第10話 飴色世界
教室に入ると、黒板の真ん中に相合傘に名前が入れられるという、ふざけたイラストが目に入った。
ハートはピンクのチョークで塗られ、右には俺の名前、左には佐々木と汚い字で書かれている。
「なんだよ、昨日2人で抜け出して何処行ってたんだよー?」
「そんなんじゃねぇよ!」
「またまたー、2人で海にいるところ補導されたんだろ?」
「つうか、何だよこの落書きは!」
佐々木と学校を抜け出した次の日。田中の言葉を先頭に、クラスメート達が冷やかしの台詞をある事ない事を言いまくられることとなる。
「ったく、ふざけんなよ……」
確かに2人で抜け出したのは本当だけど、やましい事は何1つしていないのに。
昨日は母ちゃんに怒られ、父ちゃんに殴られて、学校では朝から放課後まで、延々と冷やかしの言葉が飛び交うという制裁が待っていた。
「お前ら受験生だろ?」
「……」
「今回は早退にしといてやるから」
「……」
「特に。佐々木の方は、ずっと学校休んでんだから気を引き締めろよ」
放課後は担任と校長室に呼び出されて、もう説教と羞恥の嵐に散々な仕打ちを受けるハメとなる。
「すみませんでしたー」
平謝りして2人で校長室を出た。彼女に視線を落とせば平然としていて、昨日みたく話をする訳でもない。
無言で廊下を並んで歩く事となり、彼女が何を考えているか全く分からない。
教室に戻ると、クラスの奴等は誰も残ってなかった。
机の横にかけられた鞄を持って、昇降口へとまた2人無言で歩き出した。
「すっげーあり得ねぇ位、冷やかされたんだけど」
沈黙を破ったのは俺の方で、隣を歩く佐々木に文句を言ったのに。
「私、慣れてるから」
コイツは表情を変える事なく淡々と答える。
「はいはい、良かったねー」
なんて、嫌味の1つでも言ってやりたくなった。
「あ、雨……」
佐々木の声に窓の外を見れば、雨粒がポツリと校庭の砂に模様を作り出していた。
足元を止めた彼女は窓の外に視線を向けている。じっと外を見つめている彼女は、あの時の事を思い出しているのだろうか。
「傘、無いのに」
佐々木の小さな言葉に、確か今日も折り畳み傘持たされたな、なんて鞄を手の感覚だけであさる。
「傘あるぜー」
「ピンクの水玉……」
「うわっ、姉ちゃんの傘だ!」
差し出してから手元を見ると、俺の右手に握られているのは女の子用のものだった。
しかも趣味の悪いピンク色の傘ときた。
こんな肝心な時に格好わりい、なんて思ったところで。
「や、これは俺のじゃなくて……」
「やっぱり桜田くん面白いね」
彼女の口元が穏やかに揺るんだのが視界に入って、胸がぐっと締め付けられる様に傷んだ。なんだこれ。こんなのはじめてで、訳が分からない。
「ありがとう」
「ど、ういたしまして……」
佐々木ってこんな可愛くてキラキラしてたっけ?俺の小さくて平凡な世界が変わった気がした。
うん。彼女のためなら情けなくて笑われてもいいやと思って、俺からも小さな笑みが溢れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます