第3話 黒鳥と人間


 10年に一度の、白羽の大樹がただの枯れ木になる年。

 領主と、それに賛同する町の者たちは、鳥の居ない枯れ木が汚いだろう、貧しい村と思われるだろうと。

 目の前にある枯れ木を指差し、き下ろす。

 騒ぎを追い風に、領主は枯れ木を切るようきこりたちに命令したが、森や自然の恵みにあやかる樵たちは従わなかった。

 騒ぎは大きくなったが、それでも反論する者の方が多かったのだ。

 その国では珍しい、鳥の生る木として有名でもあったからね。

 白羽の大樹を見るために旅人が立ち寄り、町の宿場も賑わうほど。

 フンなら掃除するなり木の周りを囲うなり、対処すればいい。観光名所として大切にした方が利点は多いだろう。

 その利点を覆せるほどの文句は、誰も出せなかったのだ。騒ぎは下火になっていった。


 ところが白い鳥たちが戻ってくるころ、町の中央広場から枯れ木が消えた。

 町民たちが寝静まる夜中の内に、切ってしまった者が居たのだ。


 どんな場所にも愚か者は居るものだ。

 町民の意見や、鳥たちの暮らしなど気にも留めず。

 身勝手な数人の男たちが、

「報酬と引き換えに、鳥のフンだらけの枯れ木をこっそり切ってやる」

 と、領主に交渉した。

 領主は喜んで、袋いっぱいの金貨を渡したのだ。

 大樹とはいえ枯れ木だからね。

 誰にも気付かれない程度の時間で、鳥たちの宿り木は切り倒されてしまった。


 その後、白い鳥の群れが町へ戻る事はなかった。

 宿り木に止まれず移動していったのではなく、二度と姿を見せなかったのだ。

 町民が悲しみ、領主が喜んでいたのも束の間。

 すぐに異変は起きた。

 町で、黒い鳥を見かけるようになったのだ。

 白い鳥と入れ替わりで現れた黒い鳥たちは作物をあさり、道にも屋根や窓にもフンを落として行く。大人が追い払えば、子どもや年寄りなど弱い者が鳥に攻撃された。

 食べるものも育てられず、宿場の賑わいも消え、すぐに町の人々は貧しくなった。

 それだけではない。

 町中のフンから疫病まで流行りだしたのだ。

 それまで白い鳥たちが居たおかげで、黒い鳥たちは寄り付かなかったのだね。

 やっと町の人々は、白い鳥が町を守るという言い伝えの理由を知ったのだ。


 そして日が経ち、風の便りに、別の場所に白羽の大樹が現れたと耳にする。

 枯れ木の残る荒野だった場所に白い鳥が集まり、不思議とその場所には草花が蘇っているのだと言う。

 人々は住み慣れた町を捨て、新たな白羽の大樹の元へ移り住む事を決めた。

 今度こそ、白羽の大樹を守りながら共存させてもらうと誓ってね。



「身勝手な男たちと無知な領主のせいで、ひとつの町が廃れてしまい、別の場所へ移り住む事になった。もしかすると、元の町もそうして生まれていたのかも知れない。白い鳥を追うようにやって来た人間たちが宿り木の周りに町を作り、宿り木が元々その地にあり白い鳥が町を守ると伝えていた……繰り返しているのかも知れないね」

『今度は、鳥が町を守ってくれる理由を忘れないと良いね』

 白い花の精が言うと、他の花の精たちもうんうんと頷いている。

『でも、白い鳥たちは迷惑じゃないのかな』

『ちょっと、図々しいよね』

 と、花の精たちは首をひねる。

「それが人間というものだよ。興味深いだろう」

『……ふぅん?』

 難解という表情を見せる花の精たちに、森の主は金色の目を細めて満足げに笑う。


「さて。次はどんな話を聞かせてあげようか」


                                了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花の森と白羽の大樹 天西 照実 @amanishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