生きて、生きて、ただ生きて。

はじめアキラ

生きて、生きて、ただ生きて。

 うちには異星人がいる。

 嘘でも冗談でもなんでもない。彼は、ある日私の家の庭に、とても小さな宇宙船ごと落ちていたのだ。グリーンデイズ、という惑星の住人であるという彼は私の両の掌くらいの小さな花びら型の宇宙船に乗ってきた。緑色の、キラキラした宇宙船だ。その花びらがぱっかり割れて、中から出てきたのが彼。コロネと名乗った彼は、背中に蝶々のような虹色の羽と、触覚を持っていた。地球でいうところの蝶々が進化して、人類と同等の頭脳を持ったのが彼であるのだという。


『いやはや、困ったねえ!』


 彼は言葉ほど困った様子もなく、ぴこぴこと触覚を動かして言ったのだ。私の掌の上に、ちょこんと座りながら。


『宇宙船、完全に壊れてしまったよ。これじゃ、元の惑星に戻るのなんか無理だねえ。……ねえ、そこの異星人さん。僕をここで匿ってもらうことはできないかな?短い期間でいいし、僕は太陽の光と水だけあれば生きていけるからさ!』

『え、ええ……?べ、別にいいけど』

『ほんとかい?やったあ!』


 はっきり言って、拒否権はないようなものだった。宇宙船が壊れてしまって、地球に家も何もないという彼を放り出すのも可愛そうであったし、養ったところで大した費用もかからなさそうだし、もっと言えば私の部屋で彼を匿っても両親にバレそうになかったというのもある。

 そもそも、私の両親は共働きで、帰ってくるのがとても遅い。休みの日でもなければ、一緒にご飯を食べることさえほとんどないくらいに顔を合わせることがないほどだ。部屋でこっそり生き物を飼っていたところで見つかる心配もないだろう。なんといっても、彼は小さなペンケースにさえすっぽり入ってしまいそうなほど小さいのだから。

 きっと、彼を匿った理由のはそれだけではないのだろうけれど。

 中学二年生。大人しくて、外で遊ぶような友達も殆どいない。そして両親は、家に帰らない日さえある始末。

 ようするに私は、寂しかったのだ。一緒にいてくれるなら、得体のしれない異星人でもいいと思うほどに。




 ***




「まるで、SFの冒険小説でも読んでるみたい」


 コロネは私とは真逆の性格で、とてもお喋りだった。明朗快活、きっと元の惑星でも人気者だったのだろう。地球の文化にも興味津々で、暇さえあれば私の部屋の中を飛んで回った。そして、私が尋ねると、自分の惑星に関する話を楽しそうに話してくれた。水と緑に覆われた、地球のように自然豊かなグリーンデイズという惑星の事を。


「地球みたいな知的生命体が暮らしていて、豊かな自然がある星なんて、宇宙にはほとんどないとばかり思ってた」

「そうでもないよ。僕達の惑星はまだ宇宙に出る技術が未発達だから、惑星の外に出る人は少なかったけれどね。僕みたいな物好きな変人くらいなもんさ」

「自分で物好きな変人とか言う?普通」


 異星人なのに普通に会話が通じるのは、彼が異星人の言葉でも翻訳できる特別なデバイスを持っているから、らしい。何でも、このテの技術は彼らの惑星がある銀河系ではごくごく当たり前のものなのだそうだ。地球の技術は、宇宙全体で見ると相当遅れているということらしい――残念なことに。


「そんな素敵な惑星なら、ずっとそこにいればよかったのに。どうしてまだ開発途中の宇宙船を使ってまで、グリーンデイズの外に出てきたの?死んだら元も子もないでしょ。今回だって、私の家の庭に落ちてきたから助けてあげられたようなものの」


 それが一番の疑問だった。彼の惑星は、彼の話が正しいのであれば地球以上の緑があり、綺麗な空気があり、少しばかり一部の科学技術が遅れているだけで多少の魔法文化もある夢のような世界であるという。故郷が嫌いで飛び出してきた、というのならわかる。でも私が聴いた印象では、コロネは故郷を嫌っていない。むしろ、大好きな惑星だ、というイメージしか伝わってこないのだが。

