第2話 安城エル……さん?

「あー、負けた負けた」

「私の勝ち。ふぅ、なんとか勝てたよ」


 私と烈火はテレビゲームで遊んでいた。

 遊んでいるのは格闘ゲーム。

 互いにキャラを選び、三戦中先に二勝した方が勝ちの単純なルール。

 非常に遊びやすく、アイテムなども無いので、完全に腕が試される仕様なのだが、これがこれで面白い。


「そんなこと言って、後半はいっつも私勝てないじゃんかー」

「たまたまだよ?」

「違うよー。明輝が人よりもラーニング能力が高いせいだって」

「ご、ごめん」

「謝ると、何だか私が空しくなるー」


 烈火は負けた悔しさからか仰向けで転がっていた。

 その隣で指をくっつけたり離したりしながら、私は困惑する。


 確かにいつも最初は烈火の方が強い。

 キャラ差と言うものも実はあって、烈火はいつも炎系のキャラを選ぶ。

 対して私は普通も普通、特徴の無い主人公キャラを好んで使う。

 そのせいではないけれど、私は押し負けてしまうのだが、何故か中盤以降は私の方が勝ってしまうのだ。


 如何してかそんな癖が付いてしまっている。

 そのせいもあってか、二十戦くらいする頃には互角でも拮抗するでもなく、私の方が勝率が高くなっていた。


「あっ、もう六時だ。そろそろ帰るね」

「うん、それじゃあまたー」

「じゃあね」


 私は時計をチラリと見てから帰ることにした。

 もう六時も回っている。そろそろ帰らないと暗くなりそうだ。


 私はそそくさと烈火の家を出ると、真っ直ぐ家に向かった。

 背中に背負ったリュックサックが重くのしかかると、初々しい制服を汚す。


「えっと、家に帰ったらご飯温めて、掃除をして、お風呂貯めて……忙しない」


 文句じゃないけれど、私はボヤいてしまった。

 ふと電柱の灯りが眩しいアスファルトに視線を配ってしまう程だ。

 そんな中、私はふと誰かにぶつかる。


 ドスン!


「うわぁ」

「おっと」


 私は転んでしまいそうになった。

 けれど体幹が強いおかげで耐えると、代わりにぶつかった人に支えて貰う。

 鼻先を抑え痛みを答えると、ふと視線の先に一眼レフカメラが浮かぶ。

 このカメラ、何処かで見た。そう思って顔を上げると、そこに居たのはスーツに身を包んだ凛々しくて美しい女性。目力が強く、私はついつい見惚れてしまった。


「あっ、ごめんなさい。ぶつかっちゃって」

「いいえ、これくらい大したことはありませんよ」


 私はすぐに我に返ると、意識を素早く切り替えた。

 謝る気持ちを先に取り出すと、ぶつかってしまった女性に頭を下げる。

 しかし女性は怒るでもなく、貶す訳でもなく、丁寧に振舞い、優しく許しくれた。


「あっ、あの、さっき公園で桜の写真撮ってましたよね?」

「ええ、撮っていましたよ」

「好きなんですか、桜?」

「決して好きでも無ければ嫌いでもありませんよ。特筆する点は今の所私にはありませんが、少なくとも被写体としては美しいです。儚い一瞬の時間のみを生きる悠然としていますが逞しくもあるその姿は、まさに今を生きる人達が見出して欲しい可能性と言えますね」

「は、はぁ?」


 あまりにも深いことを言われてしまい、私では付いて行けない。

 けれど一つ一つ噛み砕けば何となくは理解できそうになる。

 私は理解しようと意識を変えると、女性に何様のつもりだったが、微笑んでいた。


「なんだかカッコいい生き方ですね」

「そう言って貰えて何よりですが、なにも生き方に答えはありませんよ。自分だけの生き方を見つけることこそが、真に人間らしいと言えます」

「お、おお……(深いよー)」


 一言一言の言葉の重みが違う。

 深すぎて桜の花びらの海に溺れそうになる。

 そんな私だったが自分で這い上がると、女性は嬉んだ笑みを浮かべる。


「そう言えばまだ名前を言っていませんでしたね。私は安城エルです」

「安城さん」

「エルで構いませんよ。私はそういう人間です。ところで貴女は?」

「は、はい。私は、立花明輝たちばなあきらです。私のことも明輝って呼んでください」

「明輝さんですね。一つお聞きしたいのですが、この辺りに良い花見スポットはありますか?」


 私はエルさんに訊かれた。

 良い花見スポット? そうとなれば幾つか候補はある。

 その中でも一番は高台の樹齢千年越えの桜の木なのだが、流石に夜も遅いし、結構遠い。


「高台の千年桜ですかね?」

「ほぉ、それは良いですね。今の時代にまで残っているのはなかなか……早速行ってみますね。ありがとうございました」

「えっ、今から行くんですか!?」

「はい。今から行っても遅くは無いですから」


 早いとか遅いとかそんな話じゃない。

 夜はもう暗いんだ。あそこはライトアップも無い隠れ名所だから、夜桜には似合わない。

 私は色々考えたが、結局出てきた言葉は単純だった。


「今から行っても見えませんよ?」

「大丈夫です。良い桜はもう見えたので」

「あ、あれ?」


 今度は意味不明だった。

 何を言われているのか、何が桜なのか、公園に咲いていた桜がそんなにいいものなのか、私にはさっぱり分からなかったが、微笑まれてしまったので反論もできない。


「そ、そうですか……」

「ええ。そうです、明輝さんはこの辺りに住んでいるんですよね? 今度お礼をさせても貰いますね」

「お、お礼!? 大丈夫ですよ。そんなことされるようなこと、私してませんよ?」

「ふふっ、謙虚ですね。貰えるものは貰っておいた方が大抵に場合は得ですよ」


 そう言うと、エルさんは私の前から消えた。

 暗い夜道を去って行くと、私は追い掛けることもしない。

 ただ少し、不思議な人だなと思ってしまう。

 そんな印象を強く持つと、運命とかそんなものがよく分からなくなってしまった。


「と、とりあえず帰ろう」


 私は帰路に着くことにした。

 流石にお腹も減って来た。

 エルさんの姿が見えなくなるのを見送ると、その足取りは軽やかで、家路へと着くだけだった。

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