命より儚い愛 (A Love More Fleeting Than Life)

RANIEL KHEÑIN

第1話


異世界、サンシヌコブでは、神々は人間の夢や感情の集合体から生まれる。

人々の祈り、歌、儀式が神々の存在を強める。それぞれの神は、概念や感情、人生の一側面を象徴している。ヒラヤ・マナワリ——願いを叶える女神は、純粋な願望、希望、夢、「より良い人生を望む気持ち」から生まれた。


しかし、神々の不死は脆く、人々が彼らを忘れたり、信仰を失ったりすると、神々は消え去ってしまう。それゆえ、神々の間には信者を増やそうとする争いと焦燥が生まれた。


何世紀も前、ヒラヤ・マナワリは強大な一族、ガルシア家によって崇拝されていた。

ガルシア家の祖先は、ある運命的な願いをヒラヤに託した。


"もし御心ならば… ヒラヤの力を呼び出す権利を、我が血族の者だけに与え給え。

他の者の祈りには決して応じず、我らの願いを拒むことなかれ…

ヒラヤ・マナワリよ、この願いを叶えたまえ。"


この誓約により、ヒラヤの運命はガルシア家と結びついた。信仰を得ることで彼女の存在は保たれたが、それは同時に彼女の最大の束縛となった。彼女は、どんな結果を招こうともガルシア家の願いを叶えねばならなかった。

そして時が経ち、ガルシアの血筋が途絶えつつある中で、唯一の信者となったのが、レイだった。


レイは敬虔な信者ではなかった。

可能な限りヒラヤの神殿を訪れず、訪れるとしてもそれは信仰からではなく義務感からだった。彼にとって、ガルシアの血を引くことは、望んでもいない女神と無理やり結びつけられる呪いのようなものだった。


しかし、今夜は違った。

静かな絶望が空気を満たし、胸を押しつぶすほどの重圧を伴いながら、レイは荒れ果てた神殿へと足を踏み入れた。


かつて壮麗だったその神殿は、長い時を経て崩れ、蔦が石壁を覆い尽くしていた。かつて鮮やかだったヒラヤの神話を描いた壁画は、今や色褪せた亡霊のようにかすれていた。


レイは何年もこの場所を訪れていなかった。だが、割れた祭壇の前に立った彼は跪かなかった。

唇が震えながら、祖先たちが幾度となく唱えた言葉を囁く。

しかし、今の彼にとってその言葉は、取り返しのつかない最期の決断だった。


"もし御心ならば… 私の痛みを取り去ってくれ。

この世界から、私を消してくれ…

ヒラヤ・マナワリよ、この願いを叶えたまえ。"


一瞬、すべてが静寂に包まれた。

まるで神殿そのものが息をひそめたかのように。


だが次の瞬間、空気が震えた。

稲妻が落ちる前のような、鋭く刺すような電流が走った。


壊れかけた天井から光が溢れ出し、レイは目を細め、思わず後ずさる。

その光の中、空が裂け、彼女が降臨した。


ヒラヤ・マナワリ——


彼女はゆっくりと降り立った。その神聖なる姿は、矛盾の美しさに満ちていた。

幻想的でありながら確固たる存在、神々しいのに、痛々しいほど人間的だった。


黄金の髪は川のように流れ、朽ちた神殿の影に煌めく。

彼女の瞳は燃えるような輝きを放ち、その視線がレイの心の奥深くまで貫いた。


彼女は歩いているわけではなかった。

浮かんでいた。

裸足のまま、地面に触れることなく。


彼女の周囲の空気は脈打ち、まるで生きているかのようだった。

その神聖な存在があまりにも圧倒的で、この世が色褪せて見えるほどに。


「ヒラヤ…」

レイは彼女の名を呟いた。

告白のように、懺悔のように。


声が震えた。恐れか、畏敬か。

足が力を失い、膝を地についた。


彼女が口を開いた。

子守唄のように優しく、それでいて、夢と願いを形作る者としての威厳に満ちた声で。


「レイ。」


その名を呼ぶ声は、訴えであり、嘆きでもあった。


レイの喉が詰まり、言葉にならない想いが胸を締め付けた。

目を逸らしたかった。

だが、できなかった。


彼女は美しすぎた。

彼女は眩しすぎた。

彼女は… あまりにも、現実だった。


「終わらせてくれ。」

レイの声は震えながらも、決意に満ちていた。


「俺を終わらせてくれ。

この世界に、俺の居場所はない。

お前にとっても同じだろ?

俺たちはもう、何の意味も持たない遺物なんだ。」


彼女の表情がわずかに和らいだ。

だがその瞳には、彼と同じ痛みが浮かんでいた。


「レイ、あなたは誤解している。」

彼女は近づき、光がわずかに弱まる。


その瞬間、彼は気づいた。

彼女は疲れていた。

神でありながら、人間のように。


「あなたは遺物なんかじゃない。

あなたは、私がこの世界に存在する最後の理由。」


「だからここに来たんだ。」

レイの声は鋭く、長年の苦しみがにじんでいた。


「俺はお前の囚人だ。

お前は俺の囚人だ。

もう嫌なんだ。

お前なんて、いらない。」


ヒラヤは一瞬、息を呑んだ。

その光がかすかに揺らぐ。

神聖な彼女の姿に、細かな亀裂が入ったかのようだった。


そして彼女は膝をつき、彼と同じ目線に降りた。


彼女はそっと手を伸ばし、彼の頬に触れた。


「私は何世代もの願いを叶えてきた…」

声が震えた。


「けれど、あなたは…

あなたは初めて、これを願った。」


レイの目から、涙が零れた。


「なら、叶えてくれ。」


ヒラヤは空を仰ぎ、静かに囁いた。


「御心のままに——」


光が広がり、レイはようやく安らぎを感じた。


しかしその後に残されたのは、女神の、

初めての後悔だった。


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