第9話 虹色デート




「私じゃないの、わ、私じゃなかったの……」


「……」


「2人がね、付き合ってるの気付いた時ね」


「……」


「先生にお願いして、デートして貰った事あるんだけどね」


「……」


「アイス買って貰って、海に連れて来て貰ったんだ」


「……」


「皆が勘違いすればいいと思った」


「……」


「現実にはならないけど……」


彼女の告白は、小さく掠れて波の音で消されてしまいそうだった。

潤いを増した大きな瞳に溜まった透明なかたまりは、静かに頬を伝って水面へ落ちていく。



「好きだったのかもしれない」


雫がキラキラ反射して、凄く綺麗だと思った。濁った海も、ゴミだらけの砂浜も、空の色も、目の前の彼女も全部、遠くに見えた。遠過ぎて、俺なんかじゃ全然手が届かない。どうすることも出来ないんだと──。




「言えなかったけどね」



この言えなかった思いはどこにいくのだろうか。



「2人が本気で付き合ってるの知ってたから」


確かに自分の中にある筈なのに、行き場のない思いはどこにいけば良いのだろうか。

気持ちは消えるまで待つしかないのだろうか。




「だから埋めたの」




たった1人で、雨の公園に埋めたのは"彼女の思い"だった。

誰にも言うことの出来ない、ずっと秘密にしていた思い。



その行為はまるであるお伽噺の儀式みたいにも捉えられて、彼女が隠し続けた心は誰も言えない。誰にも気付いて貰えなかった。



「内緒ね……」


人差し指を口元に当てて、眉毛を下げながらも無理矢理 笑顔を作ろうとするから、胸の奥がズキンと痛む。


俺は何も出来ないんだ。

慰めの言葉も思い付かないし、何て声をかけていいか分からない。

目の前で彼女が泣いているのに、何をしてあげられるのか──。



「さ、佐々……」




「君達、何やってるのかな?」


俺が彼女の名前を呼ぶのを遮るように、後ろから低くて太い声が響いた。


振り向けば砂浜には、ガタイの良い大人の男の人が1人立っていて。



「や、別に俺等は……」


「何処の中学?」


続けられる質問に堂々と答えられなかった俺等は、あっさりと補導員に捕まってしまった。


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