第4話 教室の中
タクヤによってカットされたボールが、体育館の床に跳ねて大きく音を立てた。
ボールは綺麗な半円を描いてバウンドして次第に小さくなって、最後には床の上を転がって赤線の外へはみ出していく。
一瞬、言葉に詰まった。
ただ、その倉田が2週間前に急に自主退職した事。
その時から佐々木が学校を休んでいたという状態が続いた事。
2つの事柄が重なってしまった事実がある。
佐々木の家から倉田が出てくるのが目撃されたとか、そういう噂話は耳にしていた。
煙の無いところではたたないと言われるけれど、曖昧な噂話には代わりない。
結局は、それが本当か嘘かも分からない。
でも、言葉とは不思議な力を持っているもの。
誰かが口にする事で、本当の出来事になってしまう。皆、それが嘘か本当かなんて、それほど興味はなくて、ただ、その時のネタになればいい。
噂が1つ2つ大きくなれば成る程、自由に歩き出して行く。
「そんなの噂だろ。たまたま重なっただけだよ」
ただ、これ以上、この噂が少しでも広がらないように。
いつの間にか、クラスから学校から消えて無くなるように。
彼女の中からも、俺からも、何も無かったかのように全て夏の暑さに溶けてしまえばいい。
そんなのは、俺の願望でしか無いのかもしれない。
「松谷くん。担任の先生が話あるって」
背後から聞こえた声に心臓がとまるかと思った。
落ち着いたトーン、聞き覚えのあるクラスメートの女子の声。
後ろを振り向けば体育館の入り口に、丁度話のネタになっていた佐々木本人が立ってた。
彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばして、俺等がさっきまで使っていたバスケットボールを両手に持ち、こっちに視線を向ける。
「私、職員室に呼ばれてたから」
「マ、マジで?」
続けられる言葉にタクヤは明らかに"ヤッベー"と、ばつの悪い表情を浮かべる。
口許も目元もひきつっている。
「うん、至急って言ってた」
「えー、俺なんかやったかなー」
タクヤは目を泳がせて、気まずそうに俺に視線を向けた。右手で"ごめん"と謝罪のポーズをとってから、そそさとその場を去っていく。
残されたのは俺と佐々木の2人。
窓と扉は全開なのに風の通り道はない。
俺の逃げ道もなくて、じんわりと額に汗が滲む。暑くて乾いた空気は、喉をカラカラにさせて唾を飲み込むことさえ邪魔をした。
固まった空気。無言を先に壊したのは、彼女の方だった。
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