 私が尋ねると、彼は私の学習机にちょこんと座ってとんでもないことを告げたのだった。


「まあ、理由はいろいろあるけどね。一番の理由はこれかな」


 そう、まるで朝食のメニューが卵焼きで美味しかった、なんて軽く話すように。


「グリーンデイズは、もうすぐ滅んじゃうんだ。ファラビア・テラって惑星が侵略してくるせいでさ。どうせ星ごと滅んじゃうなら、その前に宇宙に飛び出してやろうと思ってねー」




 ***




 この広い宇宙のどこかに、その強大な惑星は存在するらしい。地球とは比較にならないほどのとてつもない人口と、宇宙一の軍事力を持つ巨大惑星国家・ファラビア・テラ。

 その惑星は、長年の環境汚染のせいで、惑星ごと崩壊寸前にまで追い込まれてしまっているという。そこで、住民を生かすため、大規模な移民計画を打ち出したというのだ。

 つまり、他の惑星を侵略して住人達を追い出し、星ごと乗っ取ってしまおうというとんでもない計画である。グリーンデイズはファラビア・テラからさほど離れていない場所にあったがゆえに、侵略対象となってしまったらしい。あと三か月程度で、全住民が惑星から出ていくか、自決するかを選ばなくてはいけなくなったのだそうだ。


「め、滅茶苦茶な……」


 私は呆然と呟いた。全て、コロネの妄言だと思いたい。何故なら。


「ち、地球は大丈夫なの、それ……」

「さあ」

「さあ、って……」

「わからないよ、そんなこと。まあ、今の時点で宣戦布告されてないなら、まだしばらくは大丈夫なんじゃないかな?なんせこの星はファラビア・テラからかなり離れているみたいだしね。僕もワープに失敗してなきゃ、きっとこの惑星まで辿りつけていないもの。まあ、僕は出発してからすぐワープでこの惑星に墜落したし……あと三か月は大丈夫なんじゃない?少なくとも」


 何でそんな他人事なんだろう。あっけに取られた私は、その次に続いた彼の言葉に二の句が継げなくなった。


「それに、この惑星が“侵略される側”だとどうしてわかるの?僕、知ってるよ。さっきこの惑星のネットワークで情報収集したもんね。環境汚染が問題になってるのはこの惑星も一緒だ。ファラビア・テラの初期の頃と同じ。この惑星もこのまま滅ぼされなければ、いずれテラの民と同じことを他の惑星の住人にするかもしれない、そうだろう?」


 それはけして、責めるような口調ではなかった。それでも私は、自分達が絶対的に被害者だと思い込んでいた考えを、改めざるをえなかったのである。

 一瞬にしてネットワークから情報を拾うだけの能力を持っている彼は、この惑星と、まだまだ環境汚染も何もかも他人事のように考えている住民達を見て何を想っただろう。自分の惑星を、今まさに身勝手な大国に滅ぼされそうになっている彼は。


「……ごめん」


 そんな大きな問題、ただの女子中学生でしかない私にどうこうできることではない。それでも、謝罪は自然と口から出た。


「謝ってほしいわけでもないんだけどなあ」


 彼は苦笑しつつ、告げたのだった。


「まあ、もしほんの少しでも申し訳ないって気持ちがあるならさ。僕にいろいろ教えてよ。楽しいこと、面白いこと、全部。この惑星にもたくさんの書物があるんだろう?僕、本を読むのが大好きなんだ」




 ***




 我が家には、異星人がいる。

 ちょっと変わり者で、本を読むのが大好きな、まるで小人のように小さな異星人が。

 私も本の虫なので、部屋にはたくさん本があったのだが。彼はあっという間にマンガから教科書まで読みつくし、しまいには私は趣味で書いているファンタジー小説にまで興味を持つようになってしまった。


朝奈アサナ!早く続きを書いてくれよ。騎士がお姫様を助けに行くところで筆を止めるなんてあんまりだ、続きが気に合って眠れないよー!」

「もう、そんなに急かさないでよ。私、全然筆早い方じゃないんだから。続きを書こうと思ってすぐに書けたら苦労なんかないの。学校もあるんだから」

「えええ……」


 確かに、コロネは私が学校に行っている間、ずっと私の言いつけを守ってこの部屋に留まっているはずである。脳内コンピューターを使って自由にネットを見る力があるとはいえ、本を読みつくしてしまった手前動画ばかり見ていても退屈は紛れないだろう。

