第2話 教室の中~あの子の噂~



夏休みを控えた暑い夏の日。

教室の窓からは雲1つ無い快晴の空が覗く。

湿気の少ない乾いた空気が、ガラス窓ごしに光を強く差し込んでいる。




「よく学校来れるよね」


「本当、最低だよ」



前の席に群がる女子達の内緒話のような小さな声。でも確かに周りに聞こえる声。

眉は潜めているのに、楽しそうな声のテンポで繰り広げられる会話が嫌でも自身の耳に入る。




「桜田、お前高校決めた?」


「あー……?」


自分の名前を呼ばれて我にかえる。


振り向いたところで、ふわりと身体が宙に浮いた。次の瞬間、視界が反転し、ガタンッと音を立てて少しくすんだ木目調の床上へと押し倒された。



「い、いてーし!」


そう叫んだところで時既に遅し。



「アンクルホールド!!」


クラスメートの田中によってプロレスの関節技がかけられてしまう。

田中は床の上にうつ伏せに横になる俺の右膝をがっちりとホールドする。両手で重力に逆らって上へ持ち上げられるから、痛いなんてレベルじゃない。



「いっ、てててて!いてーよ!!」


「おーし、桜田ギブか?」


「ふ、不意討ちとかずるいだろっ!」


「素直に降参しろ」


「離せよ、ほんとギブギブギブっ!」


やっと解放された身体の上半身を起き上げたが、太ももの筋肉がまだビリビリと軽く痺れて痛い。くそっ、田中の野郎。


右足を擦りながら睨み付ければ、そいつは両手を胸元で組んで勝ち誇った様に口を開くからマジでムカツク。



「はは、これで5勝2負だな」


「うぅ、覚えてろ……」


自分のガタイの良さを考えろってーの。


無駄に贅肉をかかえた田中の腹を見上げて睨み付けてやる。






一部の女子がプロレスごっこをする俺等を冷ややかな目で見ているのはおいといて。教室は騒がしく、ギャハハハと笑い声、話し声が廊下まで響き渡っていた。



席を歩き回り、友達とお喋り、漫画や雑誌のページをめくったり、水筒に忍び込ませたスポーツドリンクを飲み合ったり。中学3年の夏休み目前というのに、受験モードには程遠い。


クラスの中はまだまだおふざけ状態といった様子だ。





そんな中、俺はちらりと窓の方へ顔を向ける。視線の先には、頬杖をついて窓の外を眺めている噂の彼女がいた。




佐々木 杏菜あんな

3年1組 出席番号10番で俺と同じクラス。



窓際の一番後ろの席に座る彼女は、クラスの

比較的静かな女子達に囲まれていた。


そろった前髪。胸元まで伸びた艶のある黒髪の毛は、控え目な位置で2つに纏められている。筋の通った鼻筋、薄い唇はぎゅっと閉じられたま動かない。黒目がちの大きな瞳はどこを見ているのか分からない。

夏服のセーラー服から、白くて折れてしまいそうな位の細い手足が伸びていた。



彼女と並べばクラスの他の女子達が幼く見えてしまう程に、佐々木が大人っぽいのは誰が見ても明らかだった。




初めて会った時の印象なんて覚えてないけど、前はどんな感じだったっけ?



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