アイナはフッと笑みを溢した。
ちなみに彼女の俺に対するシニカルな態度は、これが平常運転だ。
パーティーを組み始めたころに俺がやらかした大失態が原因だし、もはや慣れたので気にもしていない。むしろ心地よさすら感じている。
それにこうして皮肉を投げつつも、いちパーティーメンバーとして、彼女が俺を信頼してくれているのはわかっているつもりだ。
「まあ、貴方と距離を置くことに思うところがあるのも、少しだけ認めますが」
「え?」
「貴方のような清々しいほどのクズ人間は、野放しにすると迷惑を被る人が必ず出ます。なら、私の傍に置いたほうがまだしも社会のため、という意味です」
……信頼、してくれてるよね?
「んー、正直わたしもいやかな、離ればなれは。仕事、楽しそうじゃないし」
ノエルはカラッとした笑みを浮かべながら続けた。
「このメンバーとで……レクス軍師の元でのんびりダラダラしてるほうが、楽しくて好きだし、わたしは」
ノエルは自分の尺度において『楽しそう』かどうかを、常に行動の指針にしている。
実に彼女らしい言い分だ。
だからこそ――。
「てなわけで。したくないなら、しなくていいんじゃん? パーティー解散も就職も」
「……はい?」
そんな、あまりにも変哲のなさすぎる提案に、俺は面食らってしまったのだ。
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