 小説を書いているノートを見つめながら、ため息をついた。学校に持っていって、続きを書くか否か。


「困るなあ……」


 彼は心底参ったような声で告げた。


「僕の寿命が尽きるより前に、結末を読めるかな」

「え?」

「あ、ごめん言ってなかったっけ。僕達グリーンデイズ人って地球人より寿命が短いんだ。長くても三か月程度しか生きられないんだよね。だから、どうせなら宇宙に飛び出してみようって思ったんだ。死ぬとしても、遅いか早いかの違いだけだったしね」


 何でそんな、大事なことを後で言うのだろうと呆れてしまった。何故なら、この時既に私と彼が出会ってから、一カ月以上が過ぎてしまっていたからだ。

 私が書いていたそのファンタジー小説は、いわゆる大長編というものである。もう十二万文字くらい書いているのに、一向に終わりが見えない。少なくとも、あと十万文字くらいの尺は必要だろうとアタリをつけていた。だが、残り二か月で十万文字を書くのは、筆が早くない私にとっては至難の技である。


「あの騎士、どうなるかな……」


 それでも。

 彼は生まれて始めての、私だけが楽しんできた物語の、小さな読者でありファンだった。

 そのたった一人のファンの願いを叶えてあげたい。そう思ってしまう自分は、甘いのだろうか。


「……書き終わるかわからないよ?君が死ぬまでに。その、頑張ってはみるけど」


 そう言いながらも、ノートを学校用のバッグに突っ込む私に。コロネはぱあっと顔を輝かせて言ったのだ。


「ありがとう!やっぱり、持つべきものは友達だねえ!」


 友達。

 ああ、そんな風に、当たり前に自分を呼んでくれる人は――何年ぶりだろうか。




 ***




 一応、先の展開は決めてあった。

 世界を滅ぼす魔王に囚われてしまったとされるお姫様を助けるべく、いくつもの試練を乗り越えて魔王の城を目指す騎士。騎士はずっと、お姫様に伝えなくてはいけないことがあった。何故なら騎士は、ずっとお姫様に許されない恋をしていたからである。

 その世界では、いくつも禁忌とされている恋がある。

 その禁忌を踏み越えてしまったものは、神様に呪われて恐ろしい魔物にされてしまうという。自分はきっとおぞましい怪物になって死ぬことになる。だからその前に、この想いだけでも人としてお姫様に伝えておきたいと、騎士はそう考えていたのだ。

 だが、実はお姫様の方にも大きな秘密があったのだ。

 何故なら。


「ねえ、その先、どうなるの、朝奈?」


 二か月が過ぎる頃。コロネは、目に見えて弱っていた。最初に出逢った時のように、素早く部屋の中を飛び回ることができなくなっていたのである。日頃、私があつらえた花びらのようなベッドで寝ていることが増え、私は彼に自分が書いた物語の続きを読み聞かせてあげるのだ。


「ごめん、まだそこまでしか書けてないんだ」


 私は心底申し訳ない気持ちで、コロネに謝った。彼は、しょうがないね、と少しだけ苦しそうに笑った。


「ありがとう。続き、楽しみにしてるね」

「うん。だから、それまで絶対に死なないでね、コロネ」

「頑張るよ。……しかし、禁断の恋かあ。僕には、どうしてもわからないや……」


 彼は皺が寄ってしまった羽の手入れをしながら、ぽつりとつぶやく。


「何で、恋してはいけない相手なんてものがいるんだろう。生きるってことは、誰かを愛するってこと。誰かに愛されるってことだ。僕達は君たちと違って、交尾をして増えるような種族ではないけれど……それでも友達や家族への愛は持ってるし、その喜びは理解しているつもり。愛って、誰かに強制されたり、否定されるべきものじゃないと思うんだけどな。僕だったら……そうやって愛する人を否定するような神様なら、戦いを挑んじゃうかもしれない。で、あっさり死ぬ」

「死んじゃうの?」

「自分が弱いのはわかってるからねえ。でも、それでもいいんだ。弱くても、短くても、自分の生き方や愛を貫く方がずっといい。大きな力に蹂躙されて、無理やり命を奪われるくらいなら……その方が、いい」


