第1話 魔王なんて……

 その日、王都は、過去に類を見ないほどの盛り上がりを見せていた。


 五百年以上もの間、人類と敵対していた魔物や魔族の群衆。

 それを率いる魔王がついに討たれたのだ。


 魔王率いる【魔王軍】は、一部残党こそ残してはいるが組織としては瓦解。

 勢いづいた人類軍や各地の冒険者たちにより、占拠されていた要所や町村も続々と解放、奪還されていった。


 要するに――数百年ぶりに、世界に平穏が戻ってきたってわけだ。


「よくやったぞー! 勇者パーティー!!」

「ありがとう! 本当にありがとー!!」


 街頭や路地、建物の窓という窓を埋め尽くさんばかりに、人が溢れかえっていた。

 みな、魔王を討伐した勇者パーティーを、ひと目見ようと集まってきた人たちだ。

 彼ら彼女らの視線は、一点に注がれていた。

 凱旋パレードの列の途中。馬に引かれてゆっくりと動くフロートの上。

 笑顔で声援に応えている、俺たち四人の冒険者に向けて。


「帰ってきたんだな、俺たち……」


 俺――レクス・アーキバルトは、声援を送ってくれる人たちに手を振りつつ息を漏らす。

 俺の職業は僧侶。そして、パーティーの軍師ポジションでもある。

 後衛で指揮を執りつつ、僧侶にのみ使える【御心ール】でメンバーの怪我を癒やしたり、補助魔術でサポートするのが役割ロールだ。


「もしかして感慨にふけってる? かわいいとこあるじゃん」


 そう茶化してきた彼女は、ノエル・コルトレーン。

 銀色のミディアムヘアと白を基調とした装いが抜群に目をひく、剣士の女の子だ。

 醸し出す雰囲気は透明感と清涼感に溢れつつ、黄色い瞳は凜としていて眩しい。

 しなやかに鍛えられた体躯から繰り出される剣技は神速を誇り、俺たち勇者パーティーの攻撃の要でもある。


「レクスにもちゃんとあったんですね、感受性というものが」


 微笑んで周囲に手を振りつつ、手痛い一言を漏らしたのはアイナ・ロザリー。

 艶のある黒髪ロングと、少しツンとした目元が特徴的な、魔導師の女の子だ。

 魔導師の特徴でもある大きな帽子と、健康的な太ももを包む黒タイツが印象的。

 性格は、いついかなるときも沈着冷静。だが青みがかった瞳がとらえた敵は確実に葬る、魔術や魔導書に造詣の深い頼れる後衛だ。


「ふふっ♪ こんなに祝われたら、感慨深くもなるでしょ」


 たおやかに微笑んで俺をフォローしてくれたのは、ユフィ・シズベット。

 かわいらしいピンクのツインテールと、クリッとした目が印象深い女の子だ。

 パーティー内では一番の童顔小柄。ファッションもピンクを基調としたフェミニン系。

 一方でそんな装いとは裏腹に、戦斧という巨大な武器とバストを装備する、れっきとした戦士職であり最年長のお姉さんだ。


「そうだよ。俺、ゴーレムでもなければ自動人形オートマトンでもないんだから」

「わかっていますよ。冗談も通じないんですか?」

「あはは。相変わらずレクスに厳しいね、アイナは」


 するとノエルは、笑いながら俺をグイッと引き寄せた。

 ノエルと俺の肩がヒタッと触れる。


「レクス、こっち来て。一緒に振ろうよ、手」


 群衆に向けて手を振るノエル。

 集まっている人々も、そんなノエルに向けて賛辞の声を投げかける。

 魔王討伐に貢献した剣士を、みなが讃えているんだ。


 ああ……やっぱ、仲間がこうして脚光を浴びるのは誇らしいな。

 だって俺は――、


「自分は活躍できなかったしなぁ、とか思ってる?」


 ノエルはいつの間にか、俺の顔を覗き込んでいた。

 群衆には聞こえてない、けど俺の耳にはハッキリと入ってきた言葉に驚いてしまう。


「いつの間に心読めるようになったんだ?」

「読めるよ、仲間だもん。ずっと一緒に旅してきた、ね」


 ノエルは「でもさ」と続けた。


「レクスにもあるよ、武器。レクスがいて指揮を執ってくれて、傷を癒やしてくれたから、わたしたちは今、ここにいるんだもん」


 微笑むノエル。その柔らかさに、言葉に、俺は胸がすく思いだった。


「ノエルはレクスに甘すぎ。言わんとすることは、わかるけど」


 そう小言を言いつつ、なぜか俺の隣に詰めてきたのはアイナだった。

 こちらも、肩がぶつかる……というか、ぶつけてるレベルの至近距離だ。


「レクス、もう少し詰めてください」

「ノエルと俺が並ぶだけでぎゅうぎゅうなんだよ。三人横並びは危ない……」

「だから詰めてと言ったんです」


 危ないから離れた方が、という言葉を遮るように、アイナはギュッと身を寄せてくる。


「あ、三人で抜け駆けしてズルい。あたしも混ぜてよ~♪」


 今度はユフィまでもが、俺のそばに詰めてくる。

 背中に抱きつき、身を乗り出そうとしてきた。


「さすがに四人は狭すぎるって」

「気にしない気にしない。めでたい日なんだから!」


 ユフィはその小さい腕で、俺たちをギュゥッと抱き寄せた。


「ずーっと一緒に旅してきた仲でしょ。最後までこうして、仲良しでいたいじゃない」


 まぁ、うん。それを言われたら、ユフィの行動を無碍にはできない。


 ユフィの言うとおり、俺たちは長いこと四人で旅をしてきた。

 出会ったのはちょうど四年前。いろいろと理由や縁があってパーティーを組むことになって、世界各地を回った。

 そしてつい先月、紆余曲折を経て魔王討伐を成し遂げるに至った。

 それもこれも、この四人での旅があまりにも居心地よくて――、


「本当に楽しかったな。みんなとの旅は、本当に」


 残した功績も、間違いなく歴史に名を残すレベルだろう。

 誇らしい気持ちに嘘はない。


「今日まで本当に、ありがとな。みんな」

「こちらこそ」

「……ふふっ」

「うん……っ」


 俺たち勇者パーティーの旅は、ここで終わる。

 偉業を成し遂げたという、最高の形で。

 めでたいことだ。めでたいことのはずだ。


 



「しかし、けど、なんだ」


 宙を見上げる。

 祝福の声と共に舞っている紙吹雪。その隙間に見えた青色に目を細めながら。

 俺は、ずっと思っていたことを小さい声で漏らした。


「魔王なんて――」



 * * *



「――倒さなければよかったなぁ」


 そして、一気に飲み干した麦酒ビールの樽ジョッキを、ダンッとテーブルに叩き付けた。





====

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 作品の続きが気になった方は、ぜひ【フォロー】していただけたらうれしいです。


 また可能でしたら、楽しいと思っていただけましたら【☆レビュー】もいただけると大変励みになります。

 推しキャラ明記していただければ、そのキャラから、あなたにだけ宛てたお返事を届けるおもしろ施策も実施中です!


 いただいた感想は、発売前の作品のプロモーションに使用させていただく場合がございますので、一緒に作品を盛り上げていけたら幸いです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る