第5話 教室の中
自分の噂話をしかも影でされるのなんて、いい気がする筈も無い。
「はい、ボール」
なのに、佐々木は特に何も言わない。
ニコリともせず、バスケットボールを両手で差し出してきた。
「あ、あぁ」
怒ってるのか、気にしてないのか、それともどうでもいいのか読めなくて、俺からはなんとも間抜けな声がもれる。
絶対に俺とタクヤの会話を聞いていたんだと思ったのに。
「桜田くんって、バスケ部だっけ」
「あ、うん。そうだけど、次の大会で引退だから」
「試合出るの?」
「いや、俺 補欠だし」
「えー、そうなの?」
「運動部所属だからって、必ずしも試合に出られるとは限らねぇんだよ」
なんて口を尖らせてみれば、佐々木は"残念賞だねー"なんて言ってクスクスと笑う。
やっと表情が崩れた。
右手を唇に当てて、目を細めて、静かなその笑みはやっぱり大人っぽく見えるから。そんな彼女に、急に自分のガキさが急に恥ずかしくなって右手で頭をガリガリと掻いた。
「あー。タクヤの奴、何やったんだろうなー」
「嘘なんだ」
話題を変えようとしたのに、彼女は急に"嘘"だと、そう口にした。
「は?」
「だから、さっきの嘘なの」
「何が?」
「松谷くんが先生に呼ばれてるの」
目の前に立つ佐々木が、平然とそう言ってのける。
「はぁ?なんで?」
訳も分からずに彼女に視線を落とせば、さっきまでの笑顔は一瞬にして消えた。大きな黒がりの瞳を目伏せると同時に色が少し曇る。
「これ返そうと思って」
右腕にぶら下げていた紙袋から、1本の折りたたみ傘を取り出した。
「傘ありがとう」
「あ、あぁ」
その黒い折りたたみ傘は俺のもの。正確にいえば、あの日に母親によって手渡された家にあった誰のものでもない傘。
「教室じゃちょっと返しにくくて」
「あー……。まぁ、そうだよな」
花壇の前でしゃがみ込む彼女の姿を思い出した。1人夜の公園で、雨に濡れてびしょびしょになっていた佐々木は、何をやってたのだろうか。
「あ、あのさ。あそこでな……」
丁度、タイミング良く予鈴のチャイムが鳴り響いて"何やってたんだよ?"そう続けようとした俺の言葉は遮られてしまう。
「何してたと思う?」
「え……」
目の前の彼女がゆっくりと口角を上にあげる。
静寂。さっきまで裏庭で騒いでいた筈の他の生徒達は、教室へ向かってしまったみたいだ。
ここは校舎から少し離れて、裏校庭を通りすぎ外廊下を渡らなくてはいけないからあんまり人は来ないから。
この空間に佐々木と2人きり。静かに向かいうこととなる。
目を反らす事なんて出来なくて、思わずその瞳に吸い込まれそうに、息が止まる。
蝉の声がより一層大きくなって、静かな体育館に鳴り響き、鼓膜に震えて刻み込まれていった。
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