 きっと。彼は、命を賭けて姫を助けようとする騎士に、自分を重ねているのだろう。だからこそ、この物語の続きを希求してやまないのだ。

 その先に。望んだハピーエンドがあることを、信じて。


「……ねえ、コロネ」


 だから私も。ノートを手に、ずっと考えてきて、でも答えが出なかったことを問いかけるのだ。


「生きるって、何なのかな」


 私の言葉に、コロネは笑って告げた。


「きっと、それを考える旅のことを言うんじゃないかなぁ」




 ***




 うちには、異星人がいる。

 花びらの形のベッドの上で、今にも息とやめそうなほど、儚くて小さな異星人が。

 そして、私のたった一人の友達が。


「“……本当は、この世界に魔王なんていなかった。許されない恋をしてしまったせいで、怪物になってしまったお姫様自身が、その魔王の正体であったのです”」


 結末まで、あと少し。どうかそれまで聞こえていて。私は祈るような気持ちで言葉を紡ぐ。


「“お姫様もまた、騎士へと恋をしていました。お互いの気持ちを知り、通じ合った二人は。夜明けと共に、どんどん怪物の姿へと変わっていってしまいます。身分違いの恋であり、同性へ恋をしてしまった罰を今まさに受けようとしていたのです”」

「……それ……で?」

「“それで……それでも。二人は幸せでした。そして、自分達の愛は真実のものであると確信し、手を結ぶことを決意したのです。二人は、許されない愛を決めつける神様に、戦いを挑むことにしました。とても強大な力、強大な敵。それでも二人は、自分達の命と引き換えに神様を打ち破ったのです。……やがて、二人の魂は別の世界で生まれ変わることになるでしょう。今度はそんな差別も決まりもない、まったく新しい美しい世界で”。……コロネ、コロネ。大丈夫だよ。二人はちゃんと、幸せになったよ……!」


 本当は、神様との熾烈な戦いを描くつもりだったのだが。コロネがもちそうにない、という理由でショートカットしたのだった。きっとコロネもそれはわかっていただろう。

 それでも彼は、“良い話だね、ありがとう”と笑ってみせたのだった。


「二人は、生きたんだね……自分達の運命に抗って……生き抜いたんだ。僕も、できた、かなあ……」

「できたよ。コロネがここに来たのは、無駄なんかじゃなかったよ……!」


 私は。ノートを横に置いて、その小さな頭を指先でそっと撫でた。今の私にできることは、それしかなかったから。


「だって、私には友達ができた。私、小説書くよ。この物語の続きも、別の物語も。コロネが教えてくれたんだよ。自分の世界を描く楽しさも……誰かのために、一生懸命何かを頑張ることも。コロネが、友達になってくれたから、わかったんだよ……!」


 短い命が当たり前のグリーンデイズ人にとって、この寿命による死はきっと悲劇ではないのだろう。それでも、もっと長い時間を生きる私がそれを悲しむのもまた権利であるはずだ。本当はもっと生きていて欲しい。そう願うのは、何も罪ではないはずである。

 涙をぽろぽろとこぼす私に、コロネは告げたのだった。


「僕は、死ぬんじゃないよ。生まれ変わって、新しい僕になるんだ」


 青い青い月明かりの下。彼はそっと眼を閉じる。


「だからね。……最後に一つ、お願いを聴いてくれるかな」




 ***




 グリーンデイズ人は、三か月程度で命を終える。

 そして土に埋められ、月の明かりを浴びて蘇るのだという。彼らは、死んだ後でその亡骸から子供を産む。その子供は、子供というより彼らの生まれ変わりといった方がいいという。何故なら、彼らは親とまったく同じ顔をしているのだから。

 ただし、前の自分の記憶を全て引き継ぐことはできない。

 覚えているのは、自分の名前を含めたほんの一部のみ。だからきっと、生まれ変わったコロネは私のことがわからないだろう。

 それでも。


――待ってるよ、コロネ。


 私は庭に、コロネの亡骸を埋めた。一番月の明かりが当たる場所を選んで。


――待ってるから。また出逢って、お話しよう。次の君とも、その次の君とも……いつか、私達の物語が終わるまで。


 私の家には、異星人がいる。

 異星人という名の、友達がいる。

 何度蘇っても、何度忘れても、私達は何度でも友達になるのだ。だって、コロネはいつもコロネで、私は私。ただ当たり前のように生きて生きて、私達だけの物語を生き続けるのだ。


「ねえ、朝奈!次のお話をきかせてよ!」


 大学生になった私のそばに、今も彼はいる。

 ボロボロになった私のノートを、宝物のように抱きしめながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生きて、生きて、ただ生きて。 はじめアキラ @last_eden